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№37 vs邪竜人② 邪竜人の誕生と災厄の咆哮
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災厄を撒き散らすような咆哮を、その身にまともに受けたエリスやジーンは、悪寒が全身を駆け巡ったために、その場に方膝をついてしまう。
「なんなんだよ、これ……」
だがジーンのその問いかけに、この場にいる誰もが答えることができなかった。
それは、この場にいる誰もが、目の前にいるそれを説明することが出来なかったからだ。
それは例えるなら人の形をした竜。つまり竜人のような姿をしていた。
ただ問題なのは、それは神に近しい存在であるはずの竜人などではなく、禍々しい怪物であり、間違いなくユウたちの敵であるということだった。
そしてこの世の怨嗟や呪いの全てを混合させたような災厄を撒き散らす咆哮を上げると共に、幼竜の身体からい出たる物は、エリスによって切断された腕を、竜爪のある無傷な方の腕で掴むと、腕の付け根から引き抜いて、何の躊躇もなく鋭利な刃物を思わせる鋭すぎる牙の生えている自らの口へと持っていくと、ムシャムシャと喰らい始めた。
「あの野郎……自分の腕を喰ってやがる」
ジーンが信じられないものを見るように呟いた。
だが、誰もジーンの呟きには答えない。いや答えられなかった。
なぜならほんの少し動いただけでも、次の瞬間には、不死であるはずの自分が命を落としているような錯覚に陥っていたからだった。
竜人は自らの腕を喰い終わると、目を見開いて気合を込める。
すると、ズシャッといった感じに、ネチャッとした粘液と一緒に、失われたはずの腕が再生したのだった。
「どうやらこの様子からして、奴は己の失った腕を再生させるために、自らの不要となった腕を喰らったようだな」
竜人が腕を再生させるまでの一連の動きを目にしていたエリスが呟いた。
そして、今までの竜人の残虐性や行動を見ていた剣が声を上げる。
「やはりあれは邪竜人じゃったか。あやつが完全に姿を現す前に、この場から逃げ出したかったんじゃが」
「邪竜人?」
「それって何もんだよ?」
聞きなれない単語を耳にしたエリスとジーンが剣に問い返した。
「わからん」
「わからんって、んなわけねぇだろうがっ」
「本当にわからんのじゃ。ただ」
「ただなんだ」
ジーンと剣の話を聞いていたエリスが聞き返した。
「古い伝承によれば、あやつら邪竜人は、この世のありとあらゆる怨嗟や呪い災厄を背負い。その咆哮をもって、災厄を世界に撒き散らす存在とされておる。そして彼らは存在するだけで、自らの周囲の空間のあの世とこの世の境界すらあやふやにし、生者不死者を問わず、この世界に平等に死と災厄を撒き散らす存在とされておるんじゃ。それゆえ、彼ら邪竜人は生者不死者を問わず、神と呼ばれる者たちを含めた。存在している全ての形あるものにとっての天敵じゃったんじゃ」
「天敵だった?」
剣の話を聞いていたエリスが問いかける。
「うむ。遥か昔彼ら邪竜人は、この地を治める神々や竜神と共に、この世界に住まう全てのものたちと矛を交えたんじゃ。その結果、邪竜人は神々と竜神と共に戦った先人たちに破れ、この地に平和が訪れた。しかし邪竜人たちとの戦いは、この地を収めていた神々や竜神に壊滅的な打撃を与えてしまったんじゃ。そのせいでこの地の神は消えうせてしまい。この世界ネクロイアの覇権争いは混沌とし、あの聖魔殲滅戦争が勃発すると共に、人間種やそれらと同盟を組んでいた種族が敗れて、世界から聖属性の力が失われてしまったんじゃ」
「そんなものが今どうしてこんなところにいる?」
「わからん。邪竜人は遥か昔に死に絶えたと言われとったんじゃが」
「邪竜人じゃねぇんじゃねぇのか」
「いや、その者竜の面を持ち、人と同じ姿を成し、竜気をまとわん。と古文書に記されとるからの。あやつは間違いなく邪竜人じゃ」
「ならその死に絶えた邪竜人ってのが、何で今この場にいやがんだよ!」
邪竜人の放つ圧倒的な鬼気を肌に感じてジーンが声を荒らげる。
「もしかしたら……もしかしたらじゃが、寄生竜に邪竜人の因子が宿っとったのかもしれん。
「なるほどな。その因子がガマや寄生竜の力の影響を受けて活性化し、この世に甦ったと言うことか」
ジーンと剣との話を聞いていたエリスが冷静に憶測から得た言葉を発する。
「うむ。この説もあくまで憶測じゃがな」
エリスとジーンに剣が話をしている間にも、失われた腕を復元した邪竜人は、今度は自らが現れた幼竜の亡骸に近づいていくと、躊躇なく竜の亡骸に腕をめり込ませて、幼竜の身体の中にあった何かを掴み引きずり出してくる。
それは幼竜の背骨、竜骨だった。
幼竜の背骨を手にした邪竜人は、天に向かって災厄を撒き散らすとされる咆哮を上げた。
「グルアァァァァオォォォォオオオッッ!!」
すると邪竜人が手にしていた竜骨が姿形を変えて、長身の成人男性の背丈の倍ほどもある邪竜人と同じ大きさの黒き巨大な大剣、邪竜剣へと変化していった。
そして、邪竜人が邪竜剣を生み出すと、上げた咆哮の余波を受けて、この地で不毛な死に際を迎え、無造作に放置されて地中に埋もれていた人骨や怪物、亜人種の骨が、骨のみで生前の姿を形作り地中から這い出してきた。
「これは、ネクロの力か!? ということは、まさか!? 奴も我々と同じく不死を殺せる力を有しているということか!」
「な!?」
自分の姉であるエリスの言葉に、半ば信じられないといった驚きの表情を浮かべて、ジーンが先ほどユウを連れてこの場から逃げろと言った剣のほうを振り返る。
「そのとおりじゃ」
エリスとジーンが剣が肯定する言葉を聞いた直後。邪竜人の力の余波を受けて甦った骸であるワーウルフにスケルトンにワータイガーたちなどが、ユウを支えているエリスとジーンに向かって襲い掛かってきた。
エリスは自分の剣を鞘に納めると、ユウを片手にユウの剣を身構える。
「しばしの間協力してもらうぞ」
「仕方あるまい」
「ジーンッこいつらは私が引き受けるっその間に怪我人を連れてこの城の中に逃げ込めぇ!」
エリスが剣と言葉を交し合うと共に、ユウの身柄をジーンに預けようとしたときだった。
黒き疾風と化した邪竜人が、エリスに向かって襲い掛かってきたのは。
しかも邪竜人は、エリスに向かう道すがら、自分の獲物を横取りしようとした不死者たちが気に食わなかったのか、邪魔だとばかりに軽く片手でなぎ払った。
邪竜人に片手でなぎ払われた不死者たちは、身体を構成する骨を粉々に打ち砕かれる。
この後、本来なら不死者であるはずの彼らは、身体を復元させるか、身体の部位を失った状態のまま動き続けるはずだった。だが邪竜人の攻撃をその身に受けた不死者たちは、完全に動きを停止させて塵芥となり、完全にこの世から消え去っていった。
どうやらこの様子からして、邪竜人がユウたちネクロマンサーと同じく不死殺しの力を有しているのは、もはや間違いようのない事実のようだった。
邪竜人に攻撃されて、塵芥となってこの世から消えていった不死者たちを目にしていたジーンが声を上げる。
「どうなっていやがる!? あいつら邪竜人ってのが呼び出した不死者たちだろうが!」
ジーンの疑問の声に剣が答える。
「奴らはただ邪竜人の力の影響を受けて甦っただけの代物じゃからな。多分邪竜人と命令系統も確立しとらんじゃろうし、邪竜人的には、行く手に立ちふさがる邪魔者を排除したに過ぎんのじゃろう」
「悠長に話している場合ではないっ来るぞ!」
エリスの言葉通り向かい来る道すがら、自らの力によって甦らせた邪魔な不死者たちをなぎ払いながら進攻してきた邪竜人が、先ほど竜骨にネクロの力を与えて変化させた。長身の成人男性の倍ほどもある巨大な邪竜剣を振りかぶると、エリスを、いや、エリスの抱えているユウを狙って真正面から斬りつけてきた。
もちろんエリスは手にしているユウのネクロマンサーソードによって、邪竜人の邪竜剣の一撃を受け止めるが、さすがにエリスといえども、邪竜人の邪竜剣の一撃を片手では受け止め切れなかったのか、そのまま邪竜人の圧倒的な膂力に押し込まれてしまう。
そこに間髪いれずに邪竜人の第二撃が繰り出される。
今度は、真横のなぎ払いだ。
まずいっ今度のは片手では受け止めきれないか。そう直感的に判断したエリスが、左腕に力を込めてジーンの名を叫びながら、ジーンに向かってユウを放り投げる。
「ジーンッ」
エリスに投げられたユウをジーンがキャッチすると共に、エリスは邪竜人の横殴りの一撃を両手に持ったユウの剣で受け止めるはずだったのだが、邪竜人はエリスになど何の興味もわかないのか、エリスに振るわれていた邪竜剣をあっさりと引っ込めると、瞬時にエリスがジーンに投げ渡したユウに攻撃対象を切り替えて、邪竜剣を振りかぶりながら、肉薄する。
「ちぃっ速えぇ!」
ジーンは舌打ちしつつ身構えようとするが、エリスに投げ渡されたユウを受け止めたばかりの状態で、しかも邪竜人がエリスに向かうものと思い込んでいたために、自分に迫り来る邪竜人の速度に対応できず、無防備な姿を晒してしまう。
このままでは、ユウごとジーンは、邪竜人の振るう邪竜剣によって、一刀両断にされてしまうだろう。
「クソが!」
ジーンはやけくそ気味に声を上げると、覚悟を決めて、致命傷を負わされているユウを胸の中に抱き寄せると身を強張らせる。だが、いくら待っても、邪竜人の振るう邪竜剣による身を切るような痛みも、邪竜人の有している鋭い牙で喰いちぎられる痛みも襲ってはこなかった。
ただジーンの耳に聞こえてきたのは、自分のすぐ傍で、何かと何かがぶつかり合う金きり音だけだった。
「危機一髪、何とか間に合ったようだな」
エリスの声に恐る恐るジーンが目を開けると、すぐ目の前で邪竜人の振るった邪竜剣をユウとジーンにあたるギリギリの線で、身を挺して受け止めている姉であるエリスの姿があった。
そう、エリスは致命傷を負っているユウをジーンに放り投げた時、すでに邪竜人の視線が自分でなくユウを追っているのを知ると、すぐさま受けの構えを解除して、ユウとジーンを援護するために全速力で救援に駆けつけたのだった。
もし邪竜人の二撃目の攻撃をエリスが受けそうになった時、エリスの心にほんの一瞬の迷いがあれば、邪竜人の邪竜剣を受け止められず、ユウとジーンはこの世を去っていただろう。
「何をしているジーンッこの場は一旦私が時間を稼ぐっ今のうちにっ私がこいつを抑えていられる間に、そいつを連れて城の中に逃げ込めえっ!」
邪竜人の邪竜剣をからくも受け止めたエリスが、ジーンに向かって怒声を張り上げる。
「クソがぁっ姉貴っぜってぇ死ぬんじゃねぇぞっ!」
エリスに怒声を上げられて背中を押されたジーンは、ユウを肩に担ぎ上げると、本性を現したガマがヴェディンゴと化して中庭に出てくるときに、城の内壁や二階のテラス席などを破壊して積みあがり、今にも崩れ落ちそうな瓦礫に視線を向けると、それを利用して、ガマが城から出る時に二階のテラス席にあった場所にぽっかりと開けた穴から城の内部に逃げ込むために、積みあがった瓦礫に向かって全速力で駆け出していた。
もちろんエリスと剣をあわせていた邪竜人が、ユウを肩に担いでいるジーンの逃走を見逃してくれるはずがなかった。
ユウを肩に担いでジーンが逃走しようとしていることに気がついた邪竜人は、エリスとの剣の押し合いからあっさりと引き下がって剣を引くと、ジーン追撃に移った。
しかしもちろんエリスも剣も、そのことは織り込み済みだ。
そのためジーンを追撃に移った邪竜人の背後に、影のようにぴたりとエリスが追走していた。
しかし邪竜人は追走してくるエリスなど取るに足らない小物とでも思ったのか、まったく気にせずジーン追撃を優先した。
そしてユウを肩に担ぎながら、ジーンが邪竜人の力の余波で甦った不死者たちをなぎ払いながら、破壊された二階のテラス席の下にある瓦礫の山に辿り着くと、瓦礫の山を登って、二階のテラス席のあった場所に、ぽっかりと開いた城の内部に通じる穴まで辿り着いていた。
そして、ようやくこれからユウを肩に担いでいたジーンが城の内部に逃げ込もうとした矢先、ユウの命を奪うために、ジーンを追撃してきた邪竜人が人知を超えるほどの脚力で、一足飛びに二階にいたジーンの背後まで飛び上がると、ユウを肩に担いだジーンの背後から、長身の成人男性の倍ほどはあろうかと言う大きさの巨大な黒い大剣、邪竜剣を振りかぶって、二人を真っ二つに両断しようと必殺の一撃を繰り出してきた。
しかしその一瞬後には、必殺の一撃と思われた邪竜人の一撃は、ユウとジーンの首に届くか否かといったぎりぎりの線で、邪竜人を影のように追走していたエリスのハァッ! という呼気の掛け声と共に、背後から邪竜人の首を狙って繰り出されたユウの剣を使った一撃によって、邪竜人は地面へと斬り落とされていたのだった。
「なんなんだよ、これ……」
だがジーンのその問いかけに、この場にいる誰もが答えることができなかった。
それは、この場にいる誰もが、目の前にいるそれを説明することが出来なかったからだ。
それは例えるなら人の形をした竜。つまり竜人のような姿をしていた。
ただ問題なのは、それは神に近しい存在であるはずの竜人などではなく、禍々しい怪物であり、間違いなくユウたちの敵であるということだった。
そしてこの世の怨嗟や呪いの全てを混合させたような災厄を撒き散らす咆哮を上げると共に、幼竜の身体からい出たる物は、エリスによって切断された腕を、竜爪のある無傷な方の腕で掴むと、腕の付け根から引き抜いて、何の躊躇もなく鋭利な刃物を思わせる鋭すぎる牙の生えている自らの口へと持っていくと、ムシャムシャと喰らい始めた。
「あの野郎……自分の腕を喰ってやがる」
ジーンが信じられないものを見るように呟いた。
だが、誰もジーンの呟きには答えない。いや答えられなかった。
なぜならほんの少し動いただけでも、次の瞬間には、不死であるはずの自分が命を落としているような錯覚に陥っていたからだった。
竜人は自らの腕を喰い終わると、目を見開いて気合を込める。
すると、ズシャッといった感じに、ネチャッとした粘液と一緒に、失われたはずの腕が再生したのだった。
「どうやらこの様子からして、奴は己の失った腕を再生させるために、自らの不要となった腕を喰らったようだな」
竜人が腕を再生させるまでの一連の動きを目にしていたエリスが呟いた。
そして、今までの竜人の残虐性や行動を見ていた剣が声を上げる。
「やはりあれは邪竜人じゃったか。あやつが完全に姿を現す前に、この場から逃げ出したかったんじゃが」
「邪竜人?」
「それって何もんだよ?」
聞きなれない単語を耳にしたエリスとジーンが剣に問い返した。
「わからん」
「わからんって、んなわけねぇだろうがっ」
「本当にわからんのじゃ。ただ」
「ただなんだ」
ジーンと剣の話を聞いていたエリスが聞き返した。
「古い伝承によれば、あやつら邪竜人は、この世のありとあらゆる怨嗟や呪い災厄を背負い。その咆哮をもって、災厄を世界に撒き散らす存在とされておる。そして彼らは存在するだけで、自らの周囲の空間のあの世とこの世の境界すらあやふやにし、生者不死者を問わず、この世界に平等に死と災厄を撒き散らす存在とされておるんじゃ。それゆえ、彼ら邪竜人は生者不死者を問わず、神と呼ばれる者たちを含めた。存在している全ての形あるものにとっての天敵じゃったんじゃ」
「天敵だった?」
剣の話を聞いていたエリスが問いかける。
「うむ。遥か昔彼ら邪竜人は、この地を治める神々や竜神と共に、この世界に住まう全てのものたちと矛を交えたんじゃ。その結果、邪竜人は神々と竜神と共に戦った先人たちに破れ、この地に平和が訪れた。しかし邪竜人たちとの戦いは、この地を収めていた神々や竜神に壊滅的な打撃を与えてしまったんじゃ。そのせいでこの地の神は消えうせてしまい。この世界ネクロイアの覇権争いは混沌とし、あの聖魔殲滅戦争が勃発すると共に、人間種やそれらと同盟を組んでいた種族が敗れて、世界から聖属性の力が失われてしまったんじゃ」
「そんなものが今どうしてこんなところにいる?」
「わからん。邪竜人は遥か昔に死に絶えたと言われとったんじゃが」
「邪竜人じゃねぇんじゃねぇのか」
「いや、その者竜の面を持ち、人と同じ姿を成し、竜気をまとわん。と古文書に記されとるからの。あやつは間違いなく邪竜人じゃ」
「ならその死に絶えた邪竜人ってのが、何で今この場にいやがんだよ!」
邪竜人の放つ圧倒的な鬼気を肌に感じてジーンが声を荒らげる。
「もしかしたら……もしかしたらじゃが、寄生竜に邪竜人の因子が宿っとったのかもしれん。
「なるほどな。その因子がガマや寄生竜の力の影響を受けて活性化し、この世に甦ったと言うことか」
ジーンと剣との話を聞いていたエリスが冷静に憶測から得た言葉を発する。
「うむ。この説もあくまで憶測じゃがな」
エリスとジーンに剣が話をしている間にも、失われた腕を復元した邪竜人は、今度は自らが現れた幼竜の亡骸に近づいていくと、躊躇なく竜の亡骸に腕をめり込ませて、幼竜の身体の中にあった何かを掴み引きずり出してくる。
それは幼竜の背骨、竜骨だった。
幼竜の背骨を手にした邪竜人は、天に向かって災厄を撒き散らすとされる咆哮を上げた。
「グルアァァァァオォォォォオオオッッ!!」
すると邪竜人が手にしていた竜骨が姿形を変えて、長身の成人男性の背丈の倍ほどもある邪竜人と同じ大きさの黒き巨大な大剣、邪竜剣へと変化していった。
そして、邪竜人が邪竜剣を生み出すと、上げた咆哮の余波を受けて、この地で不毛な死に際を迎え、無造作に放置されて地中に埋もれていた人骨や怪物、亜人種の骨が、骨のみで生前の姿を形作り地中から這い出してきた。
「これは、ネクロの力か!? ということは、まさか!? 奴も我々と同じく不死を殺せる力を有しているということか!」
「な!?」
自分の姉であるエリスの言葉に、半ば信じられないといった驚きの表情を浮かべて、ジーンが先ほどユウを連れてこの場から逃げろと言った剣のほうを振り返る。
「そのとおりじゃ」
エリスとジーンが剣が肯定する言葉を聞いた直後。邪竜人の力の余波を受けて甦った骸であるワーウルフにスケルトンにワータイガーたちなどが、ユウを支えているエリスとジーンに向かって襲い掛かってきた。
エリスは自分の剣を鞘に納めると、ユウを片手にユウの剣を身構える。
「しばしの間協力してもらうぞ」
「仕方あるまい」
「ジーンッこいつらは私が引き受けるっその間に怪我人を連れてこの城の中に逃げ込めぇ!」
エリスが剣と言葉を交し合うと共に、ユウの身柄をジーンに預けようとしたときだった。
黒き疾風と化した邪竜人が、エリスに向かって襲い掛かってきたのは。
しかも邪竜人は、エリスに向かう道すがら、自分の獲物を横取りしようとした不死者たちが気に食わなかったのか、邪魔だとばかりに軽く片手でなぎ払った。
邪竜人に片手でなぎ払われた不死者たちは、身体を構成する骨を粉々に打ち砕かれる。
この後、本来なら不死者であるはずの彼らは、身体を復元させるか、身体の部位を失った状態のまま動き続けるはずだった。だが邪竜人の攻撃をその身に受けた不死者たちは、完全に動きを停止させて塵芥となり、完全にこの世から消え去っていった。
どうやらこの様子からして、邪竜人がユウたちネクロマンサーと同じく不死殺しの力を有しているのは、もはや間違いようのない事実のようだった。
邪竜人に攻撃されて、塵芥となってこの世から消えていった不死者たちを目にしていたジーンが声を上げる。
「どうなっていやがる!? あいつら邪竜人ってのが呼び出した不死者たちだろうが!」
ジーンの疑問の声に剣が答える。
「奴らはただ邪竜人の力の影響を受けて甦っただけの代物じゃからな。多分邪竜人と命令系統も確立しとらんじゃろうし、邪竜人的には、行く手に立ちふさがる邪魔者を排除したに過ぎんのじゃろう」
「悠長に話している場合ではないっ来るぞ!」
エリスの言葉通り向かい来る道すがら、自らの力によって甦らせた邪魔な不死者たちをなぎ払いながら進攻してきた邪竜人が、先ほど竜骨にネクロの力を与えて変化させた。長身の成人男性の倍ほどもある巨大な邪竜剣を振りかぶると、エリスを、いや、エリスの抱えているユウを狙って真正面から斬りつけてきた。
もちろんエリスは手にしているユウのネクロマンサーソードによって、邪竜人の邪竜剣の一撃を受け止めるが、さすがにエリスといえども、邪竜人の邪竜剣の一撃を片手では受け止め切れなかったのか、そのまま邪竜人の圧倒的な膂力に押し込まれてしまう。
そこに間髪いれずに邪竜人の第二撃が繰り出される。
今度は、真横のなぎ払いだ。
まずいっ今度のは片手では受け止めきれないか。そう直感的に判断したエリスが、左腕に力を込めてジーンの名を叫びながら、ジーンに向かってユウを放り投げる。
「ジーンッ」
エリスに投げられたユウをジーンがキャッチすると共に、エリスは邪竜人の横殴りの一撃を両手に持ったユウの剣で受け止めるはずだったのだが、邪竜人はエリスになど何の興味もわかないのか、エリスに振るわれていた邪竜剣をあっさりと引っ込めると、瞬時にエリスがジーンに投げ渡したユウに攻撃対象を切り替えて、邪竜剣を振りかぶりながら、肉薄する。
「ちぃっ速えぇ!」
ジーンは舌打ちしつつ身構えようとするが、エリスに投げ渡されたユウを受け止めたばかりの状態で、しかも邪竜人がエリスに向かうものと思い込んでいたために、自分に迫り来る邪竜人の速度に対応できず、無防備な姿を晒してしまう。
このままでは、ユウごとジーンは、邪竜人の振るう邪竜剣によって、一刀両断にされてしまうだろう。
「クソが!」
ジーンはやけくそ気味に声を上げると、覚悟を決めて、致命傷を負わされているユウを胸の中に抱き寄せると身を強張らせる。だが、いくら待っても、邪竜人の振るう邪竜剣による身を切るような痛みも、邪竜人の有している鋭い牙で喰いちぎられる痛みも襲ってはこなかった。
ただジーンの耳に聞こえてきたのは、自分のすぐ傍で、何かと何かがぶつかり合う金きり音だけだった。
「危機一髪、何とか間に合ったようだな」
エリスの声に恐る恐るジーンが目を開けると、すぐ目の前で邪竜人の振るった邪竜剣をユウとジーンにあたるギリギリの線で、身を挺して受け止めている姉であるエリスの姿があった。
そう、エリスは致命傷を負っているユウをジーンに放り投げた時、すでに邪竜人の視線が自分でなくユウを追っているのを知ると、すぐさま受けの構えを解除して、ユウとジーンを援護するために全速力で救援に駆けつけたのだった。
もし邪竜人の二撃目の攻撃をエリスが受けそうになった時、エリスの心にほんの一瞬の迷いがあれば、邪竜人の邪竜剣を受け止められず、ユウとジーンはこの世を去っていただろう。
「何をしているジーンッこの場は一旦私が時間を稼ぐっ今のうちにっ私がこいつを抑えていられる間に、そいつを連れて城の中に逃げ込めえっ!」
邪竜人の邪竜剣をからくも受け止めたエリスが、ジーンに向かって怒声を張り上げる。
「クソがぁっ姉貴っぜってぇ死ぬんじゃねぇぞっ!」
エリスに怒声を上げられて背中を押されたジーンは、ユウを肩に担ぎ上げると、本性を現したガマがヴェディンゴと化して中庭に出てくるときに、城の内壁や二階のテラス席などを破壊して積みあがり、今にも崩れ落ちそうな瓦礫に視線を向けると、それを利用して、ガマが城から出る時に二階のテラス席にあった場所にぽっかりと開けた穴から城の内部に逃げ込むために、積みあがった瓦礫に向かって全速力で駆け出していた。
もちろんエリスと剣をあわせていた邪竜人が、ユウを肩に担いでいるジーンの逃走を見逃してくれるはずがなかった。
ユウを肩に担いでジーンが逃走しようとしていることに気がついた邪竜人は、エリスとの剣の押し合いからあっさりと引き下がって剣を引くと、ジーン追撃に移った。
しかしもちろんエリスも剣も、そのことは織り込み済みだ。
そのためジーンを追撃に移った邪竜人の背後に、影のようにぴたりとエリスが追走していた。
しかし邪竜人は追走してくるエリスなど取るに足らない小物とでも思ったのか、まったく気にせずジーン追撃を優先した。
そしてユウを肩に担ぎながら、ジーンが邪竜人の力の余波で甦った不死者たちをなぎ払いながら、破壊された二階のテラス席の下にある瓦礫の山に辿り着くと、瓦礫の山を登って、二階のテラス席のあった場所に、ぽっかりと開いた城の内部に通じる穴まで辿り着いていた。
そして、ようやくこれからユウを肩に担いでいたジーンが城の内部に逃げ込もうとした矢先、ユウの命を奪うために、ジーンを追撃してきた邪竜人が人知を超えるほどの脚力で、一足飛びに二階にいたジーンの背後まで飛び上がると、ユウを肩に担いだジーンの背後から、長身の成人男性の倍ほどはあろうかと言う大きさの巨大な黒い大剣、邪竜剣を振りかぶって、二人を真っ二つに両断しようと必殺の一撃を繰り出してきた。
しかしその一瞬後には、必殺の一撃と思われた邪竜人の一撃は、ユウとジーンの首に届くか否かといったぎりぎりの線で、邪竜人を影のように追走していたエリスのハァッ! という呼気の掛け声と共に、背後から邪竜人の首を狙って繰り出されたユウの剣を使った一撃によって、邪竜人は地面へと斬り落とされていたのだった。
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後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
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