71 / 138
幽韻之志
5/青海波と月の影
しおりを挟む
翌日、データの内容を自分で見て驚いた。
これは自分…なのか?
見覚えのある青海波柄の着物に規律ある縄を受けた男は足袋の親指に縄を食いこませ、艶やかな姿で仰け反りながら、陰影に彩られる。
縄目が重視される撮影だと聞いていたが、青嵐が男性モデルの着衣緊縛を行うこと自体珍しいので全体的なシーンが採用された。普段は青嵐がカメラワークに入り込まないが、宛がう手や背景に移り込む画が古典芸能を演出している。
厳粛でありながら妖艶さを放ち、見る者を魅了にする内容に自分が映し出されているのが、何とも奇妙だ。
「蝶の緊縛か…」
動画を見ながら同じように結ぶ、青輝丸の器用さに凝視。
縄を指に掛けて長さを均等に返しながら、端を捉えて引く手の速さに目がついていかない。一本の縄を使い切った後の結び目が裏返しにされ、繋ぎ目がわからない規律には驚嘆してしまう程だ。青嵐と違う精密さと結び目を手に取りじっくり眺めていると、後手に縄を掛けられ、下手小手縛りで…
俺の腕に菱模様の蝶が留まる。
背後に両腕を下に伸ばした状態で拘束を受ける華奢な俺でも、基本的に体が柔軟で節々の骨格が大きい男性的な体つきをしている為、縄をどこで決めるのかを黙視する事ができた。
もっと肉厚な方が締まるのでは?
そんな概念も縛る側の立場になれば容易に解る、男の体は掛縄を逃がさない。
「いい格好だな。童貞とは思えない面構えだ」
「お前が厭らしい目で見ているからだろ。早く解いてくれ…腕が痺れる」
「縄抜けを覚えろ」
高らかに笑い、俺を置き去りにする青輝丸の背中を追うと肩から床に落ちる寸でに奴隷の桃吾が腕を伸ばして抱えてくれた。縄を解けば圧迫による橈骨神経麻痺で腕が上がらず、項垂れる俺を黙って見つめる桃吾は命令を待つ。身の回りの世話をする程度の奴隷は隷属に話しかけてはいけないのが、ここの環境だ。
膝を付いて俺の横に手を添える桃吾が唇を開くと、スマホの着信に遮られる。
渚から……?
画面をタッチしてスピーカーにすると開口一番「口座が凍結された」金の話以外で連絡が来る筈がない間柄。一度ルームシェアをして以来、渚には給与振込先の預金通帳とキャッシュカードをそのまま渡しており、俺の金を好きに使っている。とはいえ給料明細も源泉徴収票も一切不明なので、口座の内容は渚だけが把握している。
債務整理を疑われたが借金は完済している、だとしたら…
――――死んだ……?
安否確認の一報だと察した所で、腕の痺れが取れてようやく起き上がる。
「無事ならいい。変わりないのか?」
「はい。口座はこちらで解除するので後日、連絡します」
「たまには顔見せろよ。晃汰が心配してる…じゃあな」
泪町二十四軒の抗争以来、晃汰とは別れたきり一度も会ってない。
晃汰の父親は青嵐の実兄であり、青の一門を総括する青魄こと恩人の科戸忠興。
嫡男である晃汰は父親と肉体を共有する寄付者。先天性の同性愛者でエッチなお仕事で稼ぐ顔も体も抜群なイケメンに「好き」だと言われたら、正気でいられない。
確かに体の相性は良すぎるくらいだ。
男性的なチャーミングと優しさを兼ね備える晃汰と一緒に居ると罪悪感に苛まれるほど幸せ過ぎて…冷めた態度で乱れ打ち。
誰も、信じられない。
寂しさの境界線から溶けだす感情を閉じるようにして、画面を閉じた。
「いつまでそこに居るんだ」
「申し訳ありません」
「俺なんかと話しているとお前も、殺られるぞ」
顔を上げた先で、俺を見つめる桃吾の指が迷っている。
「昌宗様は、なぜ奴隷を使わないのですか」
なぜ、て…
自分のことは自分で出来るから。
身の回りの世話を奴隷にやらせる生活は圧倒的に向いてない。青輝丸は都内某所にイオンよりデカい自宅を所持、奴隷は全員男の王国で暮らしている。麗子においては説明できない使用だ。
野心に努力を重ねてチャンスを掴んでも素質がなければ、青嵐には認められない特殊な世界で誰も味方につけない俺は変わり者。
隷属という立場でありながら「けじめ」でアナスタシア本店のランカー上位の売上を立て、一般客から本指名されるご主人様。
あくまでも客に時間を買われた上で働く、ただの従業員。
風俗は一般の仕事に比べたら高給取りに思えるが、俺は契約社員の扱いで雑費(青嵐のおやつ代)など引いたら手取り2万という激安!とはいえ基本隷属に給料は発生しないので支給される事自体、例外だ。
「俺の奴隷になりたい奴なんか、いるのか?」
「私ではいけませんか」
「何がしたいの」
「料理が得意です」
「俺の食費、一ヶ月3000円だけど?」
「……は?」
手取り2万の内訳は…
住み込み勤務で家賃光熱費無し、日用品と通信費の残りが食費3000円。
500円貯金は青嵐に使い込まれて殺し合いになる。
「以上だ。何か問題でも」
絶句する桃吾は取り付く島もない様子で俯くが、諦めないのが奴隷根性。
「では私が時給をお支払いしますので、一緒に暮らしてください」
「俺を雇うのか?」
「そうです。昌宗様の健やかな暮らしをお約束します」
貢ぎ方はいろいろ
桃吾はあくまでも雇い主で奴隷契約はしなくてもいいとの事。
この契約がないと隷属は奴隷を自分のものには出来ない。側近となるコテハン(称・固定の伴侶)として選ばれた奴隷は福利厚生が受けられ様々な保険制度が対象。財産形成から慶弔、災害、子供手当など実は手厚い。結婚して共働きすると特別手当がつくと青嵐が言ってたが…そこまで与える必要は無い…避難所として利用させて貰う。
「桃吾と同棲するから、ここ出るわ」
キャリーに荷物を詰め込む。
どうせ仕事で毎日、事務所と店の往復するし必要なものがあれば買い揃えばいい。あとは青嵐を説得して、華麗なる奴隷生活スタート!なんて…
順風満々にいく筈もない。青嵐は荷物をしまう傍から先抜いて遠くへ投げる。
「たまには女の子にしなさい」
「そんな都合のいい女いねぇーから」
「男でいいなら私でも…」
これ以上、余計な口を挟む前にキャリーに青嵐を挟んで上から押しつけると奴隷達が一斉に飛び掛かり、手厚いお手当をしている隙に桃吾を連れて事務所を飛び出す。
「青嵐様、どうぞご無事で」涙ながらに案ずる一方で繋がれた手を握り、俺達を下まで運ぶエレベーターの扉が開いた瞬間の出来事。
これは自分…なのか?
見覚えのある青海波柄の着物に規律ある縄を受けた男は足袋の親指に縄を食いこませ、艶やかな姿で仰け反りながら、陰影に彩られる。
縄目が重視される撮影だと聞いていたが、青嵐が男性モデルの着衣緊縛を行うこと自体珍しいので全体的なシーンが採用された。普段は青嵐がカメラワークに入り込まないが、宛がう手や背景に移り込む画が古典芸能を演出している。
厳粛でありながら妖艶さを放ち、見る者を魅了にする内容に自分が映し出されているのが、何とも奇妙だ。
「蝶の緊縛か…」
動画を見ながら同じように結ぶ、青輝丸の器用さに凝視。
縄を指に掛けて長さを均等に返しながら、端を捉えて引く手の速さに目がついていかない。一本の縄を使い切った後の結び目が裏返しにされ、繋ぎ目がわからない規律には驚嘆してしまう程だ。青嵐と違う精密さと結び目を手に取りじっくり眺めていると、後手に縄を掛けられ、下手小手縛りで…
俺の腕に菱模様の蝶が留まる。
背後に両腕を下に伸ばした状態で拘束を受ける華奢な俺でも、基本的に体が柔軟で節々の骨格が大きい男性的な体つきをしている為、縄をどこで決めるのかを黙視する事ができた。
もっと肉厚な方が締まるのでは?
そんな概念も縛る側の立場になれば容易に解る、男の体は掛縄を逃がさない。
「いい格好だな。童貞とは思えない面構えだ」
「お前が厭らしい目で見ているからだろ。早く解いてくれ…腕が痺れる」
「縄抜けを覚えろ」
高らかに笑い、俺を置き去りにする青輝丸の背中を追うと肩から床に落ちる寸でに奴隷の桃吾が腕を伸ばして抱えてくれた。縄を解けば圧迫による橈骨神経麻痺で腕が上がらず、項垂れる俺を黙って見つめる桃吾は命令を待つ。身の回りの世話をする程度の奴隷は隷属に話しかけてはいけないのが、ここの環境だ。
膝を付いて俺の横に手を添える桃吾が唇を開くと、スマホの着信に遮られる。
渚から……?
画面をタッチしてスピーカーにすると開口一番「口座が凍結された」金の話以外で連絡が来る筈がない間柄。一度ルームシェアをして以来、渚には給与振込先の預金通帳とキャッシュカードをそのまま渡しており、俺の金を好きに使っている。とはいえ給料明細も源泉徴収票も一切不明なので、口座の内容は渚だけが把握している。
債務整理を疑われたが借金は完済している、だとしたら…
――――死んだ……?
安否確認の一報だと察した所で、腕の痺れが取れてようやく起き上がる。
「無事ならいい。変わりないのか?」
「はい。口座はこちらで解除するので後日、連絡します」
「たまには顔見せろよ。晃汰が心配してる…じゃあな」
泪町二十四軒の抗争以来、晃汰とは別れたきり一度も会ってない。
晃汰の父親は青嵐の実兄であり、青の一門を総括する青魄こと恩人の科戸忠興。
嫡男である晃汰は父親と肉体を共有する寄付者。先天性の同性愛者でエッチなお仕事で稼ぐ顔も体も抜群なイケメンに「好き」だと言われたら、正気でいられない。
確かに体の相性は良すぎるくらいだ。
男性的なチャーミングと優しさを兼ね備える晃汰と一緒に居ると罪悪感に苛まれるほど幸せ過ぎて…冷めた態度で乱れ打ち。
誰も、信じられない。
寂しさの境界線から溶けだす感情を閉じるようにして、画面を閉じた。
「いつまでそこに居るんだ」
「申し訳ありません」
「俺なんかと話しているとお前も、殺られるぞ」
顔を上げた先で、俺を見つめる桃吾の指が迷っている。
「昌宗様は、なぜ奴隷を使わないのですか」
なぜ、て…
自分のことは自分で出来るから。
身の回りの世話を奴隷にやらせる生活は圧倒的に向いてない。青輝丸は都内某所にイオンよりデカい自宅を所持、奴隷は全員男の王国で暮らしている。麗子においては説明できない使用だ。
野心に努力を重ねてチャンスを掴んでも素質がなければ、青嵐には認められない特殊な世界で誰も味方につけない俺は変わり者。
隷属という立場でありながら「けじめ」でアナスタシア本店のランカー上位の売上を立て、一般客から本指名されるご主人様。
あくまでも客に時間を買われた上で働く、ただの従業員。
風俗は一般の仕事に比べたら高給取りに思えるが、俺は契約社員の扱いで雑費(青嵐のおやつ代)など引いたら手取り2万という激安!とはいえ基本隷属に給料は発生しないので支給される事自体、例外だ。
「俺の奴隷になりたい奴なんか、いるのか?」
「私ではいけませんか」
「何がしたいの」
「料理が得意です」
「俺の食費、一ヶ月3000円だけど?」
「……は?」
手取り2万の内訳は…
住み込み勤務で家賃光熱費無し、日用品と通信費の残りが食費3000円。
500円貯金は青嵐に使い込まれて殺し合いになる。
「以上だ。何か問題でも」
絶句する桃吾は取り付く島もない様子で俯くが、諦めないのが奴隷根性。
「では私が時給をお支払いしますので、一緒に暮らしてください」
「俺を雇うのか?」
「そうです。昌宗様の健やかな暮らしをお約束します」
貢ぎ方はいろいろ
桃吾はあくまでも雇い主で奴隷契約はしなくてもいいとの事。
この契約がないと隷属は奴隷を自分のものには出来ない。側近となるコテハン(称・固定の伴侶)として選ばれた奴隷は福利厚生が受けられ様々な保険制度が対象。財産形成から慶弔、災害、子供手当など実は手厚い。結婚して共働きすると特別手当がつくと青嵐が言ってたが…そこまで与える必要は無い…避難所として利用させて貰う。
「桃吾と同棲するから、ここ出るわ」
キャリーに荷物を詰め込む。
どうせ仕事で毎日、事務所と店の往復するし必要なものがあれば買い揃えばいい。あとは青嵐を説得して、華麗なる奴隷生活スタート!なんて…
順風満々にいく筈もない。青嵐は荷物をしまう傍から先抜いて遠くへ投げる。
「たまには女の子にしなさい」
「そんな都合のいい女いねぇーから」
「男でいいなら私でも…」
これ以上、余計な口を挟む前にキャリーに青嵐を挟んで上から押しつけると奴隷達が一斉に飛び掛かり、手厚いお手当をしている隙に桃吾を連れて事務所を飛び出す。
「青嵐様、どうぞご無事で」涙ながらに案ずる一方で繋がれた手を握り、俺達を下まで運ぶエレベーターの扉が開いた瞬間の出来事。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話
かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた?
転生先には優しい母と優しい父。そして...
おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、
え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!?
優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!!
▼▼▼▼
『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』
ん?
仲良くなるはずが、それ以上な気が...。
...まあ兄様が嬉しそうだからいいか!
またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。
マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
組長様のお嫁さん
ヨモギ丸
BL
いい所出身の外に憧れを抱くオメガのお坊ちゃん 雨宮 優 は家出をする。
持ち物に強めの薬を持っていたのだが、うっかりバックごと全ロスしてしまった。
公園のベンチで死にかけていた優を助けたのはたまたまお散歩していた世界規模の組を締め上げる組長 一ノ瀬 拓真
猫を飼う感覚で優を飼うことにした拓真だったが、だんだんその感情が恋愛感情に変化していく。
『へ?拓真さん俺でいいの?』
もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる