13 / 21
13 悪意
しおりを挟む
「申し訳ございません。藍姫には急用が入って、本日の訪問はできなくなってしまいまして……。約束を反故にして申し訳ないと、言付かって参った次第です」
「藍様もお忙しいのでしょう? 私の事は、気になさらないでとお伝えください」
お菓子の入った重箱を受け取りながら、雪鈴は藍の代理で来た女官に笑顔で答える。
彼女は館に家具を運び込む際に指揮を執っていた女官なので、藍からの信頼の厚い人物であるのは間違いない。
「それでは失礼致します」
何度も頭を下げて去って行く女官に、雪鈴も深く礼を返す。
わざわざ言づてをくれるだけでもありがたいのに、藍はいつもの『重箱お菓子』まで女官に持たせてくれていた。
「京も喜ぶわ」
重箱を卓に置くと、雪鈴は辺りを見回す。
(京も厨房に行っちゃったし。お花に水やりをしようかしら)
藍が揃えてくれた本は読み終えてしまったので、たまには気分転換に庭いじりもいいだろう。雪鈴は汚れてもいいように下女の着る麻の作業着に着替えると庭へ出た。
「いいお天気」
「……あの女だわ」
「新しい着物を揃えて貰ったなんて、やっぱり嘘だったのよ」
数名の女官が茂みの間から現れ、雪鈴を取り囲む。
「あなたたちは?」
「罪人の化け物、さっさとついてきなさい。美麗様がお呼びよ」
「美麗様が? どうして私なんかを?」
「知らないわよ。逆らったら、鞭を打つからね。さっさとしな」
脅すように、一人が手にした馬用の鞭を軽く振る。
庭の手入れをしていた雪鈴は、美麗の側仕えである女官達に囲まれ、そのまま彼女の宮へと強引に連れて行かれた。
助けを求めようにも、すれ違う女官達は揃って雪鈴達から目を逸らす。
みな面倒ごとに関わりたくないのだ。
宮に入ると、雪鈴を連れてきた女官達は急いで部屋を出て行く。そして客間には、豪華な長椅子にしどけなく座る美麗と、床に跪かされた雪鈴が残された。
「白い化け物さん、その麻の着物はとても似合っているわね。ところで、お前を呼んだ理由は分かってる?」
「いえ……」
「気持ち悪いのよ! その姿も、声も!」
「お気に障ったのなら申し訳ございません。もう数日で私は後宮から出ますので、ご安心ください。貴族の方に下げ渡されると聞いております。ですので、もう二度と会うこともないかと」
すると美麗がくすりと笑う。
「下げ渡される? お前を娶る男なんて、いるわけがないでしょう。お前は海を渡った遠い国に、奴隷として売られるのよ」
「奴隷……売られるって……?」
美麗の言葉が暫く理解できず、雪鈴は戸惑った。
「異国でも白い髪は珍しいんですって。きっと高く売れるわ。あの藍という女も、今頃お前に関わったことを後悔してる頃だわ」
「藍様に何をしたの!」
自分に悪意が向けられるのは仕方がないと諦めがつく。けれど藍は、美麗となんの関わりもない。
「後宮から出て行く手助けをしてやっただけよ。どれだけ美しくても、顔に傷があったら後宮にはいられないものね」
「どうしてそんな酷い事をするのです! 私が憎いなら、私だけを責めてください!」
すると長椅子の背後から、一人の男が出てくる。服装からして、正殿に勤める地位の高い官吏だ。
「お前も汚してやりたかったけれど、誰も化け物には近寄りたくもないんですって」
嗤う美麗の側で、男が雪鈴を一瞥して眉を顰めた。
「お前のような異形は、呪われている証だ。触れて汚れが移ったりしたら大変だからな」
男は雪鈴が見ていることなど気にする様子もなく、美麗の髪に触れる。それはまるで、恋人が触れるような手つきだ。
なのに美麗は官吏の手を払うこともなく、好きにさせている。
思わず雪鈴は、視線を逸らす。
「美麗様、なぜそのような殿方を御側に……」
「この方はお友達なの。私の言う事はなんでも聞いてくれるのよ。お前の身分を貴族から奴隷に書き換えて、売り渡す手配までしてくださったの。そうそう、明日には奴隷商が来るから支度をしておきなさい」
気分が悪くなり、雪鈴は無言で部屋を飛び出した。
背後からは高笑いが響く。
(どうしてここまで憎まれなくちゃいけないの? あの簪は、美麗様にとってどういう意味がある品だったの?)
分からない事だらけだが、一つ確定しているのは自分が恐ろしい窮地に追い込まれているという事実った。
「藍様もお忙しいのでしょう? 私の事は、気になさらないでとお伝えください」
お菓子の入った重箱を受け取りながら、雪鈴は藍の代理で来た女官に笑顔で答える。
彼女は館に家具を運び込む際に指揮を執っていた女官なので、藍からの信頼の厚い人物であるのは間違いない。
「それでは失礼致します」
何度も頭を下げて去って行く女官に、雪鈴も深く礼を返す。
わざわざ言づてをくれるだけでもありがたいのに、藍はいつもの『重箱お菓子』まで女官に持たせてくれていた。
「京も喜ぶわ」
重箱を卓に置くと、雪鈴は辺りを見回す。
(京も厨房に行っちゃったし。お花に水やりをしようかしら)
藍が揃えてくれた本は読み終えてしまったので、たまには気分転換に庭いじりもいいだろう。雪鈴は汚れてもいいように下女の着る麻の作業着に着替えると庭へ出た。
「いいお天気」
「……あの女だわ」
「新しい着物を揃えて貰ったなんて、やっぱり嘘だったのよ」
数名の女官が茂みの間から現れ、雪鈴を取り囲む。
「あなたたちは?」
「罪人の化け物、さっさとついてきなさい。美麗様がお呼びよ」
「美麗様が? どうして私なんかを?」
「知らないわよ。逆らったら、鞭を打つからね。さっさとしな」
脅すように、一人が手にした馬用の鞭を軽く振る。
庭の手入れをしていた雪鈴は、美麗の側仕えである女官達に囲まれ、そのまま彼女の宮へと強引に連れて行かれた。
助けを求めようにも、すれ違う女官達は揃って雪鈴達から目を逸らす。
みな面倒ごとに関わりたくないのだ。
宮に入ると、雪鈴を連れてきた女官達は急いで部屋を出て行く。そして客間には、豪華な長椅子にしどけなく座る美麗と、床に跪かされた雪鈴が残された。
「白い化け物さん、その麻の着物はとても似合っているわね。ところで、お前を呼んだ理由は分かってる?」
「いえ……」
「気持ち悪いのよ! その姿も、声も!」
「お気に障ったのなら申し訳ございません。もう数日で私は後宮から出ますので、ご安心ください。貴族の方に下げ渡されると聞いております。ですので、もう二度と会うこともないかと」
すると美麗がくすりと笑う。
「下げ渡される? お前を娶る男なんて、いるわけがないでしょう。お前は海を渡った遠い国に、奴隷として売られるのよ」
「奴隷……売られるって……?」
美麗の言葉が暫く理解できず、雪鈴は戸惑った。
「異国でも白い髪は珍しいんですって。きっと高く売れるわ。あの藍という女も、今頃お前に関わったことを後悔してる頃だわ」
「藍様に何をしたの!」
自分に悪意が向けられるのは仕方がないと諦めがつく。けれど藍は、美麗となんの関わりもない。
「後宮から出て行く手助けをしてやっただけよ。どれだけ美しくても、顔に傷があったら後宮にはいられないものね」
「どうしてそんな酷い事をするのです! 私が憎いなら、私だけを責めてください!」
すると長椅子の背後から、一人の男が出てくる。服装からして、正殿に勤める地位の高い官吏だ。
「お前も汚してやりたかったけれど、誰も化け物には近寄りたくもないんですって」
嗤う美麗の側で、男が雪鈴を一瞥して眉を顰めた。
「お前のような異形は、呪われている証だ。触れて汚れが移ったりしたら大変だからな」
男は雪鈴が見ていることなど気にする様子もなく、美麗の髪に触れる。それはまるで、恋人が触れるような手つきだ。
なのに美麗は官吏の手を払うこともなく、好きにさせている。
思わず雪鈴は、視線を逸らす。
「美麗様、なぜそのような殿方を御側に……」
「この方はお友達なの。私の言う事はなんでも聞いてくれるのよ。お前の身分を貴族から奴隷に書き換えて、売り渡す手配までしてくださったの。そうそう、明日には奴隷商が来るから支度をしておきなさい」
気分が悪くなり、雪鈴は無言で部屋を飛び出した。
背後からは高笑いが響く。
(どうしてここまで憎まれなくちゃいけないの? あの簪は、美麗様にとってどういう意味がある品だったの?)
分からない事だらけだが、一つ確定しているのは自分が恐ろしい窮地に追い込まれているという事実った。
0
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
王子、侍女となって妃を選ぶ
夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。
ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。
そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。
一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。
それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。
問答無用で美少女化させられる王子シリル。
更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。
本編完結済。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!
睫毛
恋愛
よくある婚約破棄ものです
公爵令嬢であるナディア・フォン・サルトレッティは、王家主催の夜会の最中に婚約者である王太子ジョバンニ・ダッラ・ドルフィーニによって婚約破棄を告げられる。
ええ、かまいませんよ。
でもしっかり反撃もさせていただきます。
それと、貴方達の主張は全部ブーメランですからね。
さっくりざまぁさせていただきます!
ざまぁ本編は一応完結(?)です。
ブーメラン後の話の方が長くなってます(;'∀')
元婚約者が反省したり(遅い)
隣国の王族が絡んできたりします!
ナディアが段々溺愛されていきます(笑)
色々と設定は甘め
陰謀はさくっと陰で解決するので、謎はあまり深堀しません
そんな感じでよろしければ是非お読みください(*´Д`)
何だか長くなってきたので、短編から長編に変更しました・・・
婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。
氷雨そら
恋愛
聖女としての力を王国のために全て捧げたミシェルは、王太子から婚約破棄を言い渡される。
そして、告げられる第一王子との婚約。
いつも祈りを捧げていた祭壇の奥。立ち入りを禁止されていたその場所に、長い階段は存在した。
その奥には、豪華な部屋と生気を感じられない黒い瞳の第一王子。そして、毒の香り。
力のほとんどを失ったお人好しで世間知らずな聖女と、呪われた力のせいで幽閉されている第一王子が出会い、幸せを見つけていく物語。
前半重め。もちろん溺愛。最終的にはハッピーエンドの予定です。
小説家になろう様にも投稿しています。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
婚約破棄はこちらからお願いしたいのですが、創造スキルの何がいけないのでしょう?
ゆずこしょう
恋愛
「本日でメレナーデ・バイヤーとは婚約破棄し、オレリー・カシスとの婚約をこの場で発表する。」
カルーア国の建国祭最終日の夜会で大事な話があると集められた貴族たちを前にミル・カルーア王太子はメレアーデにむかって婚約破棄を言い渡した。
【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる