宇宙(そら)の魔王

鳴門蒼空

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青の星 青の星戦域⑩ 決戦エリス小隊VSダークスター① 裕矢の決断

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 星喰いが青の星に激突した影響で、発生した宇宙波が収まりを見せるころ。

 小型戦艦ナノグリフを襲った揺れも収まりを見せていた。

「ジーン。ニーナ。無事かっ」

 エリスがブリッヂからの艦内通信で、艦内ドッグにいるニーナたちの安否を確認する。

「ああ、なんとかな」

 宇宙波の影響下にいたために、壁などで頭をしたたかに打ったジーンが頭を振りながら、壁に手をつき立ち上がってこたえると、続いてニーナも自分の無事を知らせるためにエリスの問いかけにこたえた。

「わたしは問題ない。それより裕矢。怪我はないか?」

「ああ、何とか」

 宇宙波の影響を受けて、艦内が激しく揺れる中、ニーナに庇われて怪我一つ追っていなかった裕矢が返事を返した。

「ジーン。ニーナ。それと地球人。体に支障がなければ急ぎブリッヂまで来い」

 三人の安否を確認したエリスが指示を出す。

「わかったぜエリス。行くぞニーナ」

「ああ、了解した。では裕矢。わたしの後について来い」

「あ、ああ」

 三人はドッグを後にした。


 ブリッヂに到着したニーナたちや裕矢が目にしたのは、『星喰い』の激突により、生命が生きていくのに最低限必要なオゾン層や大気、水などが消し飛ばされ、生き物が住まう大陸などが砕かれて、完膚なきまでに生態系を破壊しつくされコアをむき出しにされた地球の姿だった。

 そう、いまや丸かった地球の形は、星喰いの激突により歪められ、中心辺りには巨大なクレーターが穿たれていた。

 そしてそこを中心に地球の真ん中あたりにひびが入っていて、今にも砕け散りそうなほどのダメージを負っているようだった

 そう、今や青の星と言われていた地球の美しさは完全に失われ、廃星一歩手前にまで追い詰められていたのだった。

 星喰いに激突された地球を目にしたニーナたちは、このような光景は何度も経験したことがあるのか、顔にえも言えぬ怒りの色をにじませながらも、皆一様に平然としていた。

 だが、星が、地球が、破壊された光景を始めて目にした裕矢は、ただ目の前に広がっている今の今まで想像だにしなかった光景に、ただ絶句して、言葉を失うほかなかったのだった。

 そしてニーナや裕矢たちが星喰いに激突された地球の凄惨な姿に見入っている間にも、自らの体を地球に激突させて、大気を先、空を海を大地を割り地球のコアを剥き出しにした星喰いが、今度は地球のコアを喰らおうと、ゆっくりと冬眠から目覚めたばかりのクマのように鈍重な動きであったが動き始める。

 星喰いの姿は星を喰らうという性質上。全身が頑強な鉱石で覆われている。

 そのためその姿はさながら松ぼっくりのようだったが、決して松ぼっくりのように木から落ちてただ地面に転がっているといった愛らしい行動をとるわけではない。

 なぜなら、星喰いとはその名の通り星を喰らうものだからだ。

 そのため星喰いは全身にある松ぼっくりのような岩盤を起用に動かしながら、地球のコアへとゆっくりと歩みを進めていく。

 そして、今や完全な無防備と化して、剥き出しになっている地球のコアの近辺まで近づくと、カパッと言った感じに何の予備動作もなく富士山クラスの山なら一飲みにできそうなほどの巨大な口を開ける。

 星喰いの口の中には、今まで数多くの星のコアを喰らってきたことを証明するかのようにして、一つ一つが小さな山ほどもある牙がいびつな感じで並んでいた。

 もちろん星喰い軒端は星のコアを喰らうためのものだ。

 そのためダイヤモンドなどの地球上で一番硬いと言われている鉱物すらいともたやすくかみ砕くことができる。

 そして星喰いが、巨大なあごをこれでもかというほど大きく開き、地球のコアに食らいつこうと襲い掛かってきた。

 今や星を守護すべき共存してきた文明の庇護はない。

 完全に無防備になってしまった地球にもうなすすべはなかった。

 すでに廃星一歩手前にまで追い詰められていた地球は、諦めたかのように自分が存在していた証のように弱々しい光を一瞬、放つ。

 地球のコアが『星喰い』に食われるぞと思われた瞬間。

 小型戦艦ナノグリフの艦内に突如として警報音が鳴り響いた。

『青の星より突如高エネルギー反応出現』

「あん? どういうことだ。青の星より高エネルギー反応だと? すでに青の星は廃星寸前のはずだぜ。この船のレーダーさっきの衝撃で壊れてんじゃねぇのかエリス」

 自分の座席であるサブシートにドカッと腰を掛けながら、目の前のコンソールの下に備え付けられている小型の冷蔵保管子から、チューブで吸い上げるタイプの飲料水を取り出すと、口元に持って生き吸い上げながら、AIであるナノグリフの上げた機械音声を聞いたジーンが声を上げた。

 ナノグリフとジーンの上げた声を聞いたエリスが手元のコンソール情lに映し出されているレーダーに一瞬視線を向けると、そこには今まで見たことがないほどの巨大なエネルギー反応が映し出されていた。

 なんだこの巨大なエネルギー反応は!? まさかとは思うが、あれが魔王か!? だが今の今までこんなものレーダーには映っていなかったはずだ。どういうことだ? だが確か惑星イシュラの時も魔王が攻勢に打って出てくるまで、奴の存在を誰も気づくことができなかったな。と冷静にそう考える。

 攻勢に打って出てくるまで? 心の中で自問自答していたエリスは何事かに感づくとはっとした表情を浮かべ、いつもの冷静な口調ですぐさま指示を飛ばした。

「ナノグリフ。すぐさま最大出力でエネルギーシールドを展開しろ」

『最大出力シールド。展開しまう』

 エリスの指示に従いナノグリフが船体の周りに最大出力のシールドを展開する。7「なにいきなり慌ててんだよ。ど~せレーダーの故障だって」

 迅速な行動をとるエリスを目にしていたジーンが、のんきに両手を平げ肩をすくめながら声をかけるが、エリスはそれには取り合わず、ただ目の前で起こっている出来事を確認しながら声を上げた。

「来るぞっ皆、何かにつかまれぇっ」

 エリスが声を上げた瞬間。

 地球のコアを喰らおうとしていた星喰いの体から、小さな戦艦ぐらいなら飲み込んでしまうほどの太さと威力を兼ね備えた何条もの赤き閃光が、まるで熟したホウセンカの種のようにして宇宙空間に撒き散らされる。

 撒き散らされた何条もの赤き閃光は、自らの進む先にある障害物を貫き消し去りながら、次々に宇宙の端々へと飛び去って行く。

 そして狙ったものかどうかはわからないが、宇宙空間に撒き散らされた中の一条の光が、小型戦艦ナノグリフに向かって迸り、真っ正面から激突した。

 無論、エリスの指示で最大出力のシールドを展開していたために、 小型戦艦ナノグリフ自体はシールドエネルギーを消耗しただけで済んだのだが、戦艦の内部は敵レーザー兵器と思われるものとシールドの激突により、まるで巨大な岩盤にぶつかったときのような衝撃を受けたのだった。

「くっそっなんなんだよこの衝撃波!?」

 裕矢がいきなり艦内を襲った赤い閃光と衝撃に耐えようと、必死に壁につかまりながら声を上げる。

「今はしゃべるな裕矢っ舌を噛むぞ!」

 声を上げている裕矢を見かねたニーナが叱責を飛ばす。

「くそっ一体何だってんだよ!」

「んなもん砲撃に決まってんだろ?」

 一人毒づく裕矢の質問に答えたのは、艦内の揺れに全く動じずにサブシートに座り、ゆうゆうとストローのようなもので飲料水を飲みながら戦況をうかがっていたジーンだ。

「砲撃!? 砲撃って何なんだよ!?」

 いきなり砲撃という言葉を耳にして、取り乱したような声を上げる。

「だからよ、この艦は攻撃を受けてんだよ」

 聞き返してくる裕矢に対して飲んでいた飲料水をズズズズズ―と一気に飲み干しながらめんどくさげにジーンが答える。

「マジかよ」

 裕矢の呟きに対して、ニーナが艦のガラスから見える外を見つめながら答える。

「ああ、ジーンの言っている通り、我々は今、何者かからの攻撃を受けている」

「何者かからって?」

「それはまだ確定していない。まぁおおよその見当はついているがな」 

 ニーナの言葉を引き継いで、エリスが裕矢の方を振り向き答えた。

「どうやら収まったようだな」

 シールドとぶつかった赤い閃光が霧散したのを確認したエリスが声を上げた。

『敵砲撃終了した模様。シールド解除します。シールド出力70%低下』

 エリスの声の後に小型艦のAIであるナノグリフの声があがる。

「で、エリス。俺たちに砲撃を加えてきやがったバカはどこのどいつだ?」

 ジーンが飲料水を飲み干してからになった容器を、コンソール下のダストシュートへと放り捨ててから、エリスのいる後方を振り返り問いかける。

「今にわかる」

 呟いたエリスが砲撃の放たれたと思われる青の星に視線を向ける。

「みてぇだな」

「ああ」

 ジーンとニーナの二人も言葉を交わし合った後、エリスの視線と同じく砲撃が来たと思われる青の星へと視線を向けた。

 青の星に視線を向けた三人の視界に入ってきたのは、こちらを狙って砲撃を加えてきたと思われていた星喰いの姿ではなく、先ほどの閃光で巨大な穴だらけになった星喰いの体を飲み込もうと蠢いている。いつも何か青の星から生えた得体のしれないアメーバのような黒いエネルギー体の姿だった。

 この様子からして、どうやら先ほどの攻撃はエリスたちを狙ったのではなく、星喰いの真下にいた何者かが、足元から星喰いを撃ち貫いた流れ弾のようだった。

 星喰いを撃ち抜き生命活動を弱まらせた青の星は、星喰いの持つ莫大なエネルギーを取り込もうとでもいうのか、星から見たこともない黒いエネルギー体でできている巨大な触手を星喰いへと伸ばして絡みつく。

 無論星喰いもただの岩石の塊でなく動く生命体宇宙怪獣だ。そのため自らを取り込もうとする青の星に対して抵抗を試みるが、全身を撃ち抜かれた星喰いに、青の星が出す黒い触手に抗う力は、もはや残されていなかったのだった。

 そのために小惑星ほどもある星喰いは、小一時間ほどの間に黒い触手に完全に包み込まれてしまっていた。

 艦のブリッヂから、闇色の触手に絡みつかれる星喰いの姿を見下ろしていたエリスが声を上げる。

「もはや疑うべくもないな。この青の星が魔王だ」

「青の星が魔王だと!? マジなのかエリス!?」

 いきなりなエリスの発言を耳にしたジーンがその場で立ち上がり大声を上げる。

「ああ、先ほど我々が受けた赤色レーザークリムゾンによる攻撃といい。ナノグリフのレーダーが、青の星に魔王の反応を示していることといい。青の星を魔王と断定するには十分だ」

 エリスの発言を聞いたジーンが、思わず立ち上がりながら再度問いかける。

「エリスッ間違いないのかよ!」

「これだけ青の星が魔王だという証拠が挙がっているのだ。十中八九間違いないだろう」

「ちぃっ俺たちが救おうとしてた青の星が魔王だったってのかよ!」

 思わずダンッと、コンソールの設置されている土台を叩き青の星を睨み付けるジーン。

「ジーン。その言い方には語弊がある」

「あん?」

「青の星が魔王だったのではなく、魔王が青の星の神器を喰らおうと青の星を侵食しているといった方が正しいだろう」

「んなもんどっちだって関係ねぇ! ようはあの青の星が魔王だってことだろうが!」

「ああ、間違ってはいない」

 エリスが星喰いを喰らおうとしている青の星に目を向けながら、ジーンの問いかけを肯定する。

「マジかよ。あれがニーナが言ってた魔王?」

 二人の会話を聞いていた裕矢が今の今まで自分の育ってkチア地球を見つめながら呟いた。

「ああ、魔王は星に寄生することができる。残念だが裕矢。お前の母星はすでに手遅れだったようだ」

 ニーナが青の星に寄生した魔王を睨み付けながら苦虫を噛み潰したように言っていると、エリスの発言を聞いていたジーンが体を震わせながら身の内に秘めたる荒ぶる激情を、怒りを、抑えられないとでもいうように怒号を上げる。

「ここで会ったが百年目だ! あの野郎!! ぶっ殺してやる!!」

 怒号を上げたジーンは、すぐさま座席に飛び込みナノグリフを急発進させようとする。

 長年の付き合いでジーンが一時的な感情に流される直情径行型であることを知っていたエリスが、素早く座席を立ち上がると、ジーンに駆け寄りその肩に手をかける。

「待て、ジーン。どうするつもりだ」

「決まってんだろがっ仲間たちと俺たちの母星の仇である奴をっ魔王の野郎をっ俺のフルバーストでぶっ潰す!」

 怒りのままに声を荒げ、感情の赴くままに行動に出ようとするジーンをエリスが止めに入る。

「待てジーン。はやるな」

「待てだと!? エリスてめぇっあいつが俺たちや仲間たちに何しやがったのか忘れちまったってのかよ! あいつのせいで俺たちの母星が滅び仲間たちが何人死んでると思っていやがる!」

「わかっている。だが冷静になれ」

「冷静になんてなれるわけ……」

 ジーンが今仲間や自分の母星の敵討ちという激情に駆られ周りが見えなくなっている。そう思ったエリスが何の前触れもなく思いっきりジーンの頬を張った。

 パーンッという乾いた音が船内に鳴り響く。

「エリスッてめぇ!」

 いきなり頬を張られたジーンが激高しながら立ち上がり、エリスの胸ぐらをつかみ上げるが、エリスはまったく臆することなく口を開いた。

「激情に身を任せ取り乱すなと言っている」

「取り乱すなだと!? これが取り乱さずにいられっかよ! 長年の敵が目の前にいやがんだ! 今なら俺の手で仲間の仇が討てだよ! こんな絶好機逃す手なんてないだろうが!」

 フーッフーッフーッフーッと、肩で荒く息をしながら己の激情をぶちまける。

 だがそれでもエリスは冷静に切り返す。

「何もお前だけが奴に怒りを覚えているわけではない。ただ冷静になれ、冷静にならないとほんのわずかな勝機も見逃すことになる」

「ならどうすりゃいいってんだよエリスッ!」

 目を血走らせ叫ぶジーン。

「まずこの場はいったん引き、予定通り本国かレヴァティーン艦隊に連絡を取るしかあるまい」

「な!? エリスてめぇっ目の前に仲間たちの仇がいるってのに逃げるっていうのかよっ!」

「ならばどうするというのだジーン。現時点で最強の火力を誇るお前のフルバーストは星喰いにすら通用しなかったのだ。その星喰いをいともたやすく捕食した魔王に、現時点でお前のフルバーストが通用するとでもいうのか?」

「んなことやってみなくちゃわからねぇだろうがっ勝てねえまでも仲間達のために死んでも一矢報いてやるぜ!」

「ジーン。残念だが現状の我々の装備では、たとえ捨て身で挑んだとしても、一矢報いるどころか無駄死にするのが関の山だ」

「エリスッんなこたわかってんだよ! それでもなぁ仲間や母星の仇を前にして何もせずにこのまま引き下がるなんてできる分けねえだろうが!」 

「ジーン。お前の気持ちもわからなくはないがやめておけ」

 二人の言い争いをはたから見ていたニーナが、このままでは収まりがつきそうにないなと思い二人の間に割って入り、エリスの胸ぐらをつかんでいるジーンの肩に軽く手の平を乗せて落ち着かせようとする。

「ニーナ。てめえ本当にわかってんのか!? このまま奴を放っておいたら、太陽系はおろか銀河中の星々が魔王の奴に神器を食われて惑星爆発を起こしたわけでもないのに廃星になっちまうんだぞ! 俺たちの母星みたいなのが無尽蔵に増え続けるんだぞっ俺たちの力じゃかないませんでした。逃げますってわけにいかねーだろーがよ!」

 ジーンはエリスの胸ぐらを離しながら、今度は二人の言い争いを止めに着たニーナに食って掛かる。

「ジーン。わたしにもお前の言いたいことはわかる。わかるが現実を認めろ」

「うるせぇっ」

 止めに入ったニーナとジーンの間でさらに激しい言い争いになろうとしていた。

 そんな中なぜか裕矢は一人冷静だった。

 なぜこのとき裕矢が冷静だったのかはわからない。たぶん大切な幼馴染と家族。そして故郷である地球という名の母星を、すべてを失い。もう裕矢には失うものなど何もなかったから、冷静でいられたのかもしれなかった。

 そしてジーンが発した惑星爆発という言葉をきっかけに、裕矢はある日の帰り道。秋菜が熱心に話していた話を思い出していた。


「も~ゆうちゃんもったいないよ~」

「お星様のこと」

「せっかく宇宙学の先生があきとゆうちゃんの大好きなお星さまのお話してくれてたんだよ? それを聞かないでお昼寝しちゃうなんて」

「なんだってことはないよ~今日の授業っほんっとに面白かったんだから~っ」

 秋菜がプンプンと言った感じに食い意地のはったり巣のように頬を膨らませながら言ってくる。

「あ~ゆうちゃん。あきのこと信じてないでしょ?」

「絶対信じてない。よ~しこうなったら、いかに今日の授業が面白かったかをあきがゆうちゃんに教えてあげる」

 言うと、秋菜は裕矢の隣を歩きながら話し始めた。

「まずあきが一番驚いたのはね……」

 で、この後自称星オタクの秋菜の話は、学校からの帰りの道中。今日の授業で宇宙学の教師が熱心に語っていたビッグバンがどうたらこうたらとか、もし地球がビッグバンを起こしたら太陽系が吹き飛ぶ。みたいな話を裕矢は延々と聞かされたのだった。

 ビッグバンを起こしたら太陽系が吹き飛ぶ。

 その言葉を思い出した裕矢ははっとした顔をする。

 そうだっビッグバンだっ

 あれならもしかしたら何とかなるかもしれない。

 もう失った家族や友人。幼馴染の秋菜は戻らない。なら、俺にできることは? 秋菜や父さん母さんの好きだった星々を守ってやることぐらいなんじゃないのか? なら、やるべきことは決まってる。

 裕矢が一人決意を固めているころ。小型戦艦ナノグリフのブリッヂでは、さてどうしたものかとジーンを見つめながらエリスが考え込んでいる。

 ジーンは星喰いを取り込もうとしている魔王を睨み付けている。

 二人の言い争いに割って入ったニーナは、これからどう二人の言い争いを治めようかと考えを巡らせていた。

 そんな中、一人冷静に事の成り行きを見守っていた裕矢がエリスに向かって声をかけた。

「エリスッて言ったっけ?」

「何か質問か」

 裕矢に言葉を投げかけられたエリスが、ジーンから視線を外して裕矢を見つめる。

「ああ、あの魔王ってのをこのまま放っておいたら地球は、宇宙はどうなっちまうんだ?」

「魔王に星の神器を奪われた青の星は、生命の住めない廃星となる。そして、青の星を足掛かりに、いずれ太陽系にあるすべての星々が魔王に神器を奪われ太陽系そのものが、生命の枯渇した死の世界となるだろう。そしてその魔手は、いずれ全銀河に数多存在する星々に及ぶ。もし仮にだが、このまま誰も魔王を止めることができなかった場合、全銀河に生命の住める惑星が存在しなくなる」

「そっか」

「地球の皆は残念だが……」

 ニーナが慰めの言葉を口にする。

「ああ、わかってる」

 湿っぽい空気が流れる。

 もう失ったものは戻らない。ならあとは今あるものを失わないために行動するだけだ。

 そう決意した裕矢は、強い意志を宿した瞳でエリス。ジーン。ニーナ。の方をまっすぐに見据えながら意を決して口を開いた。

「一つ。俺に考えがある」

「考えだとガキがっ子供の遊びじゃねぇんだぞ!」

 かなり気が立っているジーンが、裕矢のもとに歩いていくと、その胸ぐらをひっつかんで荒々しくがなり立てる。

「あんたは黙っててくれ」

 これからどうすべきか、すでに決断を下している裕矢は、自分よりかなり背丈の高いジーンに凄まれているというのに、一切臆することなく答えた。

「なんだとこのガキが!」

 ジーンが裕矢の胸ぐらをつかみ上げながら凄んでくるが、ニーナがジーンの名を呼びながら腕を掴み引き離そうとする。

「ジーン」

「ニーナッはなせよっ」

「いいから裕矢の意見にも耳を傾けてみろ」

 ニーナがジーンを真剣なまなざしで見つめる。

「はっこんなガキに魔王をどうにかできるってのかよ?」

 ジーンが裕矢を見下ろしながら、心底バカにした口調で言った。

「そうは言っていない」

 ニーナがいったん言葉を切り、裕矢の瞳。そこに宿った強い意志の光を見つめる。

「だが」

「だがなんだよ」

「今魔王に侵略を受けているのはほかならぬ裕矢の母星だ」

「だからどうしたと」

「かつてわたしたちが受けた苦しみを裕矢も今、受けている」

「だがよっこんなときにっ」

「こんなときだからこそだ」

「話を聞くくらいかまうまい」

「エリス……」

「だが、あまり時間もない。本題のみかいつまんで説明しろ」

 二人に見つめられたジーンは、ちっと舌打ち一つして引き下がった。

「すまなかったな裕矢。続けてくれ」

「ああ、俺も悠長に話してる時間はないと思う。だから本題のみ言わせてもらう。俺に、一つ提案がある」

「提案?」

「ああ、魔王ってのはこの戦艦の主砲を使っても倒せないんだよな」

「ああ、それは間違いない」

「なら、もっと物凄い威力のものを使ったら倒せるんじゃないのか?」

「まぁそれは確かにそうだが、そんなエネルギーどこに……」

「菜ぁ奴を星の爆発に巻き込んだらどうなる?」

「ビッグバンか、それならば」

 裕矢のたった一言に、三人ははっとした表情を浮かべると、自分たちには考えもつかなかった策を口にした裕矢の顔を見つめる。

「なんか俺変なこと言ったか?」

「いや、本来星を守護する我々にはない発想だったからな。少々驚いていただけだ。それにしても魔王の奴をビッグバンに巻き込むというわけか、やってみる価値はあるかもしれないな」

「だけどよエリス。惑星イシュラでレヴァティーン艦隊が奴を逃がしたときみたく、また前回みたく逃げられたらどうすんだよ?」

「いや奴も完全には逃げきれなかったのだろう。だからっこんな辺境にまで来て人目をはばかり回復に努めていたのだからな。それに星喰いを身の内に取り込もうとしている時点で、奴が完全に回復していない可能性が高い」

「だけどよ、奴の時空間転移は厄介だぜ。転移対策でもねえとよ?」

「問題ない。この前の惑星イシュラでの爆発と違い。死の星の爆発と生きている星の爆発のさ。神器が現存するかしないかのさ。今度のは惑星イシュラの数十倍の力を有する力溢れる星のエネルギーを爆発させて行うビッグバンだ。たぶん。物凄い磁気嵐が起き転送、つまりさすがの奴も急速ワープは無理だろう」

「だとしてもビッグバンなんかどうやって起こそうってんだよ? レヴァティーンの惑星破壊砲でもあるならともかくよ」

「確かにな」

 ニーナが相槌を打つ。

 エリスがむき出しになっている地球のコアを見て何でもないことのように言った。

「問題あるまい。星喰いが青の星に衝突した折、剥き出しになった青の星のコアを直接叩く」

「奴がわたしたちに与えてくれた千載一遇の好機という奴だな」

 エリスの言葉を聞いたニーナが返事を返す。

「魔王の奴。墓穴を掘ったってわけかよ」

 ジーンが嬉々とした表情を浮かべr。

「ああ、しかも幸いなことに、奴は星喰いを捕食するのに夢中で、今我々の存在に気付いていない。そのため我々には二つの選択肢がある」

「二つの選択肢?」

「まず一つ目は、この場からいったん逃げ出し本国に通信の通じる安全な宙域に移動してから、本国と連絡を取り艦隊を派遣してもらう。この場合魔王が星喰いや青の星のコアを取り込み完全に回復してしまう可能性が非常に高い。だが本国のレヴァティーン級の戦艦を何隻も投入することができるために、確実に魔王を討伐する可能性が高まる。だがこの選択肢を選んだ場合、本国から艦隊が到着するまでかなりの日数がかかってしまうだろう。魔王討伐用の主力級の艦隊の編成。そしてこの銀河の端に位置する青の星への移動に時間がかかるからな。そしてそれだけの時間を魔王に与えてしまった場合。星喰いや青の星の力を取り込んだ魔王は太陽系全土を支配下に置いてしまうだろう」

 エリスの提示したあまりに壮大な選択肢に一つに、この場にいた誰もがゴクリと生唾を飲み込んだ。

「そして二つ目は、本国と連絡を取らず先の裕矢の提案通り青の星の惑星爆発、つまりビッグバンを使って我々だけで惑星イシュラでの戦闘で疲弊していると思われる魔王を直接叩くことだ。こちらは失敗すれば確実に死ぬ。だが成功した時えられるものは限りなく大きいハイリスクハイリターンだ。だが我々ならばやれると思っている。本国と連絡を取り戦力を整えるか、この機に乗じて攻勢に打ってでるか、前者をとるか後者をとるか、ジーン。ニーナ。いつものようにお前たちの意見を聞かせてもらおう」

 重要な案件を決めるとき、エリスは長年の友であり戦友である二人に必ず意見を求めてきた。

 そのため今回の選択もまた友である二人の意見を求めてきたのであった。

「んなもん決まってんだろーがエリス。なぁニーナ」

 交戦的な性格をしているジーンは、これからどうすべきかはすでに決まっているとばかりに、嬉々とした表情を浮かべながらニーナに声をかける。

「ああ、わたしも今回ばかりはジーンと同意見だ。エリスはどうなんだ?」

「私もこのまま奴を野放しにはできないと思っている」

「ってことは今回は久々の三人一致ってことでいいだよな?」

 ジーンがエリスとニーナの二人が、自分の意見に賛同したことに嬉々とした表情を浮かべる。

「それで問題あるまい」

「ああ、あとは裕矢。お前次第だ。それで構わないなジーン」

 ニーナがジーンの人いをまっすぐに見つめていった。

「ちっ仕方ねえか、今回はそいつの提案だしな。それに壊そうとしてんのはそいつの母星だ。それでいいぜ」

 ジーンがニーナの提案に了解の意を示すと、三人が裕矢の方を振り向く。

「逃げるか。戦うか後はお前が決めろ裕矢」

 三人のヴァルキリーの瞳が青の星最後の生き残りである裕矢の瞳を見つめる。

 最終的な決断をいきなり迫られた場合。大抵の人間は迷い悩み、そして最終的に自己を守る道を選ぶはずだ。守るものがあればあるほどその選択をする人間は多いだろう。だが、今の裕矢には守るべき家族も友人も幼馴染である秋菜もいない。皆、魔王に滅ぼされた。魔王に殺された。

 なら、どうすべきか? 裕矢の中で答えはすでに出ていた。

 だが裕矢の中にも迷いは存在していた。

 今まで家族や友人と共に生き、共に過ごした地球。

 幼馴染である秋菜との思い出の詰まった家。近所の公園に学校。そしてよく星を見ながら帰った通学路。全ての思い出が、裕矢の肩にのしかかってきた。

 そう地球を壊すということは、二度と会えない家族や友人、幼馴染の秋菜との思い出の場所を、思い出を壊すと言いうことだからだ。

 だがそれでも今自分のすべきことは決まっている。あのとき俺は秋菜を護れなかった。だから今度こそ秋菜の大好きだった宇宙の星々を守ってみせる。きっといつかどこかで秋菜と再び星空を見ながら歩くために。 


「ニーナ」

「結論は出たか?」

「ああ」

「ならば聞かせてもらおう。どちらを選ぶにしろ地球人。我々は青の星唯一の生き残りであるお前の意思を尊重する。それで構わないな。ジーンニーナ」

「俺としては魔王はこの手で倒してえ! が、星の最後の生き残りであるお前の意思は尊重するぜ」

 ジーンが裕矢の瞳をまっすぐに見つめながら答える。

「わたしもそれでかまわない」

 ニーナも返事を返した。

「では地球人……いや確か裕矢とか言ったか? お前の決断を聞かせてもらおう」

「俺は家族や友人。秋菜との思い出のあるこの星を守りたい」

「やはりそうなるか」

 エリスが淡々とした冷静な口調で答える。

「だよな。ま、自分の母星を壊そうってんだ。誰も賛成する奴なんかいやしないよな」

 ジーンは意気消沈した声音で答えた。

「それでいいんだな裕矢?」

 ニーナが再度問いかける。

「けど、俺は思い出は思い出として、ここに大切にしまってある」

 裕矢がそこに大切なものが詰まっているとでもいうように、自分の胸に軽く手を当てる。

「だから、今俺のやるべきことは父さん母さんや秋菜たちの好きだったこの銀河中に広がる星々を守りたい! だからっ俺はニーナ。エリス。ジーン。あんたたちと共に魔王と戦う!」

「ってことは……」

「ああ、地球のコアを破壊してビッグバンを起こそうと思う」

「よく決断しやがったな」

 ジーンがバシバシと裕矢の背中を力強く叩く。

「だが裕矢。本当にそれでいいのか?」

 ニーナが再度問いただす。

「ああ、ここで思い出を守って。守れるものを守らないでいるとさ、いつか秋菜にあったときに思いっきり怒られそうだからさ」

 笑みを浮かべる。

 それは無理やり出した笑みではなく。心の底から今はいない幼馴染で、星好きの秋菜という少女に向けた微笑みだった。

「そうか、わかった。エリス」

 裕矢の決断を聞いたニーナがエリスの名を呼ぶ。

 エリスはコクリとニーナの言葉に頷くと、星喰いを喰らうために広げた魔王の黒い触手によって、元の美しい青でなく黒く染まってしまった地球を見つめながら宣言する。

「では我々はこれより青の星。否、魔王の浸食によって黒の星、ダークスターと化してしまった地球に救った魔王を掃討するためダークスターのコアを破壊し、ビッグバンを巻き起こし魔王を破壊する」

 魔王に浸食され見る影もなくなってしまった青の星、地球の呼称を変えたのは、自らの住んでいた母星を破壊する決断を下した裕矢に対するエリスなりの気遣いかもしれなかった。

「後の問題は、どうやってビッグバンを越させるかだが……」

「んなもん決まってんだろ~がエリスッ前に惑星イシュラでレヴァティーンがやったみてえによ、俺のフルバーストで星を貫いて惑星爆発を引き起こしゃいいんだよ!」

「無理だな」

「ハァ? 無理だと!? どういうことだよエリスッ!?」

「星を直接攻撃し、惑星爆発を起こさせる場合。星を貫くほどの圧倒的な火力が必要だ。残念だが星喰いすら貫けなかったジーン。お前のフルバーストでは圧倒的に火力不足だ」

「ならそうするってんだよエリスッ」

「火力が足りなければ、それを補ってやればいい」

「補ってやる?」

「ああ、つまりエリスは、ジーン。お前のフルバーストでも星のコアを破壊できる距離まで近づき、至近距離で星のコアにフルバーストをくらわそうと言っているんだ」

 ニーナがエリスの言葉を引き継いで説明する。

「そういうことだジーン。本国やレヴァティーン艦隊の支援が受けられない今、星のコアを破壊するほどの火力を得るにはそれしかあるまい。私とニーナでダークスターのコアを直接狙える位置にまで艦を移動させる。それまでジーン。お前は力を温存しておけ」

「おうっ」

「ニーナ。私はナノグリフとリンクし、ジーンがコアを狙うのに最適な宙域とそこに至る航路を索敵し検出する。ナノグリフのシステムもそちらを優先左折。舵の方は任せたぞ」

「了解した」

 ニーナの返事を聞いたエリスは素早く行動を開始した。

 まずエリスが手始めに行ったのは、小型戦艦ナノグリフとの『生体リンク』だ。

 それによりナノグリフが得ている情報を引き出しながら、船の高度な演算処理機能とレーダーを使って、ダークスターのコアを臨海に至らしめるに足りない火力を補える距離を瞬時に計算するとともに、星のコアを狙い撃つのに最適な座標軸を割り出し、そこに至るまでの最適な航路をニーナの前面モニターに転送する。

 ニーナはエリスから送られてくる航路に沿って、ナノグリフの操船を開始した。
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