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4話

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「お待ちください! 私は怪しい者ではありません!」

 慌てて声を張り上げるが、喉元の呪符が剥がれてぼろぼろと床に落ちていくのが分かった。

(さっき女官達から色々聞き出したから、効力が切れたんだ)

 こうなってしまっては、後宮へ戻っても美蘭は身分を偽り続ける事ができない。ともかく今はこの場を逃れることが最優先と考えるけれど、兵達は続々と集まってくる。

「よく見れば、なかなか愛らしい顔をしてるじゃないか」
「牢へぶち込む前に、俺達で調べる必要があるな」

 逃げようとしても、兵士が美蘭を囲むように立ち塞がる。彼らは下卑た笑みを浮かべ、美蘭に手を伸ばす。

「嫌っ」

 捕まる寸前、悲鳴を上げると何故か兵士の動きが止まった。

(呪符は破れたのに、どうして?)

 おそるおそる周囲を見回すと、兵士達の視線は美蘭とは別の方向に向いていた。

「それは私の女だ」
月冥げつめい様」

 暗がりから現れたのは一人の青年だった。
 月光を浴びてきらめく淡い茶色の髪、恐ろしいほど整った顔立ちはまるで彫刻のようだ。青い瞳は氷のようで、視線を向けられた兵達は一瞬にして静まりかえる。

「問題無い。お前達は持ち場に戻れ、面倒をかけたな」

 皇族なのか、紫色の上品な衣を纏っている。何よりその堂々とした物言いに、兵士達は大人しく頭を下げるとそれぞれの持ち場へと戻っていく。
 周囲から人の気配がなくなると、青年は美蘭に近づき呆れた様子で肩をすくめた。

「全く、随分と無茶をする女だ。皇帝の暗殺を企てるなら、もっと慎重に行動しろ」
「女じゃなくて、美蘭です。それと暗殺なんてするつもりはありません」

 怯えていると気取られないように、美蘭は精一杯の虚勢を張って青年を見上げる。

「美蘭。顔と同じで、可愛らしい名だな」
「えっ?」

 そんなことは一度も言われたことがなかったので、美蘭は呆けてしまう。

「確か、翠国の皇女に同じ名の者がいたと聞いている。艶やかな黒髪をなびかせ、草原を馬で駆ける姿は美神のようだと噂されているが……」
「私、そんな噂になってるんですか?」

 思わず聞いてしまうが、これでは自分がその本人だと認めてしまったと同じだ。
 はっとして口元を抑えると、青年がくつくつと笑い出す。

「あ、あの……私……」
「本当の事を話せ。悪いようにはしない」
「貴方は誰なの?」
「失礼した。私は次期皇帝、月冥。とはいっても、次の満月まで生きているかは分からないが」

 月冥と名乗った青年はその場に片膝をつくと、美蘭の右手を取り額に当てる。これは焔国では、男性が女性に対して行う最上級の礼だと美蘭も知っていた。

「私は美蘭。月冥様ほどのお方が、どうして……」
「月冥でかまわない。――皇帝の寝室に、赤子がいただろう? あの子が暗殺されないよう、毎晩見張っているんだ。あの子は関係がないからね」

 こんな事に巻き込まれて、可哀想に。と月冥が呟く。

「一体なにが起こっているの?」
「そうだね。君になら話しても構わないだろう。また兵に見つかると厄介だから、こちらにおいで」

 確かに深夜廊下で話していては、怪しすぎる。
 月冥に促され、美蘭は近くの書庫と入った。

「私の父と母……先帝と皇后は昨年、宰相に暗殺された。あの赤子は、どこからか宰相が連れてきた子だ。母親から無理矢理引き離されたので、毎晩泣いている」
「酷い……でも先帝が暗殺されたなんて、知らなかったわ」

 確か翠国にきた使者は、皇帝の命だと言っていた。

「大臣達は宰相が政を行ってると知りながら、彼の機嫌を損ねないよう振る舞っているからね。後宮にさえ、真実は知られていない徹底ぶりだ」

 既に国庫も宰相の手の内にあり、賄賂が横行しているのだと月冥が続ける。

「けれど後継者の貴方がいるのに、どうして赤ちゃんを帝として置いているの?」
「私は政がままならないほどの病弱だと、噂を流されている。勿論、この通り元気だけどね。ただ成人しているから、お飾りとしても宰相からすれば私の存在は厄介なんだ。いずれは暗殺されるだろうけど、立て続けに皇族が死ねば流石に外聞が悪い。だから生かされているんだ」

 苦笑する月冥に、美蘭は心を痛めた。
 自分が暗殺の対象とされていることを知っているのに、月冥は血縁も無い赤子の命を心配して毎晩見回っているのだ。
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