森人の焔

魚犬

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二話

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「おお! ダルド・アンか。逞しくなったのぉ!」
「お久しぶりです。村長。」

 混雑して居た人混みが道を開ける。
 其処を通るのは、ダルド・アンと呼ばれる男性。
 そしてその目先には、木箱に座っては此方を睨み笑うご老人。
 白く長い髪を後ろで縛り、顎に伸びた髭も紐で縛る肌白い老人。毛皮のポンチョと手編みのセーター、そして毛深いパンツ。此処の伝統的な服装だ。
 老人の癖に全く衰えない筋骨隆々な身体には、何かで引っ掻かれた傷跡が多々ある。自然界で長く生き抜き、そして無事に帰って来た勲章とも言える証だ。

「五年も居なかっただけで、まだ生きて居るとはね。いつでも葬式に出られる様に、花を買った私の苦労は何だったのやら……」
「はっはっは! 老いたとは言え、まだまだ死にはせんぞ!」
「………ふふ。流石は村長、敵いませんね……」

 周りの人達は此方を見ては、ダルドか? あの熊殺しのか!? と声が聞こえる。
 そんな声を村長も聞くと、懐かしいなと一声する。

「熊殺しのダルド、か。村に襲いかかった巨大な熊を、一丁の銃と剣で戦え抜き、見事倒した森人の英雄よ。よくぞ帰って来たな………」

 村長はニッコリと微笑むと、小さな子供達がダルドを囲んで集まりだし、国の話しを聞かせて! 連呼する。
 あぁ、本当に帰って来たのだ。
 我が故郷、森人の村。
 子供達はダルドの手を引っ張り、何処かへ連れて行こうとすると、村長が立ち上がる。

「待て待て子供達。ダルドには、まずは森人の掟と歴史を話さなければならんのだ!」
「えぇ! 村長の話長いから、こっちが先!」
「ダルドは五年も里を離れたのだ。暫く見ないうちに掟を忘れられると、此方としても顔が上がらんからな!」

 村長のその言葉に、周りの人達はそれもそうだ! と言い笑う。
 ダルドは少しばかり頬を赤らめて広間を後にし、村長と共に、他のテントとは二倍程違う大きなテントに入る。
 テントの中は暗く、何処に何が在るかすら把握出来ない。

「森の神に、光あれ!」

 村長は片足を上げると、その場で強く踏みつける。
 するとどうだ?
 村長の足裏から根太い光が現れると、地べたの凡ゆる処に枝分かれに広がり、一瞬にして部屋全体を明るくするではないか!

「さて、まずは座って待ってくれ。今お茶だす」

 テントの中が明るくなると、様々なものが見えてくる。
 まずは此のテントを支える柱だが、此れは木だ。木と言っても、木製の柱ではない。まるで其処らに生えていた木に布を被せた状態なのだ。
 そして立派に伸びた枝は、布を少し持ち上げて部屋を広くさせる。然し、其れだけが此の自然の柱の役割ではない。
 他の枝にはフライパンに包丁、ナイフにフォーク、毛皮の服装や銃がぶら下がって居る。
 そして更に上には枝で作られたハンモックがある。
 見るからにどれもこれも自然が作り出した、かなり変わった家だ。
 然し其れは外での話だ。此の村では当たり前の様な習慣である。
 円状の部屋の真ん中に進むと、土の床からひょっこりと小さな芽が出てくる。そして其れは急速な成長を遂げて、ぐるぐるキャンディーの様なテーブルが完成する。
 ダルドはテーブルに近づき、何もない処で座ろうとすると、此れも急速な成長を遂げた植物が、実に座り心地の良い高さの椅子に形状する。

「国に行ってからは、村の当たり前が世界の当たり前と見てたっけな」

 国の酒場に行っては、何故テーブルが出ない? 何故椅子が出ない? と可笑しな発言をして、仕事仲間を困らせた事を思い浮かぶ。
 そんな昔の自分に少し微笑をすると、村長が木製のコップを二つ持って来た。

「何かいい事でもあったか?」
「いえ、唯昔を振り返ってただけです……」
「そうか。まぁ、取り敢えず飲め」

 コップの中身は、緑色をした液体に葉っぱを一枚浮かばせる。
 少しばかり飲むだけで、懐かしいお茶の味。口に広がる独特の苦味、鼻腔に透き通るミントの香り、胃の隅々までに染み渡る暖かさが、涙をこみ上げそうになる。
 少し飲むくらいが、気がついた時にはコップの中は空っぽになって居た。

「はっはっは! おかわりするかい?」

 村長の問いにコクリと頷き、コップを差し出す。

「お前さんも、此の味だけは忘れない様だな」

 当たり前だ、と口にしない思考を何度でも繰り返す。

「此れは、妻が作ったレシピだからな。忘れる筈がない」
「あぁ。あんたの嫁さん、ミルタナには皆んな感謝して居るよ。美味しい料理を作っては、皆んなに分け与えて、喜んで居たからな」

 ダルドは涙を一滴、頬に流れる。

「私の名前、顔、過ごして来た日々を忘れてしまうなんて。そしてその絶望を忘れてたい一心で此の村を出た事を、お許し下さい………」
「ダルド。確かにミルタナは村の掟を破ったが、誰も責めはせんよ。実際、儂らも酷く傷ついた」
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