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秘されたディーヴァは暗闇で踊る

完結編②

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 Xデイ当日。海に架かる橋の架橋現場で警視庁特殊部隊と組織が相対する。激しい攻防戦の中、激戦地から離れた先に番の姿を見つけ、追いかけるΩ。

 同僚αがついてこようとしたが、自分の戦いだと制して一人で番と向き合った。

 橋柱の土台となるケーソン基礎の頂上で、小渦が巻く海水面を見ていた番がΩを眼中に入れる。

 姿を見るとやはり心がぐらついた。本能が番を求め、全てを捨てて一緒に生きていきたいと思ってしまう。
 でも駄目だ。自分には守る家族がいる。

 番は余裕の表情で近づいてきて、Ωも息を詰めながら近づく。互いに銃が向き合ったが、リーチの差で手首を取られ、次の瞬間唇を重ねられた。

「う、んんっ……」
 だがフェロモンを浴びせてはこない。どちらかと言えばΩのフェロモンが強く放出されている。

「ああ、お前の香りだ。αを狂わす香り……どれだけのαを狂わせてきたのか」
 美酒に寄ったように言う番。今がチャンスだ。Ωは銃口を左胸に付けた。

 ────自分の銃を番に向けるのではなく、番の銃口を自分の胸に。

「僕は、君を愛した罪深き自分を断ち切る」

 Ωには愛する番を始末する事などできなかった。だが殉職なら家族は守られる。だから自分の命を断ち切ろうと思った。それに自分が死ねば、番は解除されても番はきっと自分を覚えていてくれるだろう。

 馬鹿な奴がいた、それでもいい。短い生涯で唯一愛した彼の心に残ることができるなら。

 だが。
 番はふ、と微笑み「想定内だ」と、Ωの銃口を自分の胸にぴたりと付けた。互いの胸に互いの銃口が向いている。

「番を断ち切ってやる。俺がお前の銃で消えたとなればお前の家族も放免されるだろう。お前は、新たな人生を歩めばいい」

 パニックになるΩ。
 どうして? 番は自分に対して征服欲はあるが、愛はないはずだ。それなのになぜこんなことを。ともかく先に引き金を引くんだ。自分が死んでしまえばそれで終わる。

 指先に力を込める。
「バンッ!」
 音がして、胸に衝撃が走った。息ができない。

 だが一瞬だった。胸に鈍痛はあるが弾が貫いた痛みも傷も硝煙もない。

「まさか」
「公安の巡査ともあろうものが玩具の見分けもつかないとはな」

 さらにパニックになるΩ。その隙を縫って、番はΩの銃のセーフティーを解除した。

「や、α、駄目……!」
「俺には愛という実体のない物がわからない。だが他に表現も知らない……Ω、俺はお前を愛している。お前が俺に見せる穏やかな顔が一番気に入っていた。あれが本物だったかを知りたかった。お前の……本当の名前を呼びたかった。それが心残りだ」
「α……!」

 銃声が響く。番は一歩、二歩とあとずさりして背中から倒れ、胸に血を滲ませながら海へ落ちていく。

 あまりの驚きに動けないΩ。銃声を聞きつけた同僚αが走ってきて、我にかえって海面を覗くと、番は水の中に消えて行った。最後まで不敵な笑みを浮かべて。

 泣き叫ぶΩ。うなじが激しく痛み、身体から力が抜けていく。喉から血が出るほど番の名を呼び、気を失った。

 
 目覚めたらうなじの刻印は消えていた。番の死を意味している。もう一滴の涙も出ず、抜け殻のようになったΩに伝えられたのは、弟の身柄解放と家族の安全の保障という報奨だった。

 枷がなくなったΩは辞職した。同時に公安が用意していたハウスクリーニング店もたたまれ、しばらくは時間に身を委ねることにした。

 ニュースでは、番がいた組織のものと思われる犯行が変わりなく報じられる。世の中は何も変わっていない。
 変わったのはΩだけだ。

 風が吹く。時が過ぎて夏が巡っても、うなじが寒かった。


 ある日ふと思いつき、静かな海辺へ旅に出た。いつか番と訪れたいと話していた地だ。
 番の亡骸は上がっていないらしく、現場からは遠いが、繋がった海の底で眠っているだろうか、とうなじに触れながら弔った。

 遅くまで海を見ていて遅くなったΩは宿を取ることにするがシーズンでどこも満員。中心地から遠い漁師民宿に予約が取れた。

 最寄りの駅までは送迎があると聞き向かう。駅舎を出るとちょうど宿の名前を入れたバンが止まった。人が降りてくる。

「…!」

 息ができなかったのは田舎に不釣り合いな美しい男が迎えだったからじゃない。

「いらっしゃいませ。□様ですか?」

 番に瓜二つの男。しかしΩを見ても動揺せず荷物の有無を問い、座席に案内して車を発進させる。

「どちらから? ご旅行ですか?」

 声も同じだがやはり他人だ。そもそもうなじの刻印は消えているのだから。

「はい。東京から……。ここ、静かで海がきれいないい場所ですね。棲むのにも良さそうです」

 瓜二つの顔を見るのが辛くて景色に目を向けた。

「ええ、過疎化はしていますが、寡黙な人間の多いいいところですよ」
「越して来たくなります」
「お仕事に差し障りはないんですか?」

 問われて窓から前面に顔を戻すと、ルームミラー越しに目が合った。番と似た瞳に、つい話してしまう。

 守るべき者の為に愛する者を失ったこと。愛する者を失って重責から放たれたこと。

「彼を、愛していたんです……僕が代わりに死にたかった」

 番を失って以来初めて涙が出た。民宿の男は箱ティッシュをくれたが沈黙のまま宿に向かった。

 宿につくと老齢の主人と女将が出迎えたが部屋の案内は男がしてくれた。部屋で宿泊受付の記帳をする。

「□、△様ですね」
「はい」
「ではごゆっくりと」

 男が出て行く。だが不意に立ち止まって振り向いた。

「……ところで、こちらはコードネームではなく本名ですか?」


 ***

 番は海中で仮死状態になり、流されていたところを宿の主人の船に拾われ救われた。

 銃弾が入った位置が良かった。銃弾を除くなり心臓が動き出し、他に損傷もなく、すぐに治療は終わった。
 だが仮死とはいえいったん心臓が止まっていたので番は解除されていたようだ。

 流された先がΩと話した海辺の街に近かった為、番はここに身を置いて生活していたという。ここには番の過去に気づく者も詮索をする者もいない。

 ***


「どうして会いに来てくれなかったの」
「前に言っただろう? お前は必ず俺の所に来ると」
「は? 何を言ってるのさ。意味がわからないよ」

 ぼろぼろに泣けてくるΩ。たくましい胸を叩いた。 

 番はふ、と微笑む。
 言えるわけがない。恰好を付けて命と引き換えに番を解除したのに死に損なった。どの面を下げて会いに行けるのか。

 また、死んでも生き返っても組織で行ってきた犯行は消えない。そんな自分を愛した事を罪だと死を決意したΩに歓迎されはしないだろうと、人生で初めて臆病になったことなど。
 
「でも……来てくれただろう?」

 臆病になりながらも、番はどこかで信じていた。
 うなじの刻印は消えても、Ωは自分のことを胸の奥に刻んでくれていて、いつかはこの地に足を運んでくるだろうと。
 そのときは別人のふりをして本当に決別しようと思っていたが、実際にΩの胸中を聞き、寂し気な背中を見て、芝居を続けられなかった。

 Ωは自分のこれまでを全て覆す存在だ。
 現にΩの為に一度死んだ。そして、新しい生を得た。

「俺の運命の女神……ディーヴァ」
 頬を包み見つめると、Ωは番の首に手を回し、すがりついた。

「馬鹿……!」
 抱き合い、貪るように唇を重ね合う。

「もう離れない。離れないから!」
「いいのか? 組織も俺が死んでいるとは思っていないだろう。今は泳がされているが、追手は必ず来る。常に身をひそめ、土地を転々としなくてはならない。暗闇で生きていくことになるぞ」
「そう言うってことは、組織に戻るつもりがないからだろう? 僕も公安を捨てた。これからは君の為だけに生きていきたい。君がいるなら、暗闇も幸せな場所になる。もう僕を離さないで」
「ああ……」

 湧き出る切なさに愛を実感する番。Ωの本当の名を呼び、自分の名も明かした。


 それから数日後、二人で借りた小さな部屋で発情期を迎えたΩ。
 仄暗い室内で、番の上で、番の為だけに腰を振ってダンスを踊る。
 番は真実の愛を囁きながら、今度こそ二度と消えない番の印を刻んだ。

 完
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