40 / 65
40 孫とは?
しおりを挟む
当初は公務で忙しいのかと思っていたが、一年近く返事がなければ流石に不審に思い始める。
けれどロワイエ国とバイガル国の関係は薄く、距離も離れているので外交上の遣り取りもない。痺れを切らしたローゼ妃はバイガル王に親書を送り、レアーナがいまどうしているのか問い質した。
「返ってきたのは、素っ気ない外交文書を一枚。レアー様が数年前に亡くなって、葬儀も終わったと。それだけだ」
ローゼ妃はレアーナの忘れ形見であるアリシアの身を案じていたが、知るすべはない。知ったとしてもロワイエとバイガルは外交がほぼないので、どうすることもできないのが現実だった。
「義姉さんはレアーナ様が亡くなったことを、ラサ皇国に伝えた。皇国としても問題を重く見てレアーナ様に何が起こったのか調べていた矢先に、君が婚約破棄されたという噂が飛び込んできたわけさ」
その後は、アリシアも知っての通りだ。
「皇帝は私とマレク王子の婚約が破棄されたことにお怒りになった。という事でしょうか」
国同士で交わした約束が破られたとなれば、いくらラサ皇国も黙っていないのは理解できる。
「それはそうなのだけど、ラサは君が考えているよりかなり特殊な国なんだ。他国に嫁いだり婿入りした者は、貴族であっても二度と国には戻れない。けれど今回の件で、現皇帝は国の法律を変えてまで調べさせたんだ」
余程の事がなければ皇帝は動かないらしい。
しかし今回は、その「余程の事」が起こったという事になる。
「皇帝はバイガルとの外交を重要だとお考えなのですね」
アリシアの言葉にエリアスは首を横に振る。
「外交と言うより、皇帝の個人的な感情問題さ。――魔術適性を調べた日の事を憶えてる?」
「ええ」
全く関係ない話を振られ、アリシアは怪訝に思いつつも頷く。
「君の魔力は義姉さんの親族とはいえ、あまりに強すぎた。ヨゼフ師匠と話し合って、俺は義姉さんに相談したんだよ」
(何でしょう。嫌な予感がします)
「ラサ皇国では、皇帝は三人の妃を持つことが慣例とされている。王妃に序列はなくて、最初に生まれた子が次代の皇帝となる。レアーナ様の母上は妃の一人で、皇帝の十番目の娘だそうだ」
一呼吸置いて、エリアスがアリシアを見つめ口を開く。
「つまり君は。皇帝の孫に当たる」
生まれた子は年齢順に継承権を持つが、実のところ三人目以降は貴族や他国に嫁いだり婿入りする。
「ローゼ様も皇帝の血を引いていらっしゃるのですか?」
「義姉さんは皇帝の妹の子だと聞いてるよ。レアーナ様とは歳が近かったから、姉妹みたいに育てられたってさ」
ローゼ妃はレアーナとは仲が良かったが、互いの地位は話題にしなかったらしい。
というかそもそもきょうだいが多すぎる上に、養育環境も「皆平等」が基本なので序列を気にする者はいないのだという。
「レアーナ様がどういう経緯でレンホルム公爵に嫁ぐことになったのか、俺は個人的に調べているそうしたら、別の問題も浮上してきてね……これは関係ないから、また今度話すけど。ともかくそんなわけさ」
「……私が、皇帝の孫?」
「可愛い孫が辛い目に遭ってたら、法律だって変えてしまうのはなんか分かります。あのジェラルド様も、お孫さんにはメロメロですから」
「え、そうなの?」
「お孫さんにねだられると、お菓子やおもちゃを好きなだけ買ってしまうって。お嬢さんが愚痴を言いによくお屋敷に来てましたよ」
マリーに説明されても、アリシアとしては自分が「皇帝の孫」という現実を受け止めきれない。
「アリシアが酷い扱いを受けていた事も露呈したし、改めてレアーナ様に何があったのか事情を聞きたいと現皇帝がお触れを出したのは理解してくれたかな」
「でもどうして……母はバイガル王家や父から蔑ろにされたのでしょう」
「恐らくバイガルの王家は、魔術師の血を恐れたのだろう」
魔術を捨てた国からすると「得体の知れない術」として倦厭される場合もある。
王家はラサ皇国を含め、魔術を使う国を恐れたが、敵対するには分が悪い。
最低限の外交を求めて来るラサ皇国からの申し出を無下にすることもできず、政略結婚を一度は受け入れた。
しかし結局は王家に魔術の血を入れることを拒んだ。
「そんなの勝手すぎます! レアーナ様は身一つで嫁いで来たのに」
「政略結婚が嫌なら、外交官を置くなどの提案のみにすればいい。バイガル王家の仕打ちは、レアーナ様にあまりにも無礼だ」
「お母様……」
しきたりとはいえ、母国に頼ることもできず母はどれだけ心細かったことだろう。
「ロワイエとしても、見過ごすことはできない。公爵からの聞き取りだけでなく、何が起こったのか全てを公にしたいと考えている」
色々な事が頭の中を巡り、アリシアは唇を噛む。
「アリシア?」
「少し疲れました。今日はもう休みます」
掠れる声で告げて、アリシアは席を立った。
けれどロワイエ国とバイガル国の関係は薄く、距離も離れているので外交上の遣り取りもない。痺れを切らしたローゼ妃はバイガル王に親書を送り、レアーナがいまどうしているのか問い質した。
「返ってきたのは、素っ気ない外交文書を一枚。レアー様が数年前に亡くなって、葬儀も終わったと。それだけだ」
ローゼ妃はレアーナの忘れ形見であるアリシアの身を案じていたが、知るすべはない。知ったとしてもロワイエとバイガルは外交がほぼないので、どうすることもできないのが現実だった。
「義姉さんはレアーナ様が亡くなったことを、ラサ皇国に伝えた。皇国としても問題を重く見てレアーナ様に何が起こったのか調べていた矢先に、君が婚約破棄されたという噂が飛び込んできたわけさ」
その後は、アリシアも知っての通りだ。
「皇帝は私とマレク王子の婚約が破棄されたことにお怒りになった。という事でしょうか」
国同士で交わした約束が破られたとなれば、いくらラサ皇国も黙っていないのは理解できる。
「それはそうなのだけど、ラサは君が考えているよりかなり特殊な国なんだ。他国に嫁いだり婿入りした者は、貴族であっても二度と国には戻れない。けれど今回の件で、現皇帝は国の法律を変えてまで調べさせたんだ」
余程の事がなければ皇帝は動かないらしい。
しかし今回は、その「余程の事」が起こったという事になる。
「皇帝はバイガルとの外交を重要だとお考えなのですね」
アリシアの言葉にエリアスは首を横に振る。
「外交と言うより、皇帝の個人的な感情問題さ。――魔術適性を調べた日の事を憶えてる?」
「ええ」
全く関係ない話を振られ、アリシアは怪訝に思いつつも頷く。
「君の魔力は義姉さんの親族とはいえ、あまりに強すぎた。ヨゼフ師匠と話し合って、俺は義姉さんに相談したんだよ」
(何でしょう。嫌な予感がします)
「ラサ皇国では、皇帝は三人の妃を持つことが慣例とされている。王妃に序列はなくて、最初に生まれた子が次代の皇帝となる。レアーナ様の母上は妃の一人で、皇帝の十番目の娘だそうだ」
一呼吸置いて、エリアスがアリシアを見つめ口を開く。
「つまり君は。皇帝の孫に当たる」
生まれた子は年齢順に継承権を持つが、実のところ三人目以降は貴族や他国に嫁いだり婿入りする。
「ローゼ様も皇帝の血を引いていらっしゃるのですか?」
「義姉さんは皇帝の妹の子だと聞いてるよ。レアーナ様とは歳が近かったから、姉妹みたいに育てられたってさ」
ローゼ妃はレアーナとは仲が良かったが、互いの地位は話題にしなかったらしい。
というかそもそもきょうだいが多すぎる上に、養育環境も「皆平等」が基本なので序列を気にする者はいないのだという。
「レアーナ様がどういう経緯でレンホルム公爵に嫁ぐことになったのか、俺は個人的に調べているそうしたら、別の問題も浮上してきてね……これは関係ないから、また今度話すけど。ともかくそんなわけさ」
「……私が、皇帝の孫?」
「可愛い孫が辛い目に遭ってたら、法律だって変えてしまうのはなんか分かります。あのジェラルド様も、お孫さんにはメロメロですから」
「え、そうなの?」
「お孫さんにねだられると、お菓子やおもちゃを好きなだけ買ってしまうって。お嬢さんが愚痴を言いによくお屋敷に来てましたよ」
マリーに説明されても、アリシアとしては自分が「皇帝の孫」という現実を受け止めきれない。
「アリシアが酷い扱いを受けていた事も露呈したし、改めてレアーナ様に何があったのか事情を聞きたいと現皇帝がお触れを出したのは理解してくれたかな」
「でもどうして……母はバイガル王家や父から蔑ろにされたのでしょう」
「恐らくバイガルの王家は、魔術師の血を恐れたのだろう」
魔術を捨てた国からすると「得体の知れない術」として倦厭される場合もある。
王家はラサ皇国を含め、魔術を使う国を恐れたが、敵対するには分が悪い。
最低限の外交を求めて来るラサ皇国からの申し出を無下にすることもできず、政略結婚を一度は受け入れた。
しかし結局は王家に魔術の血を入れることを拒んだ。
「そんなの勝手すぎます! レアーナ様は身一つで嫁いで来たのに」
「政略結婚が嫌なら、外交官を置くなどの提案のみにすればいい。バイガル王家の仕打ちは、レアーナ様にあまりにも無礼だ」
「お母様……」
しきたりとはいえ、母国に頼ることもできず母はどれだけ心細かったことだろう。
「ロワイエとしても、見過ごすことはできない。公爵からの聞き取りだけでなく、何が起こったのか全てを公にしたいと考えている」
色々な事が頭の中を巡り、アリシアは唇を噛む。
「アリシア?」
「少し疲れました。今日はもう休みます」
掠れる声で告げて、アリシアは席を立った。
49
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
もう、あなたを愛することはないでしょう
春野オカリナ
恋愛
第一章 完結番外編更新中
異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。
実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。
第二章
ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。
フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。
護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。
一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。
第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。
ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!
※印は回帰前の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる