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第二章 勇者召喚

王のもくろみ

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「では追補せよ、と?」 
 
 ウォークは無表情で王に問う。

「そうです。あの容姿と個我強さ、城から煙の様に消える実力。勇者の適才十二分でしょう?」
 
 ふふっと軽く笑んだ王シュリは淡々と返す。

「しかし今それに割く人員はどこから捻出せよというのか」
「山越えをされては首都まで侵攻されるぞ。都市部の兵員はもう動かせん」
「勇者の力は欲しいが本人が拒否では協力もなにも無理では無いか」

 戦時評議会で現状報告と防策について詰めたいのに女王シュリの最優先事項は勇者捕縛。

 今はもうそんな悠長な時では無い。しかし、国策とする限り政治であり、枢密院と議会が必要だった。

 女王シュリを中心に魔法師ヒュッテ、近衛団長ウォーク、陸海軍各師団長、宮内府、財務、秘書長官、議会員など十数名が揃う。

 集中する視線は慣れたもの。シュリはまた凜然とした態度で答弁した。

「前線の均衡もいずれ崩れ都市部侵攻も時間の問題。魔族が交渉に応じるのは飽くか満足した頃だけ。もう後が無いのが明白なら力ある駒がひとつでも欲しいと思わない?駄目ならまた召喚するしかないでしょ。ヒュッテ、次の召喚は?」
「立て続けでしたからな。良くてもひと月は待たねばなるまい。……じゃがあの男は魔力の欠片も感じなんだぞ。痕跡は、ルクセル」

 長いヒゲを掴み流す魔法師長ヒュッテは、陸師団長ルクセルに話を振る。

「壁と通路にあり得ない間隔で靴跡を発見。身体能力が尋常ではない。兵は魔法師と恊働せずして捕縛は厳しいかと」
「捕縛は無理というのですか」
「人である以上魔力が皆無なら如何程にも」
「では追跡と捕縛はルクセルに一任。防衛線常在戦場については地方行政官、議員、ウォークにヒュッテ以下副官で指揮管理を。各団の配置は現時点変更なし。異議は?」
 
 不遜な顔のルクセルを見て満足気に笑むシュリは、異論が無いことを確認し部屋を出た。

「……さて、ルクセル、どうする気だ」
「さあね、既に三方包囲防衛中。動けば何処かで目立つ。海に向かわないのを祈るさ。重装騎士の名に恥じぬよう精々都市防衛を頼みますよ、近衛団長さん」
 
 ルクセルは嫌味でもいわなきゃやってられないとわヒラヒラと手を振り部屋を出る。

 所詮近衛は首都内地防衛。有事は各地方官僚が兵員を領地から出し、陸師各団が追々派兵指揮総轄となる。戦地でなくとも噂は入る。いずれ何処かで遭遇するだろう。

 ルクセルは忠誠も任務への熱意も程々に洒脱でいて飄々と運で躍進してきた所がある。上下関係も阿呆らしく媚び諂うのも面倒で努力家や苦労筋からは嫌われていた。王に対しても程々で相性は良くない。

 指名された面倒な任務を思い溜息をついた。

「内地勤務の偉いさんは前線の苦労が解ってるのかねぇ」

 確かに戦果は敗北に向かっているのは事実。強大な力に対抗する力が欲しい。
 
 しかし噂を追い進路を予想し追跡とは、勇者候補を発見もままならず最悪国に帰れるかも怪しい片道旅行じゃないか?と気付いたルクセル。

「て、程のいい僻地飛ばしか?あの女め」

 王の理不尽な任務にガクリとその場に蹲り、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。



「逃げれたはいいが、地図がないな」
 
 魔狼は足早に本気で城下町を駆け抜け、町を囲む壁を超えた所で日が暮れて森にいた。寝転がり薄暗い天を仰ぐ。奥には魔獣がいるらしく仄かな魔力が揺らめいていた。

 各方面に延びる街道もあったが、もしもの追跡があっては困ると一気に森に走った。

 問題が山積みだ。色々あり過ぎて思案する。
 クロウ達の住む大陸を目指すべきか、戦争だろうが魔術に長けた魔族の手を借り転移するべきか。思うだけで頭痛がしてきた。

「……最悪の場合だけな」

 ぺんぺん

「何だプー」

 にぱっ、と笑顔で手に握ったものを魔狼の口にぐいぐい押し付けてきた。

「……ソレ食わないから、む」

 口元で蠢くのは小さなトカゲだった。おい。食べれんと断るとまた違う物を口に入れようとする。怒る気もしなくて眉間にシワをよせ対応に困りされるがままの俺。

 コレも食べないの?とキョトンとした顔をしてプーはトカゲやクモをぺっと捨てた。
 きゃっきゃと走り周り葉に溜まる水をのんだり、座り込んでは草叢や石をひっくり返して何かを捕まえてくる。

 食事を見てたから、ままごと要素の方が強い気がする。どーかと言えば子供の遊びで餌付け的なやつ。プーも実際良く分からない生き物なのを思い出し溜息が出た。

 とにかく簡単シンプルに行こう。方角を確認しつつ前に進む。それしか無いだろう。幸い暫く陸続きだから走ればいい。昼は人で夜は犬で疾走して距離を稼ぐ。そして平穏な住処に帰る。以上!

「……次は何だ」

 プーがまた口元にむっむっと押し付けてくるのは良い匂いの草だった。これはハーブか?口を開けると俺が食べたのが嬉しかったのだろう。プーは万歳したまま笑顔で周りを走り始めた。

 ロリショタ気は無いが、プーはクソ可愛い。
 小動物はいい。

「美味い。ありがとな」

 本当にハーブのようで鼻にぬけるのは涼やかな香りで気持ちが軽くなったのがわかった。



「……寝てたのか」

 ハーブで気が緩んだらしい。まだ空は暗いから短時間の眠りだろう。身体を起こすとプーが足の間で仰向けに転寝がっているのに気付く。起きていたのか目が合うとニコニコして笑顔を見せた。愛い奴め。

 ふと獣の匂いが鼻につく。振り向くとまだ距離はあるが木陰に明らかに気配を感じて問い掛けた。

「何者だ」
「……お前こそ森で何をしている」
「こっちの台詞だ。姿を見せろ」
「質問に答えてないな。人は夜には獣を避けて町に入るもんだぞ。賞金稼ぎか?」
「……そんなもんだ。そっちは何だ」

 城の追手じゃない。獣臭い。しかも女の声。蒼白く木陰から滲み出るのは魔力。それを認めた瞬間だった。

 サクサクッ!

 足元の落ち葉に二本の矢が地に立った。
 殺意が無い事で避ける気もなかったが、次にどう出るのか待つかと思えばまた空気を切る音が聞こえた。

「プーこっちだ」

 ザクザクッ!

「……危ないな」

 プーを抱き上げるなり、寝転がっていた足の間に矢が刺さるのを見て苛つく。殺意は無くても攻撃される謂れはない。魔力を手足に込めプーを小脇に抱えて地を蹴る。この速度は魔狼の能力で人には視認不可能なのをいいことに相手の元へ素早く移動した。

 木の幹に重なるように姿を隠した人物の背後にまわり、長弓を持つ手を背後手に固定して身体を木に押し付けた。

「ぐっ?!」
「何者だと聞いたぞ」
「い、いつの間に!あ、たたた!」
 答えないのに焦れて多少きつめに手を捻りあげると渋々と答え始めた。

「も、森の守《も》りだ!」
「は?」
 ダジャレにもならない返事に目が点になる。

「夜間は魔力の強い獣が活発だ。危険すぎるから禁止区を設けて進入禁止の徹底をしてんだよ!だからアンタもこれ以上奥に行くなってことだよ!」
「なるほど。理解した」
 
 確かに森の奥という方角にウトウトする前より奇妙な色の魔力のモヤが増えて見え、納得して手を捻っていた守りを解放する。

「ったく、威嚇に本気になるなってんだ」
「子供に当たるとこだったが?」
「え?」

 小脇に抱えたプーも肯定とばかりに頭を上下に振ったのが見えたようだ。

「それは悪い事をした。怪我はないんだろ?とにかく明け方までこの辺も獣の通り道だ。移動して欲しい。守り小屋まで案内する」
「そこまで下がれば安全だと」
「そうだ。こっちだ」

 どんな獣だろうと負ける気はしないが現在迷子の俺。守りの先導について行く事にした。

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