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幽韻之志
62/星々を架ける虹と、聲。
しおりを挟む「ベビーシッターが付き添いでいらっしゃることは珍しくありませんが、授業内容については保護者の方にお手紙を出しますので必ず目を通して頂けますか。それから…」
電話で済むと思っていた連絡事項がまさか面談になるとは。
随分と手厳しい園長と手際はいいが笑いもしない担任からプリントと黄色い動物の形をしたバッジを受け取り、ベビーシッターの世間的な立場を思い知らされる。
来る初日、慣らし保育のプログラムで保護者同伴ホールで1時間遊び、その後は歓談の流れを確認して玄関に手を繋いで入れば俺の出で立ちに好奇の視線が集まる。
染色体異常で体毛や肌が白く、背格好も子供のようで大人には見られない。着物姿で品がいいわけでもない俺がなぜ令嬢の世話役なのか?不審に思われて当然だ。
「お嬢様、お履き物を変えましょうね。私の膝におかけください」
あおちゃんは周りにいる大人たちから視線を外して、白いバレーシューズに履き替えてまた手を繋ぐと出迎えの担任がこの間とは打って変わった明るい笑顔で挨拶をして中に招く。
表情が強張っている。
あおちゃんは人の心の声や未来が視える、能力者。
おそらく声が津波のように連なって聞こえているのだろう。
社会に出る為の第一歩にここを選んでみたものの、体調に障る様なら見極めて帰るつもりだ。こんな小さな子供に無理強いをさせることはできない。
周りの子は活発で目の前に開けたホールに走っていき、用意されたボールや絵本の棚を気にしてはしゃいでるがあおちゃんは落ち着き払った様子で俺の隣で正座をしていた。足を崩すよう、何度も促したが返事もせずにじっとしている。つんつんされて視線の先を見ると、担任が来て保護者ら説明を始めた。
幼稚園の生徒は一律で「お友達」手洗いは指定の場所で、体調が悪くなった際は声をかけた後で…
また、つんつんするあおちゃんが指文字で知らせる。
ー―ー た・す・け・て ―ーー
ホールに座る列から少し離れた所にいる親子の様子が他とは違う、月齢より幼く見える男の子が泣いて母親があやしながら複雑な表情でいる。床に降ろすと急に走り出そうとする男の子の腕を抑えながら、周りから声をかけられる母親は耐えかねた表情に変わり荷物を置いてその場を立ち去った。
あれは…大丈夫なんだろうか。
大きな声を出して無邪気に走り回る、プレの子供たちとは対照的に俺の膝に座って絵本を熟読するあおちゃんは何度か声をかけられたが見向きもせず、返事もしない。
「お友達と遊びませんか?家には無いおもちゃもたくさんありますよ」
おだんご頭が揺れる程度に首を振る大人しさにぞっ…としながらこれには何か理由があると察して、むちむちな膝下ハイソックスを手直し読み終わった絵本を重ねると、目の前に走った来た女の子に誘われて小さな子供達が集まる輪の中へ。
床に置かれたフラフープを順番に走り抜けてゴールする単純な徒競走の列に並び、何度もこちらを振り返って俺が見ていることを意識しながら走り出す。二つ目のフラフープに足を踏み入れた時に転がって来たボールを追いかけて横切る子にぶつかって、体格差から跳ね飛ばされた。
大きな泣き声に、掻き消される。
一瞬、俺の視界から消えたので見えなかったが、これだけ多くの子供が縦横無尽に走り回れば不注意による事故も起きて当然。あおちゃんが苛々して泣かない限り関与しないが、プレ幼稚園は社会に出る過程で不安も多く親であれば少しでも情報が欲しい。
我が子の成長が遅れている、人よりも劣ることに敏感で横並びかその上であることを願う親たちの会話に感覚を合わせることができない俺はベビーシッターという立場を利用して社交的ではない立ち位置を守っていると同じベビーシッターと視線が合い、何となく寄り合いで会話が始まった。
著名人のご令嬢を預かる場合、シッター経験がない若い男性の採用は珍しく養成所卒の女性シッターが主というだけあってここにいるのは全員女性だ。仕事でありながら世話をする上で、女性らしい細やかな気遣いや目配りに長けており、雇い主の信頼が報酬になる共通認識。
笑顔ひとつ、社交辞令であることが明確だが誰も嫌味じゃない。
それを見習えといわんばかりのマウント食らって頭が下がる。子育てはいつだって大変だ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
迎えの車に乗り込むと…
「あおちゃーん、またねー!」手を振るお友達に、素っ気なくバイバイするあおちゃんはストラップシューズの爪先を揃えて姿勢を正して座り、小さなため息ひとつ…
陽に透かされ金色の羽に見える睫毛を浮かせ、俺を見上げて手を繋ぐ。
「2歳ってガキね」むちむちの短い脚を組んで、頬杖を突く。
「お友達だって、笑っちゃう。大人の世界では建前?穏やかで温情が深く、物事に何の隔たりもないことをお父様から厳しく教えられる立場としては、まぁ…こんなもんかしら」
平然と廓然大公を語る1歳児が年齢詐称でプレ幼稚園に行くとこうなる典型。
あおちゃんが思う自分らしさは他人に望まれる姿を具現化することで、本質的な「らしさ」は秘め隠す事柄なので自分の行いに害はなく十分に正当化できる内容だ。
「お友達を見て羨ましいと思うのなら、その心には従うべきです」
「あんなガキと一緒にしないで!お行儀悪いとこ、とめきに見せらんない」
言葉を選んで躊躇うと下から覗き込んでくる。
「急いで大人になるから。私だけ、仲間外れは…もう嫌…」
虹色の瞳に込められた真意を避けるようにして頭を撫でると、膝に乗り上がって甘える。
「よく頑張りました」いつもは距離感の線引きをして、自分からは歩み寄らない俺だけど、初めての経験を乗り越えたご褒美として抱きしめる。
ご機嫌なあおちゃんはありさんこちょこちょしてクスッと笑う。
あおちゃんが愚図ると手遊びで気持ちを切り替えていた。
それを知っていたから俺を求めてあやされたがっていたことを告白する、あおちゃんはどこか寂しそうに笑いながら青の一門の令嬢である日常に戻った。
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