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22 航海
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「迷うなよ。わかってるな」
うんうんと縦に首を振り客室を出るモルは、きゃっきゃっと声が聞こえそうな程笑顔で小走りに去る。
約束の褒美は船旅だ。六十メートル級の客船は最大十六ノット(時速三十キロ)と帆船にしては高速で商船も兼ねている。
迷子必至な気がするが魔力で居場所はわかるし好きなようにさせよう。何故かあれは蒸気船より劣る帆船が大好きだ。
「何で大人を辞めたんだか」
パーティーに借り出して以来、人化は子供のままだ。キングスに固執して大人擬態を続けていたのに心境の変化の原因はなんだ。胸を盛らせてキスをした事で嫌になったか。単に気楽な子供でいたいだけか。
「まあいい。あれの中身は変わらん」
客室内を見るとベッドの隅に、明らかに脱ぎ捨てられたモルのズボンと靴が落ちていた。またモルは長めのポンチョ一枚という事か。
「あのバカ」
魔狼は溜息をつきズボンを拾い上げ、絶対迷子になるモルの足取りを追う事にした。
(お、お、ぉ、海賊船っぽい)
狭い客室通路を抜けると木組み階段の踊り場だ。時にすれ違うのは小ざっぱりしていても身綺麗な商人客で子供は見当たらなかった。
客船とはいえ電気は無い。船も木造から鉄への変遷期。技術も十九世紀初頭程度の所詮は異世界だ。五十人も乗れたらいい方だった。
(甲板、かんぱん!帆が観たい!)
どんっ
(あぅ)
「わっ」
急旋回したモルは背後の人に衝突した反動でぺたんと尻餅をつく。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「大丈夫?親はどこだい?」
文句をつけながらもモルの腕を取り、引き起こす男は落ちてる図鑑も拾い上げた。
制服の肩や袖章が付いてるのは船員だ。柔和な表情の男は優しく声をかける。
「痛いとこは無い?」
うんうん。と縦に首を振るモル。
(金線の間が赤い章が船医で、えーと紫のが機関士!この船蒸気補助あるの知ってる!)
「走り回っちゃ駄目だ。怪我の元だからね。いいね。じゃ、俺は休憩終わりだからお先」
「ああ、手当どーも。……ほらよクソガキ」
残る機関士の男は船図鑑をモルに手渡す。
「……船好きか。親は?」
(親?友達は部屋だよ?俺ね甲板行きたい)
あっち!と、ビシッと指差すのは客室とは逆の方向だった。
「はあ?マジか。そっちは外だぞ?余り出ていいとこじゃ無い。絶対迷子だろお前。一人でウロウロするなよ」
(迷子違うし。その外行くんだ。俺ね、方向音痴じゃないと思うし大丈夫だよ)
「待てコラ、俺も行く。甲板は危ない。子供一人何かあったら船員の責任になるからな」
くるっと反転し走り出そうとしたモルのポンチョを軽く舌打ちをして捕まえ、手を繋ぐ。
(えっ、一緒?)
「しかも裸足かよ!仕方ないなあ!」
魔狼より少しだけ肉付きの良い男はモルを片腕で抱き上げた。
(あ、あれ?)
「ほら行くぞ。……なんだお前凄い軽いな。親は甲板か?ったくよ、目ぇ離しやがって」
(……えーと。勘違いしてる。でもいっか。これで早く甲板に行けるし。楽しみ!)
潮風が強く陽が照りつける大海の上の船。白い帆は風を受け同方向に膨らみを呈する景観は圧巻だった。
(おおぉ!)
ぽかーんと見上げるモルが視界に入った男はくっと笑う。
「マストは強風で折れる事故も多い。これからの船は速さもある蒸気に変わる。この船は蒸気補助があるんだ。今、帆船に乗っておくのは貴重だぞ。わかるか?」
(うん。優雅で壮大で大好き)
にこっと笑顔になるモル。
(久し振りの抱っこだし!楽しい!)
あっち行こうよとペンペンと男の肩を叩き、また、向こう!と指し示した。
「あっちか?親を早く見つけよう」
しかし、いる筈もない親を探したところで見つかるわけもない。モルはご機嫌で機関士をペンペンして振り回し、機関士はいい加減ウンザリしてきていた。
「甲板は船員だけだ。中に帰るぞ。俺も休憩終わりだ。客室名簿で確認する。子供は滅多に乗らないしその方が早い。名前教えろ」
(ええ、もっと観たいよ!次あっち!)
ぶんぶんと横に首を振り、向こう向こうと指を指すモル。もう唯のワガママな子供モードだった。
「クソガキ。外は終わりだ。名前は?」
(ええー。口聞けないし。あ、本)
図鑑に自分で記名したと思い出し、男の眼前にそこを見れるようにむいっと掲げた。
「きったねー字。お?も?モルか。何歳だ」
(えーと百と何歳だっけ?あっ、今子供)
多分これ位の外見かなと自信なさげに手を広げるモル。
「五歳か。無口だな。俺はセドル。機関士だ。機関士ってわかるか?海員はなあ、」
モルは口は少し悪いけど、態度は優しいセドルの話を聴くのが楽しくて夢中になった。
それに久し振りの抱っこ移動だ。されるがまま任せっきりで安心していられる。優しい目で話して自分を見てくれる。責任だ何だ文句を言いつつ最後まで面倒をみようとする。
(この人、好き!)
久し振りに気に入った人間だった。
「子供に何をしている」
うんうんと縦に首を振り客室を出るモルは、きゃっきゃっと声が聞こえそうな程笑顔で小走りに去る。
約束の褒美は船旅だ。六十メートル級の客船は最大十六ノット(時速三十キロ)と帆船にしては高速で商船も兼ねている。
迷子必至な気がするが魔力で居場所はわかるし好きなようにさせよう。何故かあれは蒸気船より劣る帆船が大好きだ。
「何で大人を辞めたんだか」
パーティーに借り出して以来、人化は子供のままだ。キングスに固執して大人擬態を続けていたのに心境の変化の原因はなんだ。胸を盛らせてキスをした事で嫌になったか。単に気楽な子供でいたいだけか。
「まあいい。あれの中身は変わらん」
客室内を見るとベッドの隅に、明らかに脱ぎ捨てられたモルのズボンと靴が落ちていた。またモルは長めのポンチョ一枚という事か。
「あのバカ」
魔狼は溜息をつきズボンを拾い上げ、絶対迷子になるモルの足取りを追う事にした。
(お、お、ぉ、海賊船っぽい)
狭い客室通路を抜けると木組み階段の踊り場だ。時にすれ違うのは小ざっぱりしていても身綺麗な商人客で子供は見当たらなかった。
客船とはいえ電気は無い。船も木造から鉄への変遷期。技術も十九世紀初頭程度の所詮は異世界だ。五十人も乗れたらいい方だった。
(甲板、かんぱん!帆が観たい!)
どんっ
(あぅ)
「わっ」
急旋回したモルは背後の人に衝突した反動でぺたんと尻餅をつく。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「大丈夫?親はどこだい?」
文句をつけながらもモルの腕を取り、引き起こす男は落ちてる図鑑も拾い上げた。
制服の肩や袖章が付いてるのは船員だ。柔和な表情の男は優しく声をかける。
「痛いとこは無い?」
うんうん。と縦に首を振るモル。
(金線の間が赤い章が船医で、えーと紫のが機関士!この船蒸気補助あるの知ってる!)
「走り回っちゃ駄目だ。怪我の元だからね。いいね。じゃ、俺は休憩終わりだからお先」
「ああ、手当どーも。……ほらよクソガキ」
残る機関士の男は船図鑑をモルに手渡す。
「……船好きか。親は?」
(親?友達は部屋だよ?俺ね甲板行きたい)
あっち!と、ビシッと指差すのは客室とは逆の方向だった。
「はあ?マジか。そっちは外だぞ?余り出ていいとこじゃ無い。絶対迷子だろお前。一人でウロウロするなよ」
(迷子違うし。その外行くんだ。俺ね、方向音痴じゃないと思うし大丈夫だよ)
「待てコラ、俺も行く。甲板は危ない。子供一人何かあったら船員の責任になるからな」
くるっと反転し走り出そうとしたモルのポンチョを軽く舌打ちをして捕まえ、手を繋ぐ。
(えっ、一緒?)
「しかも裸足かよ!仕方ないなあ!」
魔狼より少しだけ肉付きの良い男はモルを片腕で抱き上げた。
(あ、あれ?)
「ほら行くぞ。……なんだお前凄い軽いな。親は甲板か?ったくよ、目ぇ離しやがって」
(……えーと。勘違いしてる。でもいっか。これで早く甲板に行けるし。楽しみ!)
潮風が強く陽が照りつける大海の上の船。白い帆は風を受け同方向に膨らみを呈する景観は圧巻だった。
(おおぉ!)
ぽかーんと見上げるモルが視界に入った男はくっと笑う。
「マストは強風で折れる事故も多い。これからの船は速さもある蒸気に変わる。この船は蒸気補助があるんだ。今、帆船に乗っておくのは貴重だぞ。わかるか?」
(うん。優雅で壮大で大好き)
にこっと笑顔になるモル。
(久し振りの抱っこだし!楽しい!)
あっち行こうよとペンペンと男の肩を叩き、また、向こう!と指し示した。
「あっちか?親を早く見つけよう」
しかし、いる筈もない親を探したところで見つかるわけもない。モルはご機嫌で機関士をペンペンして振り回し、機関士はいい加減ウンザリしてきていた。
「甲板は船員だけだ。中に帰るぞ。俺も休憩終わりだ。客室名簿で確認する。子供は滅多に乗らないしその方が早い。名前教えろ」
(ええ、もっと観たいよ!次あっち!)
ぶんぶんと横に首を振り、向こう向こうと指を指すモル。もう唯のワガママな子供モードだった。
「クソガキ。外は終わりだ。名前は?」
(ええー。口聞けないし。あ、本)
図鑑に自分で記名したと思い出し、男の眼前にそこを見れるようにむいっと掲げた。
「きったねー字。お?も?モルか。何歳だ」
(えーと百と何歳だっけ?あっ、今子供)
多分これ位の外見かなと自信なさげに手を広げるモル。
「五歳か。無口だな。俺はセドル。機関士だ。機関士ってわかるか?海員はなあ、」
モルは口は少し悪いけど、態度は優しいセドルの話を聴くのが楽しくて夢中になった。
それに久し振りの抱っこ移動だ。されるがまま任せっきりで安心していられる。優しい目で話して自分を見てくれる。責任だ何だ文句を言いつつ最後まで面倒をみようとする。
(この人、好き!)
久し振りに気に入った人間だった。
「子供に何をしている」
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