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60 無理です

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 家臣達に責め立てられ、マレクが子どものように地団駄を踏む。

「クソっ……クソどもが……まあいい、わが王家に逆らえばどうなるか、お前達は分かっているだろうな? ロワイエもすぐ、身をもって知ることになる。ロワイエ国のような田舎の小国は、我が国の属国になると頭を下げてくれてば見逃してやろうと思っていたが……やめたやめた。女、子ども、老人も全て殺してやる」
「先程戦争のことは知らないと言っていたのは嘘なのですか?」

 言うことがころころ変わるマレクに、思わずアリシアは問いかける。

「黙れ! すぐに軍を動かし、ロワイエ国へ侵攻する。兵を集めよ。アリシア、お前も私を裏切ったことを後悔させてやる」
「愚かだな、マレク・バイガル。アリシア頼む」

 エリアスに促され、アリシアは身につけていた守りの短剣を手に取り天に切っ先を向ける。

「ラサの皇女、アリシア・ラサの名において、バイガル国に罰を下します」

 その瞬間、短剣から光が放たれた。
 広間にいた貴族や兵士が悲鳴を上げる。光は徐々に収まり、広間は静寂に包まれた。

「……安心してマレク、光っただけでなんともないわ。旅芸人の手品の方がマシよ」
「なんだ、そうか……? 脚が動かない?」

 その場にへたり込んでいだマレクは、ダニエラの力を借りて立ち上がろうとするがじたばたと藻掻くことしかできない。

「魔術を編み込んだ紙とインクでサインをしたのだ。協定を破れば魔術が発動する」
「卑怯だぞ!」
「なんだ、父親から知らされていなかったのか? 恨むならサインをしたお前の祖父を恨んでくれ」
「くそ野郎! ロワイエの民もお前も、全員ぶっ殺してやる! バイガルも全員道連れだ!」

 顔を歪め汚い言葉で罵るマレクには、もう王子らしさの欠片も残っていない。
 尻餅をついたまま剣を振り回すけれど、当然エリアスには届かず悔しそうに睨み付けるのが精一杯だ。

「ちなみに協定書の内容だが、和平協定を破った国は、ロワイエ国の管轄になると書かれている。別に侵略するわけじゃないから安心してくれ。ただし、バイガル王家は取り潰しだ」
「そんな……嘘だと言ってくれ。アリシア、君もそんな愚行は止めるよう彼を説得してくれないか?」
「無理です」
「王家に加担した者達は、その場から動くな」

 エリアスの一言で、一部の貴族が人形のように動かなくなった。

「既にバイガル王と王妃は協定違反の罪で捕らえてある。――衛兵と騎士に告ぐ。動けない貴族どもを捕らえて牢に連行しろ。処遇は追って沙汰を出す」

 バイガルの衛兵達は、既に主人が替わったことを悟ったのか大人しくエリアスの指示に従う。
 騎士団もマレクを見限ったのか、衛兵と一緒に動けなくなった貴族達を縛り始めた。

「私は貴族じゃないから関係ないわよね。ほらエリアス王子、私は動けるから無罪だわ」

 この場にそぐわない明るい声で、ダニエラが笑う。
 しかしエリアスはダニエラを冷たく見据えた。

「ダニエラと言ったな。君はレンホルム家の一員だろう? レンホルム公爵は、王が他国を侵略しようとしてたことを知っていた。それに君はマレク王子の婚約者だろう? 君はアリシアと違い、常にマレク王子と共にいた。何か見聞きした事はあるんじゃないか?」
「知らない! 私は巻き込まれただけよ」
「ダニエラ、私を見捨てるのか!」
「煩いわね、この馬鹿王子。地位もお金もないあんたなんて、利用価値がないじゃない」
「戦争を見てみたいと言ったのは、嘘だったのか?」
「余計な事を言わないで! あんたみたいに顔だけの馬鹿はもういらないわ」

 舌打ちをするダニエラを、マレクが絶望の表情で彼女を見上げている。

「そうだ、良い事を思いついた! 私をエリアス様の妻にしてください。エリアス様が望むなら何だってしますわ。それに私、夜の事でしたら自信がありますのよ」
「ダニエラ?」

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