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ひきこもりの山犬とホットスナック
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しおりを挟む帰宅すると琥珀は自分の買い込んだお菓子とカップ麺を持って、早々に自室へと戻ってしまった。
――なにか用があるのかと思ったけど、本当に買い物に行きたかっただけみたい。
話の流れだったとはいえ、琥珀の家庭事情に踏み込みすぎだ自覚はある。琥珀の方から話してくれたのだから、千鳥が責められることはないだろうけど、過去のトラウマのせいか、なんとなく気持ちがざわついて居心地が悪い。
――やっばり、謝ろう。
何もできないくせに首を突っ込んだの千鳥を、琥珀が不快に思っている可能性はある。折角、祖母と叔母が築いてきた下宿生との信頼関係を、自分の行動でぶち壊す訳にはいかない。
――今夜も来るかな。それとも、声かけた方が早いかな……。
深夜、キッチンに行こうか迷っていると、自室の扉がノックされる。
「なあ、まだ起きてるか?」
琥珀の声に驚いて、千鳥は慌てて扉を開けた。
「どうしたの?」
「夜食、食わねぇ?」
わざわざ誘いに来たのは初めてだったので、驚きながらも千鳥は頷く。
琥珀の後についてキッチンに入ると、何故か座って待つように指示される。
「ちょっと待ってろ」
そう言うと、琥珀は冷凍庫から水餃子を出して耐熱容器に入れた。そして水を足して、そのまま電子レンジに放り込む。
温めが終わるまでの間に、スーパーで買ったらしい小口切りされた長ネギと、鶏ガラスープを用意する。程なく水餃子が解凍され、琥珀は耐熱容を取り出すと適当に鶏ガラスープを入れてかき混ぜる。
手慣れたその様子から、頻繁に作っているのだと分かる。
「即席水餃子スープ。好みで長ネギ入れろ」
「ありがとう。いただきます」
取り分け用のお椀とスプーンを渡され、千鳥はまじまじと琥珀を見た。
「料理できるんだ」
「これを料理って、真顔で言うか?」
「私、本当に苦手なのよ。……私の自炊歴を聞いたら多分、ドン引きされる自信ある」
向かいの椅子に座った琥珀が、耐熱容器の餃子をすくい取りながら苦笑する。
「その話、今度聞かせろよ。てかさ、今夜はこの間あんたに言われたこと考えて、俺なりに答えを出したから聞いてほしくて誘ったんだ」
「答え?」
「無責任に色々言ってくれただろ。だから割と楽になったって言うかさ……俺が引きこもった理由って、結局の所自分で自分にプレッシャーかけて動けなくなった感じかなってさ」
長ネギを乗せた水餃子を食べながら、琥珀が続ける。
「俺が跡取りになる方向で話を進めてるってバレた途端、顔も知らない連中が大勢寄ってきてさ。そいつら「昔からの親友です」みたいに話しかけてきて――ああいうの、よくできるよな。で、そんな奴らの相手をこれからもしなくちゃならないんだって考えたら。こう、いきなり気持ちの糸が切れるっていうか。何なんだろうな」
「よくある事だよ。でもって、琥珀君の反応も別におかしな事じゃないよ」
大手商社から内定を貰った時、千鳥は琥珀と似たような経験をした。やっかみもされたけれど、それ以上に「繋がりを持ちたい」と臆面も無く言って、ラインの交換をせっついてくる自称「友人」が増えた。
けれど千鳥が会社を辞めたとどこからか知った途端、彼らはアドレスをブロックしてあっさりと消えた。
「紅葉は全然平気な顔してるけど、しんどいだろうな」
ぽつりと、琥珀が呟く。
代々女性が当主となる椿山家では、順当に行けば紅葉が指名される筈だった。
だから周囲も、紅葉が幼い頃からいずれは当主となるものとして扱っていた。恐らく紅葉は、幼い頃からあの手の厚顔な連中に絡まれていたと推測できる。
「俺は紅葉を守ってやりたいなんて偉そうなこと言って、あっさりリタイアした。回りから向けられる感情にも対応できないで、結局引きこもってさ。根性無ぇよな」
「そこまで卑下する必要はないんじゃない? それにお祖母さんは、まだ次の当主を指名してないんでしょ。琥珀君が諦めなければ、紅葉さんの代わりに当主になることはできるんじゃないの?」
二つ目の餃子を囓りながら、千鳥は一呼吸置いてずっと考えていたことを口にする。
「それとさ、琥珀君は紅葉さんの代わりにならないとって言ってるけど、そこは話し合うべきだと思う」
「でも、紅葉は海外留学を希望してて……紅葉も俺が当主になることに反対はしてなかったって聞いてて……」
「それはそれでしょ。留学したって、当主にはなれるだろうし。それと、紅葉さんが何を考えているのか。琥珀君がこれからどうしたいのか。建前取っ払って話しなよ」
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