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夜明けを君と歩いてく

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「……ん……?」

 僕の嗚咽と、手を握る強い力が彼を起こし、彼は瞼を開いた。
 視線がぶつかる。

「……俺は夢を見ているのか」
「……え?」

 再会時に「どこに行ってたんだ」と言ったときの、半分夢の中にいるような様子とは違い、声にも瞳にも芯があった。

「どうしておまえがここにいる?」

 彼は言いながらゆっくりと身体を起こし、涙の洪水の僕の顔を見て顔を歪めると、ガバリと僕を抱きしめた。

「どうして、どうして来たんだ」

 首を振るけれど、僕を抱きしめる腕の力は増していく。
 そして、
「……会いたかった……!」
 と、僕の名を繰り返しながら男泣きに泣き始めた。

 日記帳に書かれた僕の名と「会いたい」の文字か脳裏に浮かび、彼の声と重なる。
 僕たちはまた、一緒においおいと泣いた。



 彼は僕に会い、記憶を取り戻した。
 と言っても一時的なものだろうと医者は言い、一日の中で健忘する時間も混迷する時間もある。それでも異常行動はなくなり、穏やかに時を過ごすようになった

 ────今も。

 再会から五年。彼が施設を出てから三年。僕たちは彼の実家で一緒に暮らしている。

 僕は会社を転勤し、今はリモートでもできる職について彼のそばにいることを決めた。
 ただ彼は日中は施設のデイサービスで運動や作業をしているし、僕とご両親のどちらにも用があるときは、ショートステイも利用している。

 こうして僕は、気負い過ぎずに彼のそばにいる。でもずっと、彼を見守っていける。


「ただいま」

 デイサービスから戻ると、彼は僕の名を呼び必ず言う。

 それでも、「どなたでしたか?」と、割と頻繁に僕に聞いてくる。

 こんなふうに、客観的には彼であり、彼でないときもあるけれど、僕にはもう、どの彼も僕の「夫」に違いないのだ。

 夫夫になった僕たちは、日に数度抱きしめ合い、彼の体調がいいときには睦み合うこともある。

 そうやって僕たちは共に年を重ね、そのうち僕も物忘れをするようになるんだろう。
 そのときは、一緒の施設に入れてくださいねと、半分は本気でケアマネさんに言ったりしている。
 入所費用のお金を稼いでおいてくださいね、と言われて、否定されない明るい返事が嬉しい。




「目、覚めた」
「昨日早く眠ったからね。散歩に行く?」
「行く」

 彼を車椅子に乗せ、夜明けの道を歩く。海へ繋がった、一本の細い路地を彼と行く。
 彼となら舗装されていないでこぼこ道も苦にはならない。

「夜明けだよ。綺麗だね」
「ああ」

 黒い海から、今日が生まれる。
 紫紺色の空が、オレンジ色に染まる。
 丸くて大きな光が僕を照らし、彼の頬を照らした。
 
 僕達の生きていく道も多分でこぼこで、これからいろいろな問題や壁にぶち当たるだろう。

 でも、暗いばかりじゃない。
 夜明けの朝日のように、柔らかい光も差して、道を照らしてくれるだろう。

 彼の寿命がいつまでなのかはわからない。
 僕だって、明日も同じ朝が来るとは限らない。

 でもどうか神様、死が二人を分かつまで、どうか、二度と、僕達を引き離さないでください。

 僕は見えない神様に今日も祈り、薬指にプラチナのリングが光る手を繋ぎ合った。



 了
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