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しかたないから相手してやろう

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俺は早く町を出たい。耳をピンと前に向けて音を拾う。門はこっちだったか。スタスタと歩みを進める。後ろはクロウの気配がする。さあ帰るぞ。

「え、ちょ待って!」
「無視かよっ」

サザッと前に立ちはだかる二人。
わざと通り過ぎたのに空気読めない人間がいるもんだ。犬に言葉は解るまい。スルーだスルー。

「あんたら、まだついてきてたのか!」

クロウは驚いた。なんだお前こいつら知り合いか?

「さあ、その黒犬を貰おうか」
「修理代差し引き二万ガルよ!」
「主は売り物じゃない」

淡々と答えるクロウ。俺は一体なんの話だと少し立ち止まり耳だけ向ける。

「上級冒険者キジー様の言うことが聞けねぇってか~?なぁ、サリィ」
「アタシもその犬がほしいのよ!」

三人はバチバチと火花を散らす。

・・・売る?はて?というか主って。

阿呆だ。それ他人に言っちゃダメだろ。犬の下僕だって事だろ。いや、確かに今はそうだけど。他の人聞いたら変態お犬様プレイにしか聞こえないと思うぞ。

・・・放置だな。

俺は赤の他人ならぬ他犬だ。別にクロウ居なくても何とかなるかも知れないな。
魔狼は興味を無くした様に再び歩き出した。


「犬が主なんて、おかしいんじゃない~?」
「他人の趣味はどうでもいい、とにかく犬だ」
「上級冒険者程度か。俺を誰だと思ってる」
「え?変態?」
「は、は」

クロウは自分が散々魔狼にまとわりつき、下僕と言われ喜んだ事を棚に上げすることにした。上級より上の高位魔術師としてのプライドが多少残ってたようだ。
変態と聞き眉間に皺が寄り、冷笑を浮かべ表情が一変する。

「魔狼様はもとより、このクロウ・シャズナルまで冒涜せん態度は許し難いな」

省略詠唱が聴こえたと思った瞬間だった。
ざあっと雲霧が二人を包み始めた。
足元はパキパキという音がし始めた。

「え…ま、さ、か」
「シャズナ、ル?」

銀髪と名前で魔術師といえば、と気がつくが今更だ。
ハッとして霞む視界に目を下にやれば、既に土がひんやりと膝下まで覆い、地面に固定されていた。
霧に触れる肌はチリチリと刺痛がする。息をして吸い込めば、鼻の粘膜から気管や肺まで静電気の様な痛みが走る。これは地味でもかなり苦痛だ。
更にその足元は土の上から氷がピキピキと重なり上半身に登って来ている。

「えええぇぇ!」
「うおおぉお!?」

対処しようにも二人は土と風魔法の適性スキルしかない。

「し、しぬ、死ぬ!」
「やべぇ、ぬおおぉ!」

男は石飛礫で何とか氷を砕き押しとどめるが、それの勢いは止まらなかった。
それはジワジワと確実に冷気をまとい向かってくるのだ。
女は風魔法ではどうしようも無い。思い出したように背負った矢でガッガッと氷を必死に割り砕く。
無駄あがきを続ける中、氷が太腿まで来た瞬間それはピタと止まった。
次第に視界も晴れ霧も流れて消えた。
男女二人はゼェハァと肩で息を吐き、顔面蒼白になっていた。
キョロキョロと左右確認しクロウを探すが、もうそこには居なかった。

「…いない」
「…た、助かった?」
「…おい、シャズナルっつってたな」
「あああ!噂の美形魔術師シャズナル!」
「犬に求婚変態魔術師!」
「違うでしょ!銀華の君でしょっ!」
「大陸で高位魔術師は五人しかいないし。こんな複属魔法出されりゃ確かに凄いが…、犬が主なんだろ?」
「……噂は本当、だったのね。美形なのにいいぃ!ていうか犬!犬は!」
「うおおぉ、犬!」
「あっ銀華の君についていけばいいんじゃない?」
「…かもな」

目的を忘れボヤいて二人は当初の目的を思い出し、がくりと項垂れた。

クロウの実力は既に衆知の事実だったため、犬に求婚したという尾ひれのついた変な噂は瞬く間に広がった。
知らないのは魔狼と本人ばかり。

無様な姿を晒す二人は組合前で再々騒ぎを起こす常習犯だった。ギルマスにこっぴどく注意され、組合内の修理代と迷惑料を上乗せ徴収処分を貰うのだった。



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