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幽韻之志
38/大歳の晦と漢羅蜜
しおりを挟む「え、そう……なの?」
腕組みする若き家主こと、劉青は首を傾げて
「うん、僕が東京育ちだからなのかな」話が見えない。
12月最後の大晦日
皆さん、おせちはいつ食べますか?
東京ではお正月に食べる習慣があるそうで…
「いつ年越しそばを食べるの」
「実家では日付が変わる頃に食べてた」
「夜中に?」
「そう。体を温めてから元朝参り」
「儀式なんだね。我が家は朝まで麻雀するので、酒とつまみがあればいいよ」
おせちの内容に地域性があるのは知っていたが食べる日が違うなんて、まさかこれも?元旦に食べる口取りにつまみ食い常習犯の晃汰が声を上げて驚く。
「い、芋ようかんを…酒のつまみに?」
「皆で少しずつ祈願しながら食べる習慣があって…」
「あ、これうんっま」
「いか人参。知らない?」
「とめき、どこの出身なの」
北海道、函館。
位置的に東北の文化も混ざり合う港町育ちの俺が、おかしいのか?
おせちの内容に怪訝な顔をする劉青の口には合わないと察して片付ける。今夜は刺身盛り合わせと年越しそばでシンプルにお腹を満たして脱衣麻雀、遊ばせ。
……哈拉哈拉……
牌が弾ける。咥え煙草に空気清浄機フル稼働、一局だけお相手して退散。
言われた通り食べやすいつまみにお酌で忙しくする俺は廊下の辺にふと、寒さを感じて見上げれば暗い空から雪が降りる。暖候地にみられる雪の欠片、ぼたん雪。
寒冷地では気温が和らぐ頃に降るとけやすい雪質だが、ここでは今夜が記録的な寒さ。地面の上で重なる雪の欠片がじわり…溶けて黒い染みに変わる。
いつか、今夜の大晦日も思いでとして振り返るのかな。
青嵐が作ってくれた蕎麦
美味しかったな。
誰かに喜ばれる料理を作れるのは本当に素晴らしい事だと亡き親の在りし姿に思いを馳せる。今まで肉体が苦しいことはよく遭ったが、心が寂しくても、苦しいものだ。憤りに嘘を浮かばせて笑う…鎮黙…そこにはもう心のせめぎ合いは無くて、俺は孤独だと目を閉じた。
夜通し続く大騒ぎは白々と明ける頃にお開き。
麻雀卓になぜか黒猫褌、はらり。
ああ、もうこんなに散かして…静かに片付けながら洗い物を済ませ、遠くのソファーで寝てる晃汰にそっと着ていた羽織を掛けて「お疲れ様でした」立ち上がる間際に背後から声を掛けられ、振り返ると劉青が佇んでいた。
「一杯付き合ってよ」いつの間にか用意された雅な膳に…
おいで、その声はまるで青嵐のよう。
魔笛のように聞く者の心を縛り、不安に抗うことを許さない厳しさと甘美なる調べに心を奪われ快楽を宿す…あの声…幾度となく怒りを覚え、叫び続けることで己を修羅に変えて忍んで来た。
ああ、こんな風に青嵐を独り占めにしていた時間が本当は嬉しかったなんて、誰にも言えないと袖を濡らす俺の心は知れず、笑みを浮かべる手酌酒。
「迎え酒に泣きっ面も悪くない」
浅く一息つくと、袂から取り出す画面を俺に向けて座り直す。
ウェブカメラの設定?
何をするつもりか尋ねると通話が始まり、和室が映し出された。
「たぁくん、ここでいいの?」
「始まっていますよ」
「はぁーい。よっこらしょ…」
科戸さんの膝に座るあおちゃんの晴れ着姿に声が出る。
可愛い!鴇色の羽織には鹿の子絞りに束ね熨斗、縁起の良い柄が上品に先揃い、幼児特有の白い被布が愛らしい。新しく仕立てた流行り物ではないお稚児コーデに感極まり涙目。
科戸さんの合図で隣に座って、フフッ…笑うと新年の挨拶が始まった。
前に手を付き頭を下げる
「お直りください」号令で顔を上げ、まずは科戸さんから新年の挨拶。
続いて、あおちゃんが折り畳まれた紙を広げて読み上げる。まだ1歳にならないのに難しい挨拶文を間違えずに…ちょっと待てよ?司会進行まである、これまさか大規模な集会の中継なのでは。
「青の一門の総会だよ。元日の朝7時に全世界規模で執り行う、令朝参り」
「うっせぇーな、またやってんのかよ」
「おはよう。今年の大役はあおが立派に務めたよ」
「へぇ…将来やり手のババアになってお東は安泰だな」
「死ななきゃそうだね」
何やら組の、アレなアレだったみたいで恐縮しながら俺は見ているけど嫡男は酒を飲みリモート参加という不良スタイル。晃汰においてはノーパンで朝勃ちを鎮める呪いに俺を贄にする気だ。
中継を見ている劉青は念珠を左の親指に通して念仏を唱えている。
「始まったな。こっから先、長いぞ」
「見なくていいの?」
「令朝参り名物、地獄の読経。お東は神妙深いことで有名だが俺には関係ねぇ」
「晃汰は西…だったよね」
「西部一貫が習わしだけど、俺は…そんな事よりいいことしようぜ」
晃汰の腕を擦り抜けて席に戻ると小さな本を渡され、頁を開く。
あおちゃんは白い念珠を擦り合わせリズムよく読経している。これも全部覚えたのか?頭がいいと解釈するべきか、それとも科戸さんの教育が厳しいのか、心配になり画面をみつめながら所々読むこと1時間。長い…正座してたら倒れるぞ、通りで晃汰が嫌がるわけだ。
静けさと共に科戸さんの挨拶で締め括る初の苦行にほっとしたのも束の間、香辛料の香りと共に花魁みたいに派手な着物を煌かせ登場するアルサハが眩しい。
愛をささやき踊り、歌いだす。
ステップを踏みながら指を鳴らすと火花が飛び散る(火気厳禁)
「おいで、セニョリータ」
電撃投げキッスから逃げ回る晃汰が北風と太陽のように脱げていく。
「危ねぇ!何がアミーゴだ」
「エアコン冷房に切り替えるね」
このまま三が日、踊り明かされたらどうしよう。
一抹の不安を覚えながら黄金の泡で乾杯する美しい男達は、また飲み始める。酔っぱらって脱ぎながら貫徹麻雀、日が開けたら早々に浮かれて酒盛り…これは間違いなく科戸さんに怒られるやつだ。
全 員 無 職 三が日過ぎてもこの調子では?
いや、そんな筈はないと眠気覚ましに数種類のカレーに薄いパンを付けて食べる。
ラッサムの刺激的な酸味はタマリンドによる味わい、栄養価が高くカリウムや鉄分の含有量が多く酵素の働きで体調が整う。ココナツチャットニーの爽やかな食べ合わせも良く、俺にとってはご馳走だ。
「あ、玲音…あけましておめでとう」
口元だけ微笑む玲音は冷淡な表情を浮かべて振り返ると、アルサハは頬杖をついて背を向ける。
大晦日は出合頭、殴り合いになり火花が飛び散る肉弾戦は世紀末。喧嘩上等かかってこいと指先で誘うアルサハに目の色を変える玲音の衝動が迸り、麻雀どころじゃない開幕戦に劉青はいつもの事だと冷静に蕎麦をすすり、暴力ではなく拳を交えるのは粛星だと云う。
アルサハは黄天星・日座中殺の命を受けており常軌を逸した波乱を呼ぶ因子。殺界に位置する星の波動と好戦的な気質から争いが絶えず、対局にある玲音は天王星・晦気殺の生まれ。神殺しの異名を持つ天地徳合は運命を引き寄せる星並びだと劉青が煙管の先を爪弾く。
「それど明けない夜は無い。来るぞ」
劉青の言葉に次いで遠くから不思議な余波が耳に届く。
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