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幽韻之志

12/泪町二十四軒

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 回覧板が3日前に戻って、開くと血まみれの護符…らしき文字の用紙が挟まっており、見なかったことにした。笑顔で受け取る科戸さんは今日も通常運行、淡麗な顔立ちとゆっくりとした立ち居振る舞いが上品で…ガシャン、たまに袂から連なった刃物が落ちる。

 「どうやって使うんですか」
 「ああ、これかい?」

 拾い上げて両手で折り重ねると、店の入口から鼻歌まじりに帰って来た晃汰めがけて投げ飛ばしスライドする刃物が一直線に伸びて咥えていた棒アイスを切断した。

 「周囲2メートルを防御しながら変形攻撃ができる中国古来の…」
 「あっぶねぇ!首落とされるとこだった」
 「偶然を装って殺すの得意だからねぇ」
 「あー腹減った、飯まだ?」

 晃汰は残りのアイスを一口で食べてカウンターに座り、科戸さんが見てない隙にあまい唇を寄せてイタズラっぽく笑う。鼻で笑う劉青りゅうせいは最も控えめだが最近、いい匂いがする。食べ物を変えると体臭が変わるというがボタニカルな香りが心地よい。

 「香水つけてるの?」
 「花の香りに似てるけど植物由来の毒だよ。実家にたくさん咲いてるんだ」
 「毒…ほんとに?だっていい匂いする」
 「咳止めの薬にも使われている花で、ああ…溶血作用があるから僕の側に15分位居るとクラクラするよ。恋してるみたいにね」

 それ、ただの貧血・・だろ。
 生きながらに毒を蓄える劉青の体質に引き(笑)食事を済ませた後ある提案をした。


 「銭湯に…ですか?」


 泪町に来て1か月
 外出許可が出たら、足を伸ばして風呂に入りたい。

 ふしみ湯で風呂上がりの牛乳に焦がれていたが、ボイラーの老朽化で閉業。
 たった一つしかない公衆浴場が無くなり町民を悩ませる原因に元締め科戸忠興の見解はこうだ。

 「雨に打たれればいい」海外のサバイバル番組ですか?

 そんな俺に朗報が舞い込む
 商店街のくじ引きやったらベルが鳴って大騒ぎ。
 一等の温泉旅行券、当選おめでとう。
 といっても線路を超えた区内にあるスパ銭の食事つき入浴券だが、外に…出られるのか?
 ここはひとつ、普段からお世話になってる科戸さんへ献上しよう。
 労いの言葉と共に夢のチケットを献上。
 科戸さんは瞬きを速めながら首をゆっくり…傾げて、受け取った。

 「ペアチケットなので、誰か誘ってくださいね」
 「生憎、私は友達がいません」
 「晃汰は?親子水入らずで行っておいでよ。留守は俺が預かります」
 「自分で行きなよ。誰が死ぬかわからないミステリーツアー推奨すんな」
 「だって俺、ここから出られるの?」
 「世代交代であちらも騒がしい。君がこの包囲網から出れば、命の保証は…」

 この業界…解雇=死を意味する。
 知り過ぎてしまった俺がシャバに出て何事もなかったように暮らせるわけがない。泪町の永住権を得た今、ここが俺の居場所。
 もう、どこにも行けない。
 頷くだけで声にしない俺の様子を見て、うん、と顎に細い指を添える科戸さんが目を閉じる。

 「せめて町内を一周できるようになれば…」
 「どういう意味?」
 「まだ一人歩きさせられない・・・・・・理由が解るよ。おいで」

 外に出る時は科戸さんお付きで、店の前から先にひとりで出たことは一度もない。
 "はじめてのお使い"誰にもナイショでおでかけなんかできない泪町のルールを、身をもって知る事になる。

 「風向きは分かりますか?」
 「いいえ」
 「今日は北北東から風。自分の正面を12時として10時の方向に気を付けて」

 科戸さんのアドバイスに首を傾げて一歩踏み出す。
 微かな火薬の匂いを嗅ぎ取り、路地に視線を向けるとライフルを構えている男がひとり。空を仰げば隣のアパート二階の縦面格子から…銃口が…こ、これは?


 「探知機ステルスです。避けて下さい」


 う、うわ…焦って走り出せば金属音が鼓膜を震わせ、それが高性能なレーダーだと気が付いた頃には首の後ろを殴られ、あえなく気絶。
 泪町は凶悪犯罪者や戦争による心的外傷後ストレス(PTSD)が重篤な人がより集められた特殊な地域。人道的価値観が圧倒的に異なる全ての町民を対象に"誰もが自分らしく生きられる場所"であり命は等しく存在している。

 郷に入りては郷に従え、さすれば住めば都の泪町二十四軒。

 晃汰や劉青は六喩会の絶対的な掟の元、誰も手出しはしないが、科戸さんに飼われている青い小鳥の俺は野に放たれれば食われて当然だ。
 
 線路沿いにある科戸さんの店は一般の住宅が並ぶ島、最西の第一区。
 住宅地の角にポンッとある名もなき居酒屋
 通称「天竺」泪町で最も治安がいい理由はここが最前線だから。いつ誰が襲撃しても完全対応できる実績のある優秀な戦闘員の全配置、高性能な探知機ステルスに日夜監視される絶対領域。
 裏を返せばここが一番ヤバい…
 猛者が集う南公園や、中心部のアーケードを抜けた先にある貧困層が過密化した集落の連中も一般的にアウトだがここは比較対象が世界基準。こうでもしないと普通に生きられない科戸さんがどうかしてる。

 「町内会は賛否両論、ではありますが承諾を頂いたのでとめきには手出し無用。とはいえ天竺は余所者を認識しないので…せめて裏の篠峯しのみねさんにごきげん伺いできるようになれば、ね?」
 
 血まみれの回覧板は、同意書。
 文字が書けなくても指紋が無くても血液なら誰でも持っているのでサインが出来るが、裏の一軒家に住んでる篠峯さんと一部の有権者に認められず…自ら挨拶に行くのが筋、とはいえ。

 「昔ながらの頑固爺。酷く煩いので窓も開けられないし、ガキの頃から水一滴飛ばすなと俺も厳しく言われた高難易度コンテンツ…だよ?」

 晃汰にまで?
 地震雷火事親父。火のない処に煙は立たないが、雷は急に落ちる。
 あっちの都合で…晃汰と目が合わない、これが何を意味するのか察した。
 ここへ越してから1ヶ月
 天竺を知らなかったとはいえ何の挨拶も無しに居れば、良く思われないだろう。
 だが家から出れば一網打尽でお縄に掛り、落とし穴の中で科戸さんの帰りを待つことも屡々…埋められたら一溜りもないが、ここの住民にとって死は日常的であっても"殺し"が目的の人はほんの一握り。
 晃汰と買い物に出れば商店街の皆、気さくで優しいし人達ばかりだ。
 昔ながらの行儀に煩い人に叱られることもあるが、店先で串揚げや刺身を貰いながら一杯やって身の上話をしながら最後は笑顔で「兄ちゃん頑張れよ」この一言が、どれほど俺を嬉しくさせるか。

 なるほど、これが住めば都というわけか。
 今日は炭を分けて貰えたから七輪で魚を焼こう、きっとハチも喜んでくれる。
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