あやかし下宿の新米管理人

ととせ

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始まり

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「――ねえ、本当に視えてるの?」
「視えてたってば」
「全然起きないよ。術が強すぎたんじゃないの?」
「疲れているのだろう」

 何やら周囲が騒がしい。とても眠っていられる状況ではなくなったので、千鳥が目蓋を開けると、至近距離に顔があって思わず声を上げた。

「わっ」
「きゃあっ」

 相手も千鳥の反応は予想外だったようで、悲鳴を上げて後退る。

「ほら視えてるじゃん!」

 そう言って得意げに胸を張ったのは、ダイニングで鉢合わせた東雲だ。その隣には、顔を覗き込んでいた同年代と思われる女子が唖然として千鳥を見つめている。

「あの……皆さんは……」

 ベッドから起き上がり、まだぼんやりとする頭で状況を整理しようとする千鳥に、少し離れた場所に立っていた青年が近づく。

「勝手に入ってすみません。まさか、私達が視えているとは思わず。女性の寝室に入ってしまったことをお詫びいたします」

 やたら畏まった物言いに何と返せばいいのか千鳥は戸惑う。
 彼らに悪意がないのは伝わるから、勝手に入ってきたことに対しての怒りはない。

「いや、ご挨拶もしないで寝こけてた私も悪いし。みんな下宿の学生さんなんだよね? えっと、自己紹介しないとだよね」

 壁に掛けられた時計は、夜七時を指している。
 来たばかりの大家が部屋に閉じこもっていれば、不安に思っても仕方ないだろう。
 すると三人は顔を見合わせ、うーんと唸る。

「訳ありっていうか、ちょっとずれてる?」
「京香さんが気にかけてたのも、分かる気がする」
「ひとまず、どこまで知っているのか聞く必要があるだろう。対応はその後だ」

 うんうんと頷き合う学生達を前に、千鳥はふとドアの方から視線を感じてそちらに目を向けた。すると幼稚園児だろうか。制服姿の子どもが二人、扉の隙間から中を覗き込んでいた。

「ふぶきおねーちゃん。あたらしいおおやさん、おきたの?」
「ぼくおなかすいたー。おゆうはんにしようよー」

 聞こえてくる天真爛漫な声に、思わず笑みがこぼれる。

 ――こんな小さい子まで下宿してるんだ。

 しかしそれよりも気になったのは、二人の頭だ。髪の毛は真っ白で、何故か狐のような耳が生えている。

「……耳?」

 思わず口にすると、あちゃーっという顔して学生三人が頭を抱えた。
 千鳥の視線に気づいたのか、二人が部屋の中に飛び込んでくる。

「きょうかおばちゃん、おしごとだから。おねーちゃんがかわりにきてくれたんだよね?」
「ごはんいっしょにたべよう」

 手を引っ張る二人は、まるで天使のように可愛らしい。そんな子ども達を見て諦めたのか、顔を覗き込んでいた少女が千鳥に話しかける。

「詳しい事は、食事をしながらでもいいですか?」
「ええ、構わないけど。ご一緒しちゃっていいの?」
「勿論ですよ。新しい大家さんが視えるって吹雪が言っていたから、ちゃんと人数分作ったんですよ」

 さきほどから会話の合間に「視える」という単語がよく出てくるが、なんとなく聞ける雰囲気ではない。
 あえて千鳥は問わず、子ども達に手を引かれてダイニングに入った。
 改めて見ると結構変わっており、昭和レトロはあくまで装飾で水回りや置いてある電化製品は最新式だ。それらが違和感なく溶け込むように、壁紙やタイルなどで馴染ませているのだ。

「京香さんがお母様から引き継いだ際に、リノベーションしたと聞いてます。それからもちょくちょく手を入れてます」
「去年卒業した者達がDIY好きで、ここ数年はかなり手を加えました」
「これ全部、学生さん達がやったの? すごいね」

 大きな一枚板のテーブルには、数々の手料理が並んでいた。

「美味しそう」
「座りなよ。これ全部、紅葉もみじが作ったんだよ」

 吹雪に促されて席に着くと、左側に吹雪と子ども達。向かい側に青年と少女が座る。一つ空いた席があったが、誰も気にしいてないので千鳥もあえて言及しない。

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