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第二幕 現世邂逅

第五十七話 阿倍野春明① 式の知らせ

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「春明様、式の知らせが参っております」

 神社の神主が身に付けているような白装束に身を包んだ見た目三、四十代ほどの春明の世話役である男性が、霊峰裏富士と呼ばれる不可視の結界で覆われた人の目には決して触れることのない陰陽連総本山のはなれに立てられている茶室の軒下で、一人静かに茶を嗜んでいる三割ほどが白髪の白と黒の髪の毛を色違いに左右に分け、分けた髪の毛を肩ほどで切り揃えた陰陽連頂点に立つ、白紋と黒紋の梵字の描かれた白装束に身を包んだ春明と呼ばれる若かりし頃はさぞかし美男子であったと思われる齢七、八十歳ほどの初老の男性に声をかける。

「うむ。志々度家の式の比奈じゃな」

 声をかけられた初老の男性は、茶をすすりよく手入れされた庭のししおどしの音色や鳥のさえずりに耳を傾けながら、視線を向けずに年齢のわりに力と張りのある声で答えた。

「よくお分かりで」

「まぁこの敷地内は、わしが作った結界でおおっておるし、敷地内にはわしの放った式が何体もおるからのう。それぐらいのことは人に尋ねずとも見通せるわい」

 そう答えてから春明は、両手に持った湯呑にいれた濃いお茶を、一息つくようにして音もたてずにすする。

「では式が持ち帰った内容も?」

「うむ。あらかた承知しておる。なんでも餓鬼洞に現れた未確認の悪鬼を封じるために、比婆が悪鬼と共に餓鬼洞に閉じ込められたそうな」

 何でもないことのように春明は、手元のお茶を飲みながら答える。

「比婆殿が!?」

「うむ。それで未確認の悪鬼を調伏できる術者の派遣を、志度の鼻たれ小僧が要請してきおった」

「それでは術者を派遣されるのですね?」

「うむ。志度の鼻たれ小僧が式を使ってまで、頼み込んできたんじゃ。奴もそうとう切羽詰まって来とるんじゃろう。それに餓鬼洞から現れた比婆や志度が敵わぬ未知の悪鬼をこのまま放置しておけば、悪鬼の性質上災いを撒き散らすのは容易に想像できることじゃからな」

 そう、地獄から何らかの方法で地上に這い出して来た今まで現れた悪鬼たちは、早急に対処しない限り、被害の大小はあるが、地上に度重なる災いをもたらしてきたからだ。

 それに、志度の半たれ小僧が救援要請してくるということは、相手は比婆や志度では倒せぬほどの兵(つわもの)か。二人と相性の悪い火耐性に強い妖怪。もしくは相当な力を持った悪鬼の類じゃろうしな。ここで悠長に手をこまねいているわけにもいかん。

 それにしてもあの二人が後れを取るとはの。

 比婆は術者としてまだまだじゃが。体力もあり力も強く、結界術や格闘術の腕はそれなりに立つ。

 そして志度の鼻たれ小僧も、火系統だけならば悪くない使い手じゃ。今回現れた化け物はそんな二人が手を組んだにもかかわらず、敵わんという。これは相手が相当な兵(つわもの)か、相性が悪かったかということになる。

 まぁどちらにせよ、比婆や志度に手を焼かせるほどの未知の悪鬼を調伏するためには、比婆と志度以上の術者を派遣せねばなるまいて。

 それにしても、それなりの実力を有している二人が組んでいてなお救援を要請してくるとは、ちと厄介じゃな。

 春明がそう考えをめぐらせていると、世話役の男性が春明に声をかけてくる。

「それで春明様。餓鬼洞から現れた悪鬼を調伏するお役目にどなたを向かわされますか?」

「うむ。そうじゃのう」

 餓鬼洞に出現した未知の悪鬼には、誰を向かわせるべきか? 春明は茶をすすらずに両手で湯呑を持ち上げ、湯呑の中の茶に視線を向けながら思考する。

 本来なら陰陽連でも古参で、知識戦闘経験共に豊富で、あらゆる戦況に対処できる結界術式に長けた比婆天馬と、餓鬼系列などの燃えやすい妖怪や悪鬼の類に無類の強さを誇る志々度竜馬の二人に悪鬼の調伏を任せるところなのじゃが……今回餓鬼洞に現れた悪鬼は、比婆家の得意とする結界術や、志々度家の得意とする火術と相性がいいらしい。そのような悪鬼に腕が立つとはいえ、天馬と竜馬を向かわせるわけにもいくまいて。

 春明は、一体誰を餓鬼洞から現れた未知の悪鬼に向かわせるか悩んでいた。

 結界術式に強いということは、力押しタイプである可能性が高い。しかも確か悪鬼と共に餓鬼洞に閉じ込められた比婆家出身である比婆天善は、二百キロ級の岩を持ち上げるほどの怪力の持ち主で、独自の武術。比婆式格闘術を使っていた。

 ということは、現れた悪鬼は、結界術式を撃ち破る力や呪力だけでなく、格闘術も身に着けている可能性が高い。

 いや、悪鬼が格闘術を身に着けているという可能性は低いか? ならば現れた悪鬼は比婆式格闘術が通じないほどの身体能力の持ち主という方が正解じゃな。

 そして火術にも強いということは、悪鬼の耐性もしくは属性が、火よりということになる。

 つまり、今回現れた悪鬼の特徴は、結界術が通じぬ上に、二百キロの岩を持ち上げる比婆天善よりも力が強く。火術に特化した志々度家の火に対して強い耐性を持っているということになる。

 う~む。このような悪鬼に対応できる陰陽師と言えば数も限られてくる。

 結界術式を操る上級陰陽師の比婆天馬。同じく上級陰陽師の志々度竜馬に、桧山家現当主、桧山桜花。無類の怪力を誇る岩国隻眼。死川家当主、生きた屍こと、死川骸(むくろ)他にもつらつらと数え上げれば十や二十は、すぐに出てくるのじゃが、問題はそのどれもが一癖も二癖もあるものばかりということと、皆が皆独自の案件を抱えているか、上級陰陽師でないと解決できない件に関わっているために、今すぐ動けないということじゃな。

 そして、他に実力を持った上級陰陽師と言えば、現在の阿倍野家と双璧をなす式神の扱いに長けた土御門家の土御門忠光に、同じく上級陰陽師で、忠光に引けを取らない式神使いの土御門治定である。

 しかし土御門家は、いくら陰陽連の現首頭を務める阿倍野家当主であるわしの言うことであっても、簡単には首を縦にはふるうまい。こうなると、使えるものは限られてくる。

 現状手の空いている上級陰陽師で今すぐ動ける者は、比婆天馬に、志々度竜馬ぐらいしかおらぬ。それに現在陰陽連で動ける陰陽師の中で、あの二人より知識と経験が豊富で、なおかつ腕が立つ陰陽師もおらぬし、やはりここは相性が悪いとはいえ、比婆天馬と志々度竜馬に任せるのが無難か? と思いながら春明が物思いにふけっていると、不意に声がかけられる。

「春明様、餓鬼洞に現れた未知の悪鬼の件いかがいたしましょう?」

 物思いにふけっているところを世話役に声をかけられた春明は、手にしていたお茶を、小さな茶請けの盆に置くと今後の方針を決めたのか口を開いた。

「うむ。ここはやはり相性が悪いとはいえ、天馬と竜馬を向かわせることとする」

「はっでは急ぎ天馬殿と竜馬殿につなぎを付けます!」

 春明の世話役は、すぐさま春明に頭を垂れると、急ぎ比婆天馬と志々度竜馬につ
なぎをつけようとその場から移動しようとするも、春明の決めた方針に反対の意を唱える力強い声がその場に響き渡ったために、足を止めたのだった。
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