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第二幕 現世邂逅

第百六話 阿倍野道人対桧山玲子 ㊦

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「道人―――っ!」

「さすが、我が認めた女よ。この岩雪崩の中悪鬼どもの相手をしつつ、我の作りし岩雪崩を利用して、我の元にたどりつこうとするとはな。だが、これならばどうか? 天を破りてその姿を見せよっ『屍鳥』!」

 道人の声に応じて、岩を崩落させたために脆くなった天井をぶち破るようにして、『死喰い羽』が、玲子と比婆や志度たちのいるホールに向かって、天井から落下する岩と共に降り注いだ。

 天から降り注ぐ『死喰い羽』を、比婆は天井から落下して受け止めた岩を盾に志度と共にやり過ごすが、天井から崩落する岩を足場に、道人のいる崖の上を目指して駆けあがっていた玲子は、比婆たちと同じ方法が使えずにいた。

 そのため天井から落下してくる岩を足場にして、道人のもとに向かっていた玲子は、「ちいぃっ!」と舌打ちしながらも、天から降り注いでくる『死喰い羽』を、時に岩の上で身をそらしてかわし、時に同じく落下してくる岩陰の陰に一瞬だけ隠れてやり過ごした。

 そうして玲子はあとほんの数メートルと言った距離にまで道人との距離を詰めることに成功する。

 そして次の瞬間には、道人を切り伏せようと道人に向かって思い切り跳躍した。

 だが、残念ながら玲子の動きは道人に読み切られていた。

「終わりだ玲子」

 道人が玲子に左手を向ける。

 もちろんその左手の手の平からは白き骨『屍喰』が今にも玲子を狙って射出されようとしていた。

 だが玲子もまた道人の動きを読んでいた。

「それはこちらのセリフだ道人!」

 玲子は鞘に刀を修めると、居合抜きの要領で解き放った。

「桧山流一の太刀『飛燕』っ!!!」

「ふっ場所が空中であることを見誤ったな玲子。空中では自慢の足も使えぬだろうに。それに、その距離では自慢の斬撃も我には届かぬ。晴人のように地獄門の糧となり、現世より消え去れ桧山玲子っ!」

 道人が届かぬ『飛燕』を撃ち込もうとしてくる玲子を見下し、いびつに顔を歪ませながら、勝ち誇った咆哮を上げる。

「見誤ったのは貴様だ道人!」

 負け惜しみのように玲子が声高に叫ぶ声を耳にしながら、道人が左手に生み出していた『屍喰』を、狙いたがわず玲子の心臓目がけて解き放った。

 だが、玲子の放った飛燕が鎌鼬(カマイタチ)のような飛刃(とうじん)を放っていたために、玲子の心臓に向けて放たれた道人の『屍喰』は、玲子の放った飛刃によって空中で真っ二つにされると共に、『屍喰』を玲子に向けて解き放った道人の左腕も、半ばから玲子の放った飛刃によって、斬り飛ばされていたのだった。

「ぬうぅっまさかっまさかこの我がっ玲子ごときに後れを取るとはぁっ!!」

 道人が左手の付け根から止めどなく溢れる血潮を止めようと、左腕の付け根を右腕で抑えながら、自分の体を傷つけた玲子を怒りの形相で睨み付ける。

「道人。貴様の負けだ」

 『飛燕』の生み出した飛刃によって、道人の左腕を付け根から斬り飛ばした玲子が、道人のいる崖に飛び移ると共に、刀の切っ先を道人の鼻先に突き付けながら道人の敗北を告げる。

 だが道人は目の前に刃をチラつかされているにもかかわらず、心ここにあらずといった感じでブツブツと、まるで病んでいるかのように独り言を呟いていた。

「腕一本か、まぁよい。丁度良いのだ。これで地獄門が活性化し、成長するならば安いものだ」

「道人。貴様何を言っている?」

 狂ったように独り言を呟く道人を見た玲子が、眉根を寄せて訝(いぶか)しげな声を上げる。

「見るがいい玲子。そして絶望するがいい。我が血肉を喰らい。活性化しっ成長する地獄門をっ!」

「地獄門が活性化だと? 何を言っているっ気でも狂ったか道人!」

 玲子がいくら問い詰めようとも、ただ道人は気がふれたかのように高笑いを響かせるのみだった。

「ふはふはふははははははっははははっ」

 道人の高笑いが餓鬼洞内に響き渡ると共に、地獄門を内包している餓鬼洞自体が、まるで地震が発生した時のように小刻みに揺れ始める。

 体感できる餓鬼洞の揺れを自分の体で感じ取った玲子が戸惑ったような声を上げる。

「地震かっいやこの感じはもっと別の物か!? 一体何がどうなっている!?」

 餓鬼洞を襲う揺れを体感し、現状が把握できずにいる玲子が苛立たしげに声を荒らげる。

「玲子よ。まだ気づかぬか?」

「?」


「そこがお主の弱みよ」

 道人が未だ餓鬼洞の揺れの原因に気付くことのできぬ玲子を、鼻で笑い小馬鹿する。

「だから言ったい何がどうなっていると聞いているのだ! 答えろ道人っ!」

 玲子が道人の鼻先に突き付けた刃をさらに前進させて威嚇する。

「玲子。お主は昔から剣術は得意だったが、呪術に関しての知識は、並みであったな?」

「それがどうしたっそれに今何の意味がある!?」

「玲子。貴様の斬り飛ばした我の腕が、今どこに落ちたかわかるか?」

「まさか!?」

「そう、そのまさかだ。我の腕は今、地獄門に贄として捧(ささ)げられたのだ!」

 道人の声を受けて、玲子に比婆や志度が一斉に円形状のホールの中央付近にある地獄門へと視線を向ける。

「地獄門よっ我が血肉を糧としっ成長するがいい!!」

 道人が声を張り上げると、まるで道人の声に答えるかのようにして、現世と地獄をつなげる空間の亀裂である地獄門が、今までの数倍の大きさに広がっていくと共に、地獄から流れ出る瘴気が、まるで火山の噴火のように餓鬼洞内を突き抜けて天高く吹き上がった。

 さらに吹きあがった瘴気が餓鬼洞を揺らし、地震を起こし、激しい揺れを誘発する。

「くっ!?」

 足元の揺れでバランスを崩し、玲子の刀が道人の鼻先からそれた瞬間、道人が崖へと身を躍らせる。

「自ら身を投げるとは、私に裁かれることに臆したか道人!」

 玲子の声に答えたのは、崖から身を躍らせた後。いつの間にか自らの式神である屍鳥の背に乗った道人の姿だった。

 屍鳥の背に乗った道人は、すぐさま玲子たちがどう足掻いても届かぬほどに天高く飛び上ると、玲子を見下ろしながら、言葉を返してくる。

「ふっ今はなんとでも言うがいい。それよりも玲子。すぐにこの場を退かねば如何にお主とて、ただではすまぬぞ?」

 確かに道人の言う通り、地獄門が巨大化するということは、そこから出てくる悪鬼羅刹の類もより強力になり、また数も増すことになるからだ。

 さすがにこの大きさの地獄門から溢れ出す悪鬼羅刹の類を、一人では手に負えないと思った玲子が、比婆に声をかける。

「比婆ッ確か貴様封印術が使えたなっこの地獄門封印できるかっ?」

 玲子に質問された比婆は、地獄門を見もせずに首を横に振って即答する。

「無理だな」

「そうか」

「すまぬ玲子殿」

「気にするな。私とて地獄門は封じられぬのだ。比婆、お主は悪くはない。奴の言う通りにするというのも癪(しゃく)だが、致し方あるまい。それに、今頃陰陽連には六花から救援要請の連絡がいっているはずだ。比婆っ志度っ巨大化した地獄門から大鬼以上の化け物が出現し始める前にっ直ぐにこの場から離れるぞっ!」

 道人の助言に従うかのように、仕方なしに玲子たちは、瘴気吹き出る地獄門から、強大な力を持つ化け物が現れる前に餓鬼洞から退却することに決めると、すぐさま玲子は、比婆と志度を引き連れて餓鬼洞からの退却を開始したのだった。


 玲子たちが餓鬼洞から退却していく姿を見届けた道人は、まるで何かの呪(まじな)いのように、無事な右手の指で印を切り呪を口ずさむと、すでに背の見えなくなった玲子に向かって聞こえないと分かっている声をかける。

「置き土産だ玲子。せいぜい残りの生を楽しむがいい」

 それだけ言うと道人は、自分の左腕を贄にしたにもかかわらず、大きさがある一定のところで止まってしまった地獄門を見下ろしながら、少しばかり落胆したように呟いた。

「それにしても、我が腕を贄としてささげてあの大きさか? やはりこの地には、地獄門を巨大化させぬ結界が施されているか? もしくはただ単に、地獄門を成長させるための贄が足りなかったかのどちらかだが、どのみちこれだけ派手に地獄門を活性化してしまった以上。すぐに陰陽連から地獄門の封印を専門とする陰陽師が派遣されてくるであろうな。そうなるともはやこの地は使えぬ。だがまぁよい。どっちに転んでも少なからず奴を疲弊させる捨て石ぐらいにはなろう」

 それだけ呟くと、屍鳥の背に乗った道人は、地獄門の見える餓鬼洞の上空より飛び立つと、遠くに見えるビル群ひしめく摩天楼を目指して飛び去って行ったのだった。
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