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28 騎士団長だったのですね
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「見送ってくれたあの子達にも、美味しい料理を届けてあげたい」
思わず呟いてしまうと、エリアスが至って真面目に同意してくれる。
「気になっている事があるのなら、実行すればいい。微力だが俺も協力するよ。時間だけはたっぷりあるしね」
「あのー……失礼ですが、エリアスって普段は何をされているの?」
町では気軽に声をかけられていたし、兄のラゲル王と違ってこれといった政務を任されている様子もない。
「え! 聞いてなかった? 俺は王室付魔術騎士団の団長なんだけど!」
「エリアスって、騎士だったんですね!……そういえば、ローゼ王妃の開いてくださったパーティーで話していたような……」
がっくりと肩を落とすエリアスだが、すぐ気を取り直して笑顔になる。
「ちゃんと実力で団長に選ばれてるぞ。あのグリフォンだって放棄されてた巣から助けて、俺が卵から孵したんだからな」
魔獣を人の手で育てるには、相当の魔力が必要になる。先程見せてもらった炎の剣も、使いこなすには鍛錬と魔力があってこそだ。
「俺達騎士の仕事は、ほとんどが式典に出るくらいだから。まあ、暇って言えばヒマなんだけどさ」
「エリアス、この国は平和で戦もないのに今も剣を側に置いているのは何故ですか。それにグリフォンを乗りこなす騎士団があるなんて……」
数十年前の大戦では、グリフォンなど空を飛ぶ魔獣は戦場で恐れられたと記録にある。
「戦争は無くなっても、野盗や人食い魔獣の生き残りが山から出てくることもあるからね。最低限の装備は必要なのさ」
「……そうなのですね」
「大戦の時、ロワイエは北から東に走る山脈が自然の砦になって、他国の侵攻を免れることができた。今は王が結界の要になっていて、害意を持つ侵入者や魔獣が侵入すればすぐ騎士団に討伐命令が下る。とはいえ入ってくるのは大体が魔獣だから、それをもとの生息地に追い払うのが俺達魔術騎士の役目なんだよ」
「魔獣は殺さないのですか?」
まだ母が生きていたころ、父はよく狩りに出かけていた。バイガル国では貴族のたしなみとして魔獣狩りが行われ、母は父が持ち帰った魔獣の首を丁重に葬るよう使用人に指示していたと思い出す。
「人食いは流石に殺すけれど、魔獣の殆どは戦争のとばっちりで絶滅寸前だからね。大人しいのはできるだけ辺境へ逃がすようにはしている」
「お優しいのですね」
「悪さをしなければ、可愛いものだからね。まあ、魔獣よりおっかないのは人間だよ」
そう言って、エリアスが肩をすくめる。
(バイガルもロワイエのような考え方になったらいいのに)
貴族のたしなみとされていた魔獣狩りだが、得意げに狩りの話をする父に対して作り笑いを浮かべる母の顔が印象に残っていた。
今なら何故、母があんな表情を浮かべていたのかアリシアにも分かる。
(ラサ皇国も魔術国家。だとしたら、魔獣は身近な存在だった筈だわ)
国が違えば、考え方も変わる。だから母は必死にバイカルの慣習に馴染もうとしたのだろう。
「……私、何があっても魔術師になって国を出ます」
「アリシアの思うようにするといいよ。俺はできる限り、君をサポートする。いや、させてくれ」
「何故そんなに熱心なのです?」
「アリシアに一目惚れしたからさ」
真顔で言われても、アリシアはどう返せばいいのか分からない。
(この人、感情の起伏がよく分からないのよね)
どこまで本気なのか判断が付かず、アリシアはとりあえずは冷静に礼を伝えるだけに留めた。
「お気持ち、ありがとうございます。ところでエリアス、私気付いたことがあるんです」
「気付いたこと?」
「歴史や現在の国同士の詳しい情勢が、全く分かっていないんです。ロワイエとラサが魔術国家という事や、途中で立ち寄った国がバイガルとどういった関係なのかも。基本的な事が分からないんです。公爵令嬢であったのに、こんなにも世間に関して無知とは……」
ジェラルド医師は「嫌な記憶を忘れたのだろう」と言っていた。
ロワイエの医者達もジェラルドの見立てとほぼ同じだったし、実際にアリシアは未だに父と義母、妹と元婚約者であるマレク王子に関する出来事は全く思い出せない。
しかし公爵令嬢として学んだ礼儀作法は、完璧に憶えている。
この矛盾が気になっていた。
「マリー達から、私は幼い頃から父の仕事を任されていたと聞いてます。もしかしたら、仕事に必要の無い勉強はしていなかった可能性があるんです」
「まさか……いや、しかしあり得るな」
エリアスが眉を顰める。
公爵令嬢として、歴史や国家間の関係は知っていて当然の知識だ。少なくとも、過去に歴史を勉強していれば基本的な事は憶えているはずだ。
でも自国の歴史すらまともに憶えていないという事は、全く教えられていなかったと考えるべきだろう。
「民の暮らしも、過去の戦争の歴史も分からないなんて……これから一人で生きる上で、常識知らずではすまされません。ですから、魔術以外にも歴史などを教えてほしいんです」
「君は勉強が好きなんだな」
「なにも分からない事がいやなんです」
「分かったよ。けれど俺は勉強が苦手でさ、魔術なら教えられるが……そうだ、俺の家庭教をしていた教授達を呼ぼう」
「ありがとう、エリアス」
「だが一つ約束してほしい事がある」
急に真顔になったエリアスに、アリシアは姿勢を正す。
(流石に我が儘が過ぎてるわよね)
王室付の教授に教えて貰うとなれば、授業料を請求されても当然だ。いや、学んだことをロワイエの国益にするよう、何かしらの誓約を持ちかけられるのかもしれない。
しかしエリアスは、全く予想もしなかったことをアリシアに告げる。
「絶対に、根を詰めないこと。座学は一日三時間まで。約束を破ったら、三日間は勉強禁止」
「……それだけ、ですか?」
「大切な事だよ。今のアリシアには分からないだろうけどね。ともかく、約束してくれるね?」
「はい」
意図が分からず首をかしげたアリシアに、エリアスが目を細める。
「アリシアを自由にさせたいけれど、君の体が壊れてしまったら本末転倒だ。魔術も勉学も、ゆっくり学べばいい。アリシアは「療養」をしに、ここへ来ているのだからね」
それまでの軽い雰囲気が消え、エリアスは王子然とした深みのある声でアリシアに告げる。
「お心遣い、感謝いたします」
アリシアも令嬢らしく答えると、エリアスがにこりと微笑んだ。
思わず呟いてしまうと、エリアスが至って真面目に同意してくれる。
「気になっている事があるのなら、実行すればいい。微力だが俺も協力するよ。時間だけはたっぷりあるしね」
「あのー……失礼ですが、エリアスって普段は何をされているの?」
町では気軽に声をかけられていたし、兄のラゲル王と違ってこれといった政務を任されている様子もない。
「え! 聞いてなかった? 俺は王室付魔術騎士団の団長なんだけど!」
「エリアスって、騎士だったんですね!……そういえば、ローゼ王妃の開いてくださったパーティーで話していたような……」
がっくりと肩を落とすエリアスだが、すぐ気を取り直して笑顔になる。
「ちゃんと実力で団長に選ばれてるぞ。あのグリフォンだって放棄されてた巣から助けて、俺が卵から孵したんだからな」
魔獣を人の手で育てるには、相当の魔力が必要になる。先程見せてもらった炎の剣も、使いこなすには鍛錬と魔力があってこそだ。
「俺達騎士の仕事は、ほとんどが式典に出るくらいだから。まあ、暇って言えばヒマなんだけどさ」
「エリアス、この国は平和で戦もないのに今も剣を側に置いているのは何故ですか。それにグリフォンを乗りこなす騎士団があるなんて……」
数十年前の大戦では、グリフォンなど空を飛ぶ魔獣は戦場で恐れられたと記録にある。
「戦争は無くなっても、野盗や人食い魔獣の生き残りが山から出てくることもあるからね。最低限の装備は必要なのさ」
「……そうなのですね」
「大戦の時、ロワイエは北から東に走る山脈が自然の砦になって、他国の侵攻を免れることができた。今は王が結界の要になっていて、害意を持つ侵入者や魔獣が侵入すればすぐ騎士団に討伐命令が下る。とはいえ入ってくるのは大体が魔獣だから、それをもとの生息地に追い払うのが俺達魔術騎士の役目なんだよ」
「魔獣は殺さないのですか?」
まだ母が生きていたころ、父はよく狩りに出かけていた。バイガル国では貴族のたしなみとして魔獣狩りが行われ、母は父が持ち帰った魔獣の首を丁重に葬るよう使用人に指示していたと思い出す。
「人食いは流石に殺すけれど、魔獣の殆どは戦争のとばっちりで絶滅寸前だからね。大人しいのはできるだけ辺境へ逃がすようにはしている」
「お優しいのですね」
「悪さをしなければ、可愛いものだからね。まあ、魔獣よりおっかないのは人間だよ」
そう言って、エリアスが肩をすくめる。
(バイガルもロワイエのような考え方になったらいいのに)
貴族のたしなみとされていた魔獣狩りだが、得意げに狩りの話をする父に対して作り笑いを浮かべる母の顔が印象に残っていた。
今なら何故、母があんな表情を浮かべていたのかアリシアにも分かる。
(ラサ皇国も魔術国家。だとしたら、魔獣は身近な存在だった筈だわ)
国が違えば、考え方も変わる。だから母は必死にバイカルの慣習に馴染もうとしたのだろう。
「……私、何があっても魔術師になって国を出ます」
「アリシアの思うようにするといいよ。俺はできる限り、君をサポートする。いや、させてくれ」
「何故そんなに熱心なのです?」
「アリシアに一目惚れしたからさ」
真顔で言われても、アリシアはどう返せばいいのか分からない。
(この人、感情の起伏がよく分からないのよね)
どこまで本気なのか判断が付かず、アリシアはとりあえずは冷静に礼を伝えるだけに留めた。
「お気持ち、ありがとうございます。ところでエリアス、私気付いたことがあるんです」
「気付いたこと?」
「歴史や現在の国同士の詳しい情勢が、全く分かっていないんです。ロワイエとラサが魔術国家という事や、途中で立ち寄った国がバイガルとどういった関係なのかも。基本的な事が分からないんです。公爵令嬢であったのに、こんなにも世間に関して無知とは……」
ジェラルド医師は「嫌な記憶を忘れたのだろう」と言っていた。
ロワイエの医者達もジェラルドの見立てとほぼ同じだったし、実際にアリシアは未だに父と義母、妹と元婚約者であるマレク王子に関する出来事は全く思い出せない。
しかし公爵令嬢として学んだ礼儀作法は、完璧に憶えている。
この矛盾が気になっていた。
「マリー達から、私は幼い頃から父の仕事を任されていたと聞いてます。もしかしたら、仕事に必要の無い勉強はしていなかった可能性があるんです」
「まさか……いや、しかしあり得るな」
エリアスが眉を顰める。
公爵令嬢として、歴史や国家間の関係は知っていて当然の知識だ。少なくとも、過去に歴史を勉強していれば基本的な事は憶えているはずだ。
でも自国の歴史すらまともに憶えていないという事は、全く教えられていなかったと考えるべきだろう。
「民の暮らしも、過去の戦争の歴史も分からないなんて……これから一人で生きる上で、常識知らずではすまされません。ですから、魔術以外にも歴史などを教えてほしいんです」
「君は勉強が好きなんだな」
「なにも分からない事がいやなんです」
「分かったよ。けれど俺は勉強が苦手でさ、魔術なら教えられるが……そうだ、俺の家庭教をしていた教授達を呼ぼう」
「ありがとう、エリアス」
「だが一つ約束してほしい事がある」
急に真顔になったエリアスに、アリシアは姿勢を正す。
(流石に我が儘が過ぎてるわよね)
王室付の教授に教えて貰うとなれば、授業料を請求されても当然だ。いや、学んだことをロワイエの国益にするよう、何かしらの誓約を持ちかけられるのかもしれない。
しかしエリアスは、全く予想もしなかったことをアリシアに告げる。
「絶対に、根を詰めないこと。座学は一日三時間まで。約束を破ったら、三日間は勉強禁止」
「……それだけ、ですか?」
「大切な事だよ。今のアリシアには分からないだろうけどね。ともかく、約束してくれるね?」
「はい」
意図が分からず首をかしげたアリシアに、エリアスが目を細める。
「アリシアを自由にさせたいけれど、君の体が壊れてしまったら本末転倒だ。魔術も勉学も、ゆっくり学べばいい。アリシアは「療養」をしに、ここへ来ているのだからね」
それまでの軽い雰囲気が消え、エリアスは王子然とした深みのある声でアリシアに告げる。
「お心遣い、感謝いたします」
アリシアも令嬢らしく答えると、エリアスがにこりと微笑んだ。
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