上 下
56 / 71
第二章 勇者召喚

知らぬは俺ばかり

しおりを挟む
 街道を進む。イケメン二人、魔力も使わず、特に会話もなく村で暫し休憩してまた進む。

 徒歩。ひたすら徒歩。
 なんの苦行だ。
 前もあったなオイ。
 全然進まねえ。

 平々とした広大な敷地に色取り取りの農作物が実り、寝かせた畑には飛来する鳥や獣が土を掘り起こし虫を食んでいた。

 それに視線をチラとやると鼻がヒクヒク動く気がした。村で甘味を口にするより生唾を多く嚥下して、時折狩りの本能を抑えるために鼻息をフンッと噴き出す。

 クソ。メシが、俺のメシが沢山いるのに!

 黒鉄魔狼《ブラロ》のカラータイマーはあるのか。あるだろ!既に頭が痒いのが続いている。人化で疲労はない。ただ、人らしく過ごすのが苦痛になってきてるのを自覚する。俺は元人間なのにこれいかに。

「さっきから鼻息荒いな。溜まってんのか」
「ああ?そうかもな」

 多方面ストレスがな!

 魔族と人間の戦争が数百年置きとか、魔王の世代交代に合わせて力試し?なにそれ。他にする事ないのか。別に国内魔力保持頂点なんだから納得しろよ。世界制覇?天下とる?大陸を魔国にする?数百年置きなのに人間の国残ってんですけど?

 それに勇者な。魔王倒すってなに。誰が決めた。倒してからが勇者じゃないの?ハナっから勇者なのは強制労働?倒したらどうしてくれんだ。和平条約結んでんだからまた結び直して終わりだろ。あ、戦おわり?倒した?凄いね、お疲れーで、用無しだろ。どうせお偉いさんも褒美やら保証とか税金無駄無駄とか言えずに奥歯に挟まってんだ。それで、?

 また何か引っかかった。後からオチがつくヤツ。どこだ。どれだ。気付け俺。

「ルーお前聞いてるか」
「は?何だ」
「だからよ。色々溜まってんなら丁度後ろのでいいじゃ無いかって話だ。悪く無いだろ」
「後ろ?」

 後ろといえば。

 腐森牛の現場に居合わせ、あの後から一定距離を保ち尾行してくれてる女がいる。疾走すれば距離も取れる。敵意殺意、魔力も無いからライバ同意で放置しているのだが。

 長いマントのフードを被っているが顔は見える。二十歳にも満たないと思われるが子供でも無い。少しつり目だが丸々として目鼻立ちはいい。長い茶髪はメッシュが入り前髪だけが顔に流れ、残りはフードの中らしい。
 ジャラジャラと鎖の音がして、フードの中の毛皮か何か獣の薄いニオイがするのは多分ネコ科か。

 で?この女で丁度いい?
 溜まってるから丁度いい?

「あ、そっち?」

 漸くシモの話だと理解する。ライバは苦笑した。俺は魔狼で狼。人の性欲なんぞ関係ないわ。残念。

「ああ?何にムラムラしてんだ」
「あー、獣?」
「マニアックだな」
「勘違いするな。狩るのも食べるのも獣だ。運動不足なんだよ」
「だからな、それでも丁度いいってんだよ。わかんねえヤツだな!」
「ああ?わかるように言え」
「チッ、ワザとか?そこで待ってろ!」

 ライバは立ち止まった途端、魔力を乗せ地を蹴り、後方にいた女の前に立った。

「きゃっ!」
「ずっとついて来るが何用かな」

 瞬間移動にも見える移動に、女は硬直して丸々とした目を更に見開いた。

「おいライバ、どうする気だ」
「鎖の音が聴こえるということは君は獣人。戦に乗じてこの国を出る気かい」

  ライバは穏やかに問いながらフードを長弓でつつき脱がせようとしたが、女はバッと両手で頭を押さえた。

「そ、そうよ、あなた達勇者なんでしょ?邪魔しないから国境までついて行きたいの。ついて行くだけだからいいでしょ?」
「え?」

 女は俺に真剣な視線を向けてきた。獣人?顔も手足も人だけど。ってことはケモミミ?本当?ケモミミきたーー!

 いや待て。喜べない。

 ライバは性欲だと思ってる。確かに女は獣系。フードの下は何の耳だか不明だが、ムラムラするのは獣だと勘違いしてるだろ。

「どうする?茶か飯でも一緒にして貰えたらさ、俺たち二人より華やかで気分転換になるって思わないか」

 ニヤニヤとするライバ。その顔は狩る、食べる運動も全部シモ変換してるな。まあ確かに、このまま男二人旅はちょっとなあ……。

「どうするも何も、足手まといは困るな」
「そんな!お願い!」

 軽く拒否ると縋り付くといっていい目で見られた。関係者が増えるだけでイベント多発予想しかない。関係をこれ以上築かなければ大丈夫なのか?まさかな。無理だろ。

「おい、ルー。この国で鎖付きは主がいる。届ければ謝礼がつくぞ」
「はあ?鎖?」
「ここは閉鎖的人間の国。獣人は使用人でしかない。貴族どもがメイドや子守りに雇う。奴隷じゃないから脱走に離職罰もないが雇用主がいいやつなら礼も太い」
「あ、あのっ!主《あるじ》は昨日の腐森牛で亡くなったんです。隣村に買い物に出た帰りで、身内の方は都で、ひとり隠居されてて、その、私の雇い主はもういません。給金の高いこの国に働きに来たけど、それで、だから、故郷に帰ろうと」

 女は途中から俯いて段々小声になった。俺もライバも一瞬だけ、あっ、て顔になった。

「……」
「……」

 イケメン二人視線を無言で交わす。何だ。いつからそんな仲だよ。わかってるよ。この獣人が路頭に迷うのは俺らのせいだ。
 シモの話は吹っ飛んだ。
 ライバも頭をフードの上から掻き、既に明後日の方向を見ていた。

 キーワードは『故郷に帰る』
 攻略キャラを入手した気がする。
 これ、どうすんだおい。

「あのっ、勇者いても負け戦さだし、何も変わらないのもわかってるし、五年帰ってないし、いい機会と思って、だから、お願い!離れて歩くから!」
「は?負け戦さ?」

 俺の中で線が繋がった。

 そうだ。魔王だ。魔力が国随一。明らかに格下魔法使いと兵しかいない人間が勝てるわけないじゃないか!
 勇者いても負け戦さ?確か半端な勇者しか召喚できてないって?
 そりゃ負け確定じゃないか。やっぱりあの女王は曲者だ。勇者はどの道捨て駒決定的だよな。戦の悪はどっちだ!

「所詮盤上ゲームだからな」

 しれっと言うのはライバ。

「そうよね。でも魔族の中には危ない人がいるでしょ?だからあなた達魔王には勝てなくても強いから安心して旅が出来そうって!」
「ははっ、言うね君」

 おい。ライバも何わかったように会話してんだ。いや、国民だから知ってるのか。ここまで聞いたら全部知りたくなったぞ。気になって眠れる気がしない。

「ちょっと待て。色々、色々なんだが」

 ひとり蚊帳の外だ。知る必要もないが知っておいていいだろ。一応俺=勇者。当事者。

「ああ、ルーは他の大陸から来たって。本当に何も詳しく知らないんだな」
「不審がられるから黙ってたが全く予備知識無しだ。訳わからん。それに勇者ではない」

 質問が多かったことがライバを納得させたようだ。そして俺は勇者否定、これ大事。

「え?そうなの?じゃあ冒険者?」
「まあここで立ち話もなんだ。次の村で食事でもどうだい?」
「えっ、あの、私、後ろからついて行くし、二人とも目立つから側は無理かなーって」

 にっこりと微笑えんだ。
 ライバ、振られる。

 どうりで道行く人や民が普段通り過ごし、避難するわけでもなく、悲壮感もない訳だ。合点がいき小さく頷いた。

「再度言うが、俺は勇者ではない。城に取引で確かにいたが勘違いされてるだけだ」
「そんな事情か」
「そうなの?」

 反応はさておき。とりあえずライバの言うように立ち止まっている時間が無駄だ。次の村を目指し歩き始めた。

 獣人の女は離れてついて来る。

 測ったように一定の距離を保って歩く。気にはしてない。ただこれ以上の面倒はゴメンだ。俺は彼女をバグったNPCがついてきてるだけと思う事にした。

 横に並ぶは魔国のエルフ。

 相変わらず胡散臭いが、これまでの事を素直に考えると良い奴なのかも知れない。半信半疑だが情報を整理すれば何か違ってくるのか。それはまだわからない。

 もう直ぐ日も暮れる。

 風に乗る草木の香りに気が向く。弱い香りはうねりくる魔狼の本能を少しだけ穏やかに凪いだ気がした。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...