上 下
21 / 24

今度は僕が

しおりを挟む
 退院の日が来た。

 夢幻楼は取り潰しになり、僕は十六夜と日向とともに助け合って暮らしていくことになった。ケダモノの僕が一緒だなんて迷惑にしかならないのに、二人は大丈夫だと言ってくれる。

 でも僕、知っているんだ。十六夜は僕を好きだって言いながら、僕へ向ける瞳とは違う熱さで日向を見ているし、日向も同じだっていうこと。

 思い合っている二人の邪魔はしたくないから、早いうちに一人で暮らせるように頑張らないと!

 それに一時はあきらめたけれど、頑張って身を立てたら、伊集院家を訪れようと決意している。

 月華に思いを伝えたいから、追い帰されたって何度だって通うつもりだ。

 ねえ、月華。君がくれた愛情を、今度は僕が返す番。僕が君に会いに行くからね。
 僕からの「ありがとう」を、そして「好き」を届けに行くから。

「まーりや。着替え持って来たよ~」

 入院のために日向たちが持ってきてくれていた荷物はわずかで、風呂敷にすっかり包み終えて待っていると、十六夜が現れた。

「僕が着せてあげるね」と、薄桃の桜模様の着物に赤地に菊紋があしらわれた羽織を着付けしてくれ、髪は上半分を緩く結って、桃色の牡丹の髪飾りを付ける。
 おまけに爪に色まで付けてくれた。

「まるで身請けされるときみたいだ」

 こんな豪華な着物、夢幻楼の納戸にあったものでも持ってきたのだろうか。取り潰しになって、花たちが争うように廓の物品を持っていったと聞いているけれど。

 それにしたって十六夜は落ち着いた紬の着物なのに、僕だけ豪華な装いでは悪目立ちしてしまう。

「ねえ、ケダモノがこんなの着てちゃよくないよ。他に着替えはないの?」
「いいのいいの。毬也はお嫁さんになるんだからね!」
「え? お嫁さんて」
「ほら! 旦那さんが来たよ!」

 驚いて、含み笑いをした十六夜と同じに病室のドアの方を見る。

 すりガラスになった部分に背の高い人の姿が映った。

 その人は三角耳があって長い尻尾を持ち、白い髪と尻尾に、黒い縞が入っているのがぼんやりとだけれどわかる。 

「……」

 息が詰まった。喉が震える。手と足は寒い時期に緋襦袢を洗っていたときのように、かちこちに固まった。

 ドアが開く。

 長かった髪は襟の長さになり、緋襦袢の上に婀娜っぽく引っかけていた打ち掛けではなく、清潔な白いシャツと濃紺のマントを羽織った書生姿の立派な青年が微笑んでいた。

 月華……!

 僕は体を固まらせたまま動けなかった。
 月華がゆっくりと近づいて来てくれる。

「毬也、迎えに来たよ。何度も家族と話して認めてもらった。なにも心配しなくていいし、心配でも大丈夫。俺がお前を守るから、俺とおいで」

 月華が僕の手首を握った。

 ──行くところがないなら俺とおいで。

 ──大丈夫。お前は俺が守ってやる!

 あの日の記憶が蘇る。

 月華、あのときから君はずっと約束を守っていてくれた。ずっと僕を守ってきてくれた。

 疑うことなんかひとつもないし、心配もわずかもないよ。月華がそう言ってくれるなら、僕は迷わず君についていく。

 両手を伸ばし、月華の首に手を回した。月華も腕を回して抱きしめてくれる。

 ああ……僕の場所だ。出会ったときから、ここが僕の居場所だった。

「う、うう……」

 月華のぬくもりと匂いに包まれ、充足感に満たされて涙が溢れる。

 幸せを入れるコップから幸せが溢れるように、涙が幾筋も溢れてくる。

「泣き虫毬也。でも、泣いていいよ。かわいいから、俺が何度でも涙を拭ってやる」

 ざらついた舌が目元を拭う。それから鼻や頬にも滑って、唇を舐めた。
 僕が世界で一番好きなざらざら。

「ちょっと月華! ここは病院で、僕も見てるんだけど!」 

 僕の吐息は十六夜の批難に消えたけれど、月華は悪戯っぽく返した。 

「見てればいい。っていうか見てろよ。毬也が俺だけのものだって、世界中にしらしめてやりたい」
「なに言ってんのさ! この露出狂。月華は昔から独占欲丸出しで……あ、ああーー!」

 十六夜の反論におかまいなしに、月華は僕をぎゅっと抱き寄せ、唇を重ねた。

 ごめんね、十六夜。僕も今はこの幸せを噛みしめたいから、月華を叱れないよ。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

陰間茶屋の散る花さん。男に抱かれながら告られる!

月歌(ツキウタ)
BL
陰間茶屋の年増の陰間。散る花がお客に抱かれながら告られる話。

処理中です...