上 下
10 / 88

第9話 デュエル⑤ ドゥルグVS最弱のディルグ① ディルグの起こし方

しおりを挟む
 ルミナが拍手喝采を浴びているころ少し離れたところで、先ほど自己陶酔しそうになっていたフィフスを我に返した茶褐色の髪を後ろ手に結わえつけた男性教師が決闘を開始しようとしていた。

 彼の名はイル・ミナ・クロイツ。温和な性格と雰囲気をもちながら、近接戦闘を得意とする魔闘科を受け持っている男性教師である。

「では次、魔王科一年ドゥルグ・ムド・クアーズ君。前へ」

「はっはい!」

 今までの圧倒的な力を持つ在学中の上級生たちと、新入生たちの戦いを目にしていた長い金色の髪をしたドゥルグは、少しびくついた感じに返事をしながらも前に進み出る。

「同じく魔王科三年ディルグ・ド・ディストー君。前へ」

 ドゥルグのほうは返事があったのだが、同じく三年の魔王科に所属するディルグのほうはというと、し~んと名前を呼ばれたのに何の音沙汰もなかった。

 その様子を見てあ~またか。と観客の中にいる在校生の誰かが呟いていた。

ティーチャークロイツはそんな誰かの呟きを気にした風もなくいつものことといった感じに、手短にいた女子生徒へと声をかける。

「君。ディルグ・ド・ディストー君を前へ」

「はっはい」

 クロイツに声をかけられて、少しばかり緊張した女子生徒は、クロイツに言われるままに、小走りにディルグ・ド・ディストーの元へと駆けつける。

 そして彼女はいつも他の生徒がしているようにして、ディルグの胸に己の耳を当てる。

 すると、し~んと、これまたいつもどおりの反応が返ってくる。

「クロイツ先生」

「どうかしましたか?」

「え~っと、ディルグさん。心音が聞こえないので、また、死んでます」

「はぁまた、ですか」

 クロイツは疲れたようなため息を吐き出しながら、この場にいる生徒たちに指示する。

「多少乱暴にしてもかまいませんから、誰か彼を起こして、この場に連れてきてください」

「クロイツ先生っ私にお任せくださいっ!」

 待ってましたとばかりに挙手して、元気よく返事をしたのは、自慢の赤い髪を後ろ手にまとめて、ピシッと制服を着込んでいる小柄な女子生徒だった。

 彼女はディルグのいると思わしき場所に向かってすぐさま走り出していた。

「アヤネさん。くれぐれもお手柔らかにしてくださいね」

 クロイツがその背中、赤髪のポニーテールに向かって声をかけたのだが、彼女には聞こえていなさそうだった。

 先ほどの戦いを目にしていたドゥルグは、冷や汗を浮かべながら自分の相手がどんな猛者かと震えていたのだが、これで戦わなくて済みそうだと、内心ほっと胸をなでおろしていた。

 そして先ほどクロイツにディルグを起こして来ると言い放った赤髪ポニーテールの女子生徒は、走りよってディルグに接近するやいなや腰に差している日本刀に酷似した自慢の愛刀を居合斬りの要領で抜き放っていた。

「さっさと起きんか! こ~の馬鹿チンがぁあああっっっ斬!」

 そしてディルグを起こそうとしたアヤネの女性とは思えないほどの物凄い気合のこもった雄叫びがあたりに響き渡ったのだった。

 ほぼ同時にドゥルグの足元へと、何か丸く緑色の毛がふさふさ生えているものが、飛び込んできて目の前に転がる。

「ん? なんだね? これは?」

 上から見下ろす形ではよく見えなかったのか、ドゥルグはしゃがみこむと、その転がり出てきた緑色のマリモのような物体を手に取り立ち上がる。

 周囲の生徒たちは、皆その光景にあっけにとられて、何も言葉をかけられないでいた。

 ドゥルグはそんなことなどおかまいなしに、いやまったく気付かずに自分の手で持ち上げたマリモ? を見つめていると、そのマリモと思わしき存在の下が濡れていることがわかった。

「むぅ。このままこれをもっていると、僕の手が濡れてしまうじゃないかね」

 ドゥルグはそう思いながらマリモ? を片手で持ち直すと、何か拭くものはないかと自分の服をまさぐるが何も出てこなかった。

 そういえば、今日家を出るとき手を拭く布切れを入れ忘れたのを思い出したドゥルグは、仕方なしにあとで洗えば問題ないだろうと思って、自分の服でその手についていたベタベタしたものをぬぐうと、ドゥルグの服がみるみるうちに緑色に染まっていった。

「これはいくらなんでも染まりすぎじゃないのかね?」

 自分の服がみるみる緑色に染まっていくのを見たドゥルグは、疑問の声を上げながら、服の染まる原因を確認しようと、緑色の物体にかかっている緑色の毛のようなものを手の平で払いのける。すると人間の顔のようなものが現れて、ドゥルグに挨拶を交わしてきた。

「やぁ」

「…………」

「…………」

 しばし無言で見つめあうドゥルグと緑色マリモ? から出てきた人間の顔と思わしきもの。

「へ!?」

「君が僕の対戦相手のドゥルグ君かい?」

「な、な、な、なんじゃこりゃあああ――っ!」

 さも平然と頭のみで話しかけてくる元マリモ? だったものをドゥルグは叫び声をあげながら思わず投げ捨ててしまう。

「あ~~少しひどくないかな君?」

「マ、マ、マ、マ、マリモがっしゃしゃしゃしゃべったああぁぁぁ――っ!?」

 このときになってようやくドゥルグは自分が拾ったものがなんであったのかを知り、なおかつ自分を見る周囲の視線が冷たかった理由を知った。

 そう彼が持っていたのは、アヤネの持つ鋭利な刃物で斬り飛ばされた自分の対戦相手ディルグの頭部だったのだ。

 そしてマリモの緑色の部分と思われたものは彼の人毛であり、マリモの下側からドゥルグの手を濡らしていたのは、ディルグから流れ出した緑色の血液だったのだ。

 サァ―とドゥルグは自分の頭から血の気が引いていくのを感じた。

 そんなドゥルグの様子を知ってかしらずか、ドゥルグによって地面に放り投げられていたディルグの頭部はなんでもないことのように口を開き言葉をつむぐと、ドゥルグに頼みごとをしてくる。

「とりあえずドゥルグ君とかいったかな? 悪いんだが僕の頭を身体のところまでもって行ってはくれないかい?」

 コクコクコクコクと、ドゥルグは無言で言われるがままに、先ほど地面に投げ捨てたディルグの頭部を拾うと、いつの間にか進み出てきた頭部のない彼の身体の来ているところにまで、ディルグの頭部を運ぶ。

「あっもうこのへんでいいよ。その……なんだ。僕の腕の中に僕の頭を落としてくれないか?」

 コクコクコクコクと再度頷きながら、ドゥルグはディルグの腕の中に彼の頭部をゆっくりと置く。

「ふぅ助かったよ」

 いいながらディルグは、両手で受け取った頭部を首から上のない身体の頭頂部に乗せる。

「ふむ。こんなものかな?」

 言いながらディルグは首をコキコキ鳴らして、首の付け根などを確認する。

「まったくアヤネはいつも少々粗雑でね。困ったものだよ」

 ディルグは首が据わったのを確認すると、自分の首を斬り飛ばした赤髪の少女に視線を投げかけながら呟いた。

 人の首を斬り飛ばすのが、粗雑の一言で済む事態世間一般から見ればすごいことなのだが、この場にいる誰もがそのことについて一切何も語らず、ただ黙って事の成り行きを見守っていた。

 どうやらこの様子からして、この学園ではこのような光景は日常茶飯事なのかも知れなった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

処理中です...