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13 悪意

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「申し訳ございません。らん姫には急用が入って、本日の訪問はできなくなってしまいまして……。約束を反故にして申し訳ないと、言付かって参った次第です」

「藍様もお忙しいのでしょう? 私の事は、気になさらないでとお伝えください」

 お菓子の入った重箱を受け取りながら、雪鈴しゅえりんは藍の代理で来た女官に笑顔で答える。
 彼女は館に家具を運び込む際に指揮を執っていた女官なので、藍からの信頼の厚い人物であるのは間違いない。

「それでは失礼致します」

 何度も頭を下げて去って行く女官に、雪鈴も深く礼を返す。
 わざわざ言づてをくれるだけでもありがたいのに、藍はいつもの『重箱お菓子』まで女官に持たせてくれていた。

きょうも喜ぶわ」

 重箱を卓に置くと、雪鈴は辺りを見回す。

(京も厨房に行っちゃったし。お花に水やりをしようかしら)

 藍が揃えてくれた本は読み終えてしまったので、たまには気分転換に庭いじりもいいだろう。雪鈴は汚れてもいいように下女の着る麻の作業着に着替えると庭へ出た。

「いいお天気」

「……あの女だわ」

「新しい着物を揃えて貰ったなんて、やっぱり嘘だったのよ」

 数名の女官が茂みの間から現れ、雪鈴を取り囲む。

「あなたたちは?」

「罪人の化け物、さっさとついてきなさい。美麗めいりー様がお呼びよ」

「美麗様が? どうして私なんかを?」

「知らないわよ。逆らったら、鞭を打つからね。さっさとしな」

 脅すように、一人が手にした馬用の鞭を軽く振る。
 庭の手入れをしていた雪鈴は、美麗の側仕えである女官達に囲まれ、そのまま彼女の宮へと強引に連れて行かれた。

 助けを求めようにも、すれ違う女官達は揃って雪鈴達から目を逸らす。
 みな面倒ごとに関わりたくないのだ。

 宮に入ると、雪鈴を連れてきた女官達は急いで部屋を出て行く。そして客間には、豪華な長椅子にしどけなく座る美麗と、床に跪かされた雪鈴が残された。

「白い化け物さん、その麻の着物はとても似合っているわね。ところで、お前を呼んだ理由は分かってる?」

「いえ……」

「気持ち悪いのよ! その姿も、声も!」

「お気に障ったのなら申し訳ございません。もう数日で私は後宮から出ますので、ご安心ください。貴族の方に下げ渡されると聞いております。ですので、もう二度と会うこともないかと」

 すると美麗がくすりと笑う。

「下げ渡される? お前を娶る男なんて、いるわけがないでしょう。お前は海を渡った遠い国に、奴隷として売られるのよ」

「奴隷……売られるって……?」

 美麗の言葉が暫く理解できず、雪鈴は戸惑った。

「異国でも白い髪は珍しいんですって。きっと高く売れるわ。あの藍という女も、今頃お前に関わったことを後悔してる頃だわ」

「藍様に何をしたの!」

 自分に悪意が向けられるのは仕方がないと諦めがつく。けれど藍は、美麗となんの関わりもない。

「後宮から出て行く手助けをしてやっただけよ。どれだけ美しくても、顔に傷があったら後宮にはいられないものね」

「どうしてそんな酷い事をするのです! 私が憎いなら、私だけを責めてください!」

 すると長椅子の背後から、一人の男が出てくる。服装からして、正殿に勤める地位の高い官吏だ。

「お前も汚してやりたかったけれど、誰も化け物には近寄りたくもないんですって」

 嗤う美麗の側で、男が雪鈴を一瞥して眉を顰めた。

「お前のような異形は、呪われている証だ。触れて汚れが移ったりしたら大変だからな」

 男は雪鈴が見ていることなど気にする様子もなく、美麗の髪に触れる。それはまるで、恋人が触れるような手つきだ。

 なのに美麗は官吏の手を払うこともなく、好きにさせている。
 思わず雪鈴は、視線を逸らす。

「美麗様、なぜそのような殿方を御側に……」

「この方はお友達なの。私の言う事はなんでも聞いてくれるのよ。お前の身分を貴族から奴隷に書き換えて、売り渡す手配までしてくださったの。そうそう、明日には奴隷商が来るから支度をしておきなさい」

 気分が悪くなり、雪鈴は無言で部屋を飛び出した。

 背後からは高笑いが響く。

(どうしてここまで憎まれなくちゃいけないの? あの簪は、美麗様にとってどういう意味がある品だったの?)

 分からない事だらけだが、一つ確定しているのは自分が恐ろしい窮地に追い込まれているという事実った。
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