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Dom≒Sub/嘘

15/離脱症状

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 ―――……優輔に会いたい。




 その思いが届くことない閉鎖的な空間で、優輔は首輪に繋がれご主人様の帰りを待っていた。
 (ここ、どの辺なんだろう…)窓の外を見ても特徴のないビルが並ぶ景色に住所もわからず、空腹からゼリーを飲んで排泄はシートの上でするように言われたが、自分には本当に人権が無い事を思い知る。

 ホテルから出た後、横付けして来た車の窓が開いて愛に睨まれた時は足が竦んで動けなかった。
 助手席に乗せられ向かった先がここで、抗原検査の結果は陰性。そして「誰と居たのか?」黙秘を貫くと首輪をつけられ、この部屋に閉じ込められた。

 「ちょっとは外の世界を見てわかっただろう。峰睦の存在を…」

 長いリードの先に南京錠が降りて、冷淡な笑みを浮かべる愛はこう告げた。

 「俺が死ぬほど後悔させてやる」

 死を過程とするたらればをどれだけ考えても自分には実行できない。
 夢にみた高校受験から先の将来も、全て失った、今の優輔が頼りにできるのは峰睦だけ。どれだけ辛い言葉を投げかけられても、初めて出会った時の優しさと峰睦みねちかの香りが忘れられない優輔はひとりぼっちで暗い部屋の隅に横たわっていた。

 「……、………、優輔」

 名前を呼ばれて起き上がると飲み残したゼリーのパウチを手に取る、愛が居た。
 か弱い声量で迎える優輔は寒さから自分の体を抱きしめて震える唇を噛んだ。理不尽にも生意気だと乱暴をされて悦の限りを飽きるまで続けるのか、それとも…不安からこぼれた涙は温かく、凍てつく自分に滴る。

 「お前、こんなものしか食べないと死ぬぞ」
 「でも先生が…」
 「これは性的欲求を満たす時に用いる整腸剤の効果があるファスティング(断食)で食事ではない。お前を抱く理由が無い俺に対して、セックスする為の器に成り代わる意味は?」

 寝起きの頭に詰め込まれる具体的な言葉の足し算に畳みかけられる。
 相手に付入る隙を与えない、愛の巧みな話術に返事しか許されない優輔は久しぶりの食事に在り付く。
 ゆでたまごを散りばめた野菜のサラダ
 優しい味のスープには、フォークの先でほどける骨付きのチキンと根菜…
 それだけでも十分なのに、温かいローストビーフを切り分けてくれる愛の器用な手付きに見惚れる。

 「一条さん、料理上手ですね」
 「俺を褒めてどうするつもりだ」
 「お店のごはんみたい。これ、最期の晩餐ですか?」
 「……死にたいのか」

 肉汁が滲み出るローストビーフを見つめて、フフッと笑う。
 一条の言葉が正しければ、優輔は後悔に苛まれながら死ぬことを約束されている。
 峰睦がどんな人かも知らず、壬生みぶに言われる儘セックスを求めるはどれほど稚拙で滑稽なものであったか、誰かに笑われ、蔑まされても、優輔は何ひとつ返す言葉もみつからない。
 心を折って認めることでしか、自分を示すことができなくなっていた。

 「死ぬ前に、荒木田さんに謝りたい…」
 「どうしてだ?」

 嘘を…言いかけて愛が先手を打つ。その内容は優輔が想像するよりもずっと深刻で、建設的な考えを早急に求められるものであった。

 優輔と出会って、ひと月。

 初めてのお手付きから程なくして峰睦は体調不良を訴えていた。
 精神的な不安から来る"よくある嘘"ならモチベーションを維持する為に取り計らえばいいのが、普段は明るく振る舞う内向的な峰睦の心理に根差す病を一条でさえ気付かず事態は悪化。このままでは健康上の都合で仕事を辞退しなければならない危機に瀕して、カウンセリングを受けると…

 離脱症状の診断に驚きを隠せなかった。

 「精神が不安定になると興奮状態が続いてセックスに耐久性が出る。絶倫ともいうが、過酷な労働に取り組むことで自分の存在に疑問を抱かないでいられる途方もない時間に峰睦が何を心に蓄えるか?お前は想像できるか」

 動揺からフォークの先が震えて、握り直す。
 いわんとしている事はわかる。でも優輔はそれ・・を的確に表現することで叱咤されるのでは?不安が過り、幼さを盾に理解ができない素振りを見せた。

 「Dom故の悩みや症状を痛み分けしてやれるのなら…峰睦の為なら、俺は何だって出来る。だから正直に言ってくれ。優輔、お前は何者なんだ?」

 これが嘘でも、事実でも…
 峰睦との間に何も残せないのなら、自分が被験者だと明かしてもいいのでは?
 苦渋の決断を迫られる優輔は言葉を飲み込んだ。

 「離脱状態はいずれ治まる」
 「そ、そうですか…よかった」
 「お前がもしSubではない・・・・としたらフェロモンの副作用で不幸な事故に遭わないよう配慮して欲しいと言付かった。峰睦の気持ちを察してくれ」

 (俺のこと気にしてる場合じゃないのに、なんで…)

 耐え兼ねた感情が涙に変わって溢れ出す。
 嘘つきは泥棒の始まり
 峰睦の優しさを盗み取りながら嘘を重ねてきた、優輔の罪深さが裁かれた出来事であった。




 「荒木田さんに会わせて、お願いします」



 
 涙ながらに懇願する優輔の気持ちを汲む、一条もまた峰睦への想いを募らせていた。
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