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カラス天狗の恋人
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規則正しい生活を心がけよう。と、この屋敷に来るまで千鳥決意していたのだ。
しかし、ここ数カ月続けていた完全な昼夜逆転生活がそう簡単に直せるはずもなく、半月も持たず見事に挫折した。
幸いなことに、下宿生達は千鳥がいなくとも問題無くそれぞれの家事分担をこなして、生活してくれている。
「琴、扇! 準備できた? 水筒とお弁当は、鞄に入ってる?」
「「はーい」」
吹雪の問いかけに、双子の狐が元気よく返事をする。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
琴と扇が手を繋いで玄関に向かう。声をかけるのは紅葉だ。
「いってらっしゃい」
「あ、千鳥さん! おはようございます!」
寝ぼけ眼でダイニングに入った千鳥に、吹雪が笑顔で挨拶をする。
――眩しい……これが若さ……。
先日、琥珀が渡してくれた獏の薬のお陰で、睡眠の質はかなり向上してきている。あやかしの作る薬は漢方薬に近い物のようで、飲み始めは効き目が薄く徐々に体を整えていくらしい。
「扇君と琴君も、行ってらっしゃい」
「いってきまーす!」
「ちどりおねえちゃん、あさごはんちゃんとたべてね」
「……うん」
幼稚園児に心配される自分が情けなくなる。
「おはようございます、千鳥さん。今朝は早いんですね。何かあったんですか?」
「あ、おはよう……いや、別に……」
コーヒーを飲んでいた蘇芳が柔らかな笑みを向けてくる。なんとなく言葉に棘があるように感じるのは、気のせいではないはずだ。
蘇芳とはこれまで、込み入った会話はしていない。というか、食卓を共にすることはあっても、ほぼ会話はないのだ。
――雰囲気的に合わないのかな?
人間だって、なんとなく苦手とか、そういった相手はいる。皆がみな、仲良くできる訳でもないから、それぞれ適度な距離感を持って生活するのだ。
しかし同じ屋根の下で生活をし、これまでの生活習慣で食卓は皆で囲むのが当たり前となっている現状では、合わない相手との距離感がどうしても近くなってしまう。
――そりゃまあ、料理上手で気の利く京香叔母さんの代わりが私じゃ……がっかりするよね。
紅葉や吹雪、そして夜食仲間となった琥珀から京香の話は聞いている。接点の薄かった千鳥は、彼らから聞く話で、叔母が下宿生達に慕われていたことはよく理解できた。
もし自分が下宿生だったとしても、きっと京香を頼り慕っただろう。
「ほら、蘇芳君も支度して。遅刻するよ」
紅葉に急かされ、蘇芳が居心地悪そうに席を立つ。
「蘇芳のことは、気にしないで。あいつ、興味持った人間にはどうしたらいいか分からなくて、塩対応しちゃう癖かあるんだ」
こそりと囁く吹雪に、千鳥はきょとんとする。
「興味って、どういうこと?」
「悪い意味じゃないから大丈夫」
そう言い残して、吹雪が鞄を片手に扇と琴を追いかける。二人の送迎は吹雪の仕事なので、朝一の講義がなくても毎日車を出すのだ。
しかし、ここ数カ月続けていた完全な昼夜逆転生活がそう簡単に直せるはずもなく、半月も持たず見事に挫折した。
幸いなことに、下宿生達は千鳥がいなくとも問題無くそれぞれの家事分担をこなして、生活してくれている。
「琴、扇! 準備できた? 水筒とお弁当は、鞄に入ってる?」
「「はーい」」
吹雪の問いかけに、双子の狐が元気よく返事をする。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
琴と扇が手を繋いで玄関に向かう。声をかけるのは紅葉だ。
「いってらっしゃい」
「あ、千鳥さん! おはようございます!」
寝ぼけ眼でダイニングに入った千鳥に、吹雪が笑顔で挨拶をする。
――眩しい……これが若さ……。
先日、琥珀が渡してくれた獏の薬のお陰で、睡眠の質はかなり向上してきている。あやかしの作る薬は漢方薬に近い物のようで、飲み始めは効き目が薄く徐々に体を整えていくらしい。
「扇君と琴君も、行ってらっしゃい」
「いってきまーす!」
「ちどりおねえちゃん、あさごはんちゃんとたべてね」
「……うん」
幼稚園児に心配される自分が情けなくなる。
「おはようございます、千鳥さん。今朝は早いんですね。何かあったんですか?」
「あ、おはよう……いや、別に……」
コーヒーを飲んでいた蘇芳が柔らかな笑みを向けてくる。なんとなく言葉に棘があるように感じるのは、気のせいではないはずだ。
蘇芳とはこれまで、込み入った会話はしていない。というか、食卓を共にすることはあっても、ほぼ会話はないのだ。
――雰囲気的に合わないのかな?
人間だって、なんとなく苦手とか、そういった相手はいる。皆がみな、仲良くできる訳でもないから、それぞれ適度な距離感を持って生活するのだ。
しかし同じ屋根の下で生活をし、これまでの生活習慣で食卓は皆で囲むのが当たり前となっている現状では、合わない相手との距離感がどうしても近くなってしまう。
――そりゃまあ、料理上手で気の利く京香叔母さんの代わりが私じゃ……がっかりするよね。
紅葉や吹雪、そして夜食仲間となった琥珀から京香の話は聞いている。接点の薄かった千鳥は、彼らから聞く話で、叔母が下宿生達に慕われていたことはよく理解できた。
もし自分が下宿生だったとしても、きっと京香を頼り慕っただろう。
「ほら、蘇芳君も支度して。遅刻するよ」
紅葉に急かされ、蘇芳が居心地悪そうに席を立つ。
「蘇芳のことは、気にしないで。あいつ、興味持った人間にはどうしたらいいか分からなくて、塩対応しちゃう癖かあるんだ」
こそりと囁く吹雪に、千鳥はきょとんとする。
「興味って、どういうこと?」
「悪い意味じゃないから大丈夫」
そう言い残して、吹雪が鞄を片手に扇と琴を追いかける。二人の送迎は吹雪の仕事なので、朝一の講義がなくても毎日車を出すのだ。
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