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奴隷島
とおりゃんせ
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ガタンッ
ガタンッ
ガタ…ッ!貨物車がコンテナを並べて、目の前を走り続ける。
「ほら…見ろ、俺がいなかったら死んでたぞ?」
腕を擦り抜ける三毛猫は、黒い肉球で割れたアスファルトを踏みながら姿を消した。錆びたフェンスが続く通りに標識はなくて、年季の入ったアーケードが右手に広がる。あばら屋根に奥が暗くて見通しが悪い、俺は馴染みのない時代の雰囲気。
鉄格子の窓に宿の看板
月極のコインロッカー
10円で動くであろう乗り物
シャッターに張られた紙は雨ざらしで文字が滲んで見えない。
何だ、この街…
コンビニも無いし、交通量は皆無。
まっすぐに進むと大通りに出たが行き交う人の姿もなく信号待ちの「とうりゃんせ」だけが静かに流れる、気味の悪さ…あれ?ここ空蝉だよな。
暫く歩くと住宅がひしめき合い、ポールから先は道が狭くなって行き止まり。
抜け道を探したけど塀が続いており、シャッター商店街を抜けた先は広い敷地の向こうに有刺鉄線が続いていた。
突如、スマホが鳴って飛び上がる。
「今、出先なので…折り返します」
とはいえ出口のない辺ぴな地区に紛れ込んでしまい来た道を戻って踏切の前に立っても遮断器は降りたまま、やっぱり開かない。
行こうか戻ろうか
大門を前に…
遊郭へ遊びに来た男達は足の裏を擦らせて、こんな気持ちになったのか。
「腹減ったな…どっかやってる店、探すか」
線路を通過する電車を背に、一路シャッター商店街を目指す。
ガードレールに洗濯物が干してあり所により古い建物から異臭が漂う。開け放たれたドアの向こう側に目を凝らすのも怖くて、喫茶店にオレンジ色の灯りがついているのを見つけてほっとした瞬間、定食300円の削れた文字に悪寒が奔る。
店内に揺れる人影…
逃げるようにして進む先で、壊れた赤提灯が風に吹かれていた。ここは?
格子の引き戸に張り紙
割と新しいな。居酒屋っぽいけど昼からやってるかな。
「お邪魔します」
引き戸を開けると吊るされた裸電球が灯るだけで誰も居なかった。
カウンターだけの店内は薄暗く、ラジオが時報を鳴らす。出かけているのかも知れない。待っていたら、戻って来る事を願ってドアの前に立っていると背後から声を掛けられた。
「おや、どちら様かな」
「すみません。勝手にお邪魔して…今、お店やってますか」
「どうぞ、お入りなさい」
白髪交じりの前下がりに、節のある藍無地の着流しに包まれた背の高い男は暖簾を片手で払い店内に案内してくれた。
よかった、地獄に仏在りだな。
砂が噛んで引き戸がしまりにくい…あ…さっきの猫。
「お前ここん家の子だったのか」
指先に擦り寄る三毛猫は黒目がちな瞳で、ぱっと飛び降り入店。
「いらっしゃいませ」猫にも挨拶するのか
ガスの元栓を開けた後、冷蔵庫から瓶ビールを取り出す亭主に待った!断るとそれでも栓を開けてグラスに注ぐ。ああ、自分で飲んでる。ここじゃ普通なのか?
何か食べるにしても、壁に手書きのメニューが幾つかあるだけで勝手がわからない。本日の定食、みたいなのでいいんだけど…
「何にしますか」
「お任せしたい処ですが、持ち合わせがなくて」
「まだお若いのに…仕事は?」
「お恥ずかしながら不定期の務めです。今、住むところ探していて…この界隈の貸し部屋を一周回って見た処、随分と古い物件が多いですね」
「ええ、日雇いが集まる町なので」
そんな気はしていた。
噂の東京番外地泪町の二十四軒に迷い込んでいたとは。
高齢の生活保護受給者と日雇いの季節労働者が集うここの治安は都内屈指の最悪を極めると聞くが、そもそも人が居ない。独特な悪臭を除けば、俺みたいなろくでなしにとって格好の隠れ場所かも知れない。
差し当たって、器に盛り付けられた鯨の大和煮が旨くて何よりだ。
「店の二階も空いてますよ。見て行きますか?」
「お願いします」
湯飲みのお茶を飲みきって、通路を進むと二階へ上がる急な階段に手をついて登る。
人ひとりやっと通れる狭い空間
頭上に蜘蛛の巣…まるで時代錯誤だな。
二階は洗面台のある六畳一間、格子窓の桟は錆いてるから開けないよう言われて頷く。押し入れは度重なる地震の影響から歪み、開かずの扉となっている。
そのせいか、布団が折り畳まれていた。
こじんまりした、昭和の物件。
壁一枚挟んで見も知らずの他人と寄り集まる、ここが良い。
店は毎週、木曜から日曜の深夜に営業。
その間ならいつでも寝泊りに来てくれて構わない、という事で即決。間借りしながら店の手伝いも兼ねて時給を出して貰えることになった。
これでその日、食っていく分には何とかなる。
「よかった…お店は何時からやってますか?」
「時間を決めてくれたら、開けておきますよ」
「あ、これ連絡先。渡しておきます」
「すみません。携帯電話…を、持ってなくて…」
そんな人いるんだ?
今度会う時間を決めて、念のために自分の名前と番号を紙に書いて渡すと、どこか不自由そうにしながら受け取った。よく見ると左右で眼の色が違う、左目が白く濁っている。病気かな…気を付けよう。
「山田と言います」
「高校生?」
「いいえ…実は風俗店勤務で…ここだけの話にしてください」
「可愛らしいボーイですね」
「あ、そっちじゃなくて…バレると面倒なので詳しくは言えません」
「私は科戸忠興。界隈で私の名前を言えば皆さん分ってくれます、良しなに」
「しなと、さん…変わった苗字ですね」
「上越出身の実家は代々続く酒蔵です、ご存知ありませんか?」
日本酒かな。
酒やらないからわからないけど、後で調べておこう。
深々と頭を下げて店を出る
幸先のいいスタートに心躍っていた。
◇
いきはよいよい
かえりは こ わ い
こ
わ
い
……乍ら、も……
とうりゃんせ、とうりゃんせ。
ガタンッ
ガタ…ッ!貨物車がコンテナを並べて、目の前を走り続ける。
「ほら…見ろ、俺がいなかったら死んでたぞ?」
腕を擦り抜ける三毛猫は、黒い肉球で割れたアスファルトを踏みながら姿を消した。錆びたフェンスが続く通りに標識はなくて、年季の入ったアーケードが右手に広がる。あばら屋根に奥が暗くて見通しが悪い、俺は馴染みのない時代の雰囲気。
鉄格子の窓に宿の看板
月極のコインロッカー
10円で動くであろう乗り物
シャッターに張られた紙は雨ざらしで文字が滲んで見えない。
何だ、この街…
コンビニも無いし、交通量は皆無。
まっすぐに進むと大通りに出たが行き交う人の姿もなく信号待ちの「とうりゃんせ」だけが静かに流れる、気味の悪さ…あれ?ここ空蝉だよな。
暫く歩くと住宅がひしめき合い、ポールから先は道が狭くなって行き止まり。
抜け道を探したけど塀が続いており、シャッター商店街を抜けた先は広い敷地の向こうに有刺鉄線が続いていた。
突如、スマホが鳴って飛び上がる。
「今、出先なので…折り返します」
とはいえ出口のない辺ぴな地区に紛れ込んでしまい来た道を戻って踏切の前に立っても遮断器は降りたまま、やっぱり開かない。
行こうか戻ろうか
大門を前に…
遊郭へ遊びに来た男達は足の裏を擦らせて、こんな気持ちになったのか。
「腹減ったな…どっかやってる店、探すか」
線路を通過する電車を背に、一路シャッター商店街を目指す。
ガードレールに洗濯物が干してあり所により古い建物から異臭が漂う。開け放たれたドアの向こう側に目を凝らすのも怖くて、喫茶店にオレンジ色の灯りがついているのを見つけてほっとした瞬間、定食300円の削れた文字に悪寒が奔る。
店内に揺れる人影…
逃げるようにして進む先で、壊れた赤提灯が風に吹かれていた。ここは?
格子の引き戸に張り紙
割と新しいな。居酒屋っぽいけど昼からやってるかな。
「お邪魔します」
引き戸を開けると吊るされた裸電球が灯るだけで誰も居なかった。
カウンターだけの店内は薄暗く、ラジオが時報を鳴らす。出かけているのかも知れない。待っていたら、戻って来る事を願ってドアの前に立っていると背後から声を掛けられた。
「おや、どちら様かな」
「すみません。勝手にお邪魔して…今、お店やってますか」
「どうぞ、お入りなさい」
白髪交じりの前下がりに、節のある藍無地の着流しに包まれた背の高い男は暖簾を片手で払い店内に案内してくれた。
よかった、地獄に仏在りだな。
砂が噛んで引き戸がしまりにくい…あ…さっきの猫。
「お前ここん家の子だったのか」
指先に擦り寄る三毛猫は黒目がちな瞳で、ぱっと飛び降り入店。
「いらっしゃいませ」猫にも挨拶するのか
ガスの元栓を開けた後、冷蔵庫から瓶ビールを取り出す亭主に待った!断るとそれでも栓を開けてグラスに注ぐ。ああ、自分で飲んでる。ここじゃ普通なのか?
何か食べるにしても、壁に手書きのメニューが幾つかあるだけで勝手がわからない。本日の定食、みたいなのでいいんだけど…
「何にしますか」
「お任せしたい処ですが、持ち合わせがなくて」
「まだお若いのに…仕事は?」
「お恥ずかしながら不定期の務めです。今、住むところ探していて…この界隈の貸し部屋を一周回って見た処、随分と古い物件が多いですね」
「ええ、日雇いが集まる町なので」
そんな気はしていた。
噂の東京番外地泪町の二十四軒に迷い込んでいたとは。
高齢の生活保護受給者と日雇いの季節労働者が集うここの治安は都内屈指の最悪を極めると聞くが、そもそも人が居ない。独特な悪臭を除けば、俺みたいなろくでなしにとって格好の隠れ場所かも知れない。
差し当たって、器に盛り付けられた鯨の大和煮が旨くて何よりだ。
「店の二階も空いてますよ。見て行きますか?」
「お願いします」
湯飲みのお茶を飲みきって、通路を進むと二階へ上がる急な階段に手をついて登る。
人ひとりやっと通れる狭い空間
頭上に蜘蛛の巣…まるで時代錯誤だな。
二階は洗面台のある六畳一間、格子窓の桟は錆いてるから開けないよう言われて頷く。押し入れは度重なる地震の影響から歪み、開かずの扉となっている。
そのせいか、布団が折り畳まれていた。
こじんまりした、昭和の物件。
壁一枚挟んで見も知らずの他人と寄り集まる、ここが良い。
店は毎週、木曜から日曜の深夜に営業。
その間ならいつでも寝泊りに来てくれて構わない、という事で即決。間借りしながら店の手伝いも兼ねて時給を出して貰えることになった。
これでその日、食っていく分には何とかなる。
「よかった…お店は何時からやってますか?」
「時間を決めてくれたら、開けておきますよ」
「あ、これ連絡先。渡しておきます」
「すみません。携帯電話…を、持ってなくて…」
そんな人いるんだ?
今度会う時間を決めて、念のために自分の名前と番号を紙に書いて渡すと、どこか不自由そうにしながら受け取った。よく見ると左右で眼の色が違う、左目が白く濁っている。病気かな…気を付けよう。
「山田と言います」
「高校生?」
「いいえ…実は風俗店勤務で…ここだけの話にしてください」
「可愛らしいボーイですね」
「あ、そっちじゃなくて…バレると面倒なので詳しくは言えません」
「私は科戸忠興。界隈で私の名前を言えば皆さん分ってくれます、良しなに」
「しなと、さん…変わった苗字ですね」
「上越出身の実家は代々続く酒蔵です、ご存知ありませんか?」
日本酒かな。
酒やらないからわからないけど、後で調べておこう。
深々と頭を下げて店を出る
幸先のいいスタートに心躍っていた。
◇
いきはよいよい
かえりは こ わ い
こ
わ
い
……乍ら、も……
とうりゃんせ、とうりゃんせ。
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