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3話

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 数日後、美蘭は夜になるのを待って正殿へと忍び込んだ。美蘭は皇帝の寝所の場所は、呪符を使って女官から聞き出してある。

(でもなんで渡りがないのかしら?)

 女好きだと噂される皇帝がこの一年ほど、後宮に姿を見せていないらしい。もしかしたら気に入った寵姫を密かに正殿に住まわせているのかもしれないが、真偽は不明だ。
 美蘭は小首を傾げながらも広い正殿を進んでいく。
 幾つもの渡り廊下を通り、広間の奥にある寝所に漸くたどり着いた。

「……赤ちゃん?」

 部屋の中からは、赤子の泣き声とあやす声が響いてくる。
 しかし皇帝に世継ぎがいるという話は、聞いた事がない。それに乳飲み子の間は、後宮で育てられるのが慣例だ。

「もう、こんな馬鹿げた事は止めてほしいわ」
「大金貰ってるんだから、文句言わないの」

 乳母だろうか。数名の女が話す声が聞こえる。美蘭は呪符を喉元に貼ると、寝所へと入った。

「失礼致します。ご用があると伺ったので参りました。……その、私にできることはございますか? 何でも仰ってください」

 怪訝そうに顔を見合わせていた女官達だが、美蘭の言葉に口々に愚痴をこぼし始めた。

「あなた、新入りの乳母ね。聞いてよ! この赤ん坊、全然泣き止まないのよ」
「みんな寝不足なのに、この計画を立てた宰相は今頃ぐっすり眠ってるわ」

 仮にも皇帝の寝所に詰めている女官達だが、寵姫の元にいる女官達と比べてどうも品がない。
 何より皇帝の子である赤子に対して、随分と無礼だと美蘭は思う。

「あの、赤ちゃんて皇帝のお世継ぎですよね?」
「一応血縁だけど、殆ど他人の子よ。別にどうでもいいの。あなただって、大金もらってここにきたんでしょう? 余計な詮索はナシよ」
「赤子の世話をすれば一生遊んで暮らせるお金を貰えるって聞いたけど、四六時中泣かれちゃ嫌になるわ」
「放っておく訳にもいかないし。早くなんとかしてほしいわよ」

 赤ん坊を抱いていた女官が、疲れ切った様子で椅子に座る。すると赤ん坊が更に大声で泣き出した。

「お乳がほしいじゃないですか?」
「あ、そうかも! 忘れてた!」
「ちょっとー、この子が死んだら、面倒な事になるんだからちゃんとしてよね」

 けらけらと笑いながら一人の女官が赤ん坊を抱き上げて、乳房を口に含ませた。やはりお腹が空いていたのが、赤ん坊は夢中になって女官の胸に縋り付く。
 その余りに酷い扱いに、美蘭は怒りを必死に抑える。

(なんなの、この人達? それにこの子は他人だって言ってたけど、どういうこと?)

「陛下はどちらに、いらっしゃいますか?」
「何を言ってるの? 皇帝も皇后も、とっくに病死されたじゃない」
「だからこの子を、代理として連れてきたのよ。宰相様は上手くやってるわ」

 ぼんやりとだが、美蘭は現状を理解する。
 そしてこのままでは、自分の計画は破綻すると気付いてしまった。

(こんな赤ちゃんじゃ、私の魔術は効かない……)

 美蘭の持つ魔術は、他者を意のままに操るものだ。
 けれど言葉もままならない赤ん坊では、操ったところで意味がない。

(ともかく、一度後宮に戻ろう。計画を練り直さなくちゃ)

 一礼すると、美蘭は寝室を出る。
 このままでは、翠国は焔国に滅ぼされてしまう。一体どうすれば国と民を守れるのか、考えながら廊下を歩いていると不意に背後から呼び止められた。

「誰だ!」

 あと少しで後宮の門にたどり着くというところで、美蘭は警備の兵士に見つかってしまった。
 内心慌てるが、喉元に貼った呪符を確認して堂々と答える。

「怪しい者ではございません。私は後宮で側仕えの仕事を任されている者です」
「そうか……ん?」
「待て。後宮の女が、勝手に正殿へ出入りできる訳がないだろう」
「怪しいな。捕らえて牢に入れよう」

 兵士達は美蘭の言葉に耳を貸さず、槍を構える。
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