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今度は僕が
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退院の日が来た。
夢幻楼は取り潰しになり、僕は十六夜と日向とともに助け合って暮らしていくことになった。ケダモノの僕が一緒だなんて迷惑にしかならないのに、二人は大丈夫だと言ってくれる。
でも僕、知っているんだ。十六夜は僕を好きだって言いながら、僕へ向ける瞳とは違う熱さで日向を見ているし、日向も同じだっていうこと。
思い合っている二人の邪魔はしたくないから、早いうちに一人で暮らせるように頑張らないと!
それに一時はあきらめたけれど、頑張って身を立てたら、伊集院家を訪れようと決意している。
月華に思いを伝えたいから、追い帰されたって何度だって通うつもりだ。
ねえ、月華。君がくれた愛情を、今度は僕が返す番。僕が君に会いに行くからね。
僕からの「ありがとう」を、そして「好き」を届けに行くから。
「まーりや。着替え持って来たよ~」
入院のために日向たちが持ってきてくれていた荷物はわずかで、風呂敷にすっかり包み終えて待っていると、十六夜が現れた。
「僕が着せてあげるね」と、薄桃の桜模様の着物に赤地に菊紋があしらわれた羽織を着付けしてくれ、髪は上半分を緩く結って、桃色の牡丹の髪飾りを付ける。
おまけに爪に色まで付けてくれた。
「まるで身請けされるときみたいだ」
こんな豪華な着物、夢幻楼の納戸にあったものでも持ってきたのだろうか。取り潰しになって、花たちが争うように廓の物品を持っていったと聞いているけれど。
それにしたって十六夜は落ち着いた紬の着物なのに、僕だけ豪華な装いでは悪目立ちしてしまう。
「ねえ、ケダモノがこんなの着てちゃよくないよ。他に着替えはないの?」
「いいのいいの。毬也はお嫁さんになるんだからね!」
「え? お嫁さんて」
「ほら! 旦那さんが来たよ!」
驚いて、含み笑いをした十六夜と同じに病室のドアの方を見る。
すりガラスになった部分に背の高い人の姿が映った。
その人は三角耳があって長い尻尾を持ち、白い髪と尻尾に、黒い縞が入っているのがぼんやりとだけれどわかる。
「……」
息が詰まった。喉が震える。手と足は寒い時期に緋襦袢を洗っていたときのように、かちこちに固まった。
ドアが開く。
長かった髪は襟の長さになり、緋襦袢の上に婀娜っぽく引っかけていた打ち掛けではなく、清潔な白いシャツと濃紺のマントを羽織った書生姿の立派な青年が微笑んでいた。
月華……!
僕は体を固まらせたまま動けなかった。
月華がゆっくりと近づいて来てくれる。
「毬也、迎えに来たよ。何度も家族と話して認めてもらった。なにも心配しなくていいし、心配でも大丈夫。俺がお前を守るから、俺とおいで」
月華が僕の手首を握った。
──行くところがないなら俺とおいで。
──大丈夫。お前は俺が守ってやる!
あの日の記憶が蘇る。
月華、あのときから君はずっと約束を守っていてくれた。ずっと僕を守ってきてくれた。
疑うことなんかひとつもないし、心配もわずかもないよ。月華がそう言ってくれるなら、僕は迷わず君についていく。
両手を伸ばし、月華の首に手を回した。月華も腕を回して抱きしめてくれる。
ああ……僕の場所だ。出会ったときから、ここが僕の居場所だった。
「う、うう……」
月華のぬくもりと匂いに包まれ、充足感に満たされて涙が溢れる。
幸せを入れるコップから幸せが溢れるように、涙が幾筋も溢れてくる。
「泣き虫毬也。でも、泣いていいよ。かわいいから、俺が何度でも涙を拭ってやる」
ざらついた舌が目元を拭う。それから鼻や頬にも滑って、唇を舐めた。
僕が世界で一番好きなざらざら。
「ちょっと月華! ここは病院で、僕も見てるんだけど!」
僕の吐息は十六夜の批難に消えたけれど、月華は悪戯っぽく返した。
「見てればいい。っていうか見てろよ。毬也が俺だけのものだって、世界中にしらしめてやりたい」
「なに言ってんのさ! この露出狂。月華は昔から独占欲丸出しで……あ、ああーー!」
十六夜の反論におかまいなしに、月華は僕をぎゅっと抱き寄せ、唇を重ねた。
ごめんね、十六夜。僕も今はこの幸せを噛みしめたいから、月華を叱れないよ。
夢幻楼は取り潰しになり、僕は十六夜と日向とともに助け合って暮らしていくことになった。ケダモノの僕が一緒だなんて迷惑にしかならないのに、二人は大丈夫だと言ってくれる。
でも僕、知っているんだ。十六夜は僕を好きだって言いながら、僕へ向ける瞳とは違う熱さで日向を見ているし、日向も同じだっていうこと。
思い合っている二人の邪魔はしたくないから、早いうちに一人で暮らせるように頑張らないと!
それに一時はあきらめたけれど、頑張って身を立てたら、伊集院家を訪れようと決意している。
月華に思いを伝えたいから、追い帰されたって何度だって通うつもりだ。
ねえ、月華。君がくれた愛情を、今度は僕が返す番。僕が君に会いに行くからね。
僕からの「ありがとう」を、そして「好き」を届けに行くから。
「まーりや。着替え持って来たよ~」
入院のために日向たちが持ってきてくれていた荷物はわずかで、風呂敷にすっかり包み終えて待っていると、十六夜が現れた。
「僕が着せてあげるね」と、薄桃の桜模様の着物に赤地に菊紋があしらわれた羽織を着付けしてくれ、髪は上半分を緩く結って、桃色の牡丹の髪飾りを付ける。
おまけに爪に色まで付けてくれた。
「まるで身請けされるときみたいだ」
こんな豪華な着物、夢幻楼の納戸にあったものでも持ってきたのだろうか。取り潰しになって、花たちが争うように廓の物品を持っていったと聞いているけれど。
それにしたって十六夜は落ち着いた紬の着物なのに、僕だけ豪華な装いでは悪目立ちしてしまう。
「ねえ、ケダモノがこんなの着てちゃよくないよ。他に着替えはないの?」
「いいのいいの。毬也はお嫁さんになるんだからね!」
「え? お嫁さんて」
「ほら! 旦那さんが来たよ!」
驚いて、含み笑いをした十六夜と同じに病室のドアの方を見る。
すりガラスになった部分に背の高い人の姿が映った。
その人は三角耳があって長い尻尾を持ち、白い髪と尻尾に、黒い縞が入っているのがぼんやりとだけれどわかる。
「……」
息が詰まった。喉が震える。手と足は寒い時期に緋襦袢を洗っていたときのように、かちこちに固まった。
ドアが開く。
長かった髪は襟の長さになり、緋襦袢の上に婀娜っぽく引っかけていた打ち掛けではなく、清潔な白いシャツと濃紺のマントを羽織った書生姿の立派な青年が微笑んでいた。
月華……!
僕は体を固まらせたまま動けなかった。
月華がゆっくりと近づいて来てくれる。
「毬也、迎えに来たよ。何度も家族と話して認めてもらった。なにも心配しなくていいし、心配でも大丈夫。俺がお前を守るから、俺とおいで」
月華が僕の手首を握った。
──行くところがないなら俺とおいで。
──大丈夫。お前は俺が守ってやる!
あの日の記憶が蘇る。
月華、あのときから君はずっと約束を守っていてくれた。ずっと僕を守ってきてくれた。
疑うことなんかひとつもないし、心配もわずかもないよ。月華がそう言ってくれるなら、僕は迷わず君についていく。
両手を伸ばし、月華の首に手を回した。月華も腕を回して抱きしめてくれる。
ああ……僕の場所だ。出会ったときから、ここが僕の居場所だった。
「う、うう……」
月華のぬくもりと匂いに包まれ、充足感に満たされて涙が溢れる。
幸せを入れるコップから幸せが溢れるように、涙が幾筋も溢れてくる。
「泣き虫毬也。でも、泣いていいよ。かわいいから、俺が何度でも涙を拭ってやる」
ざらついた舌が目元を拭う。それから鼻や頬にも滑って、唇を舐めた。
僕が世界で一番好きなざらざら。
「ちょっと月華! ここは病院で、僕も見てるんだけど!」
僕の吐息は十六夜の批難に消えたけれど、月華は悪戯っぽく返した。
「見てればいい。っていうか見てろよ。毬也が俺だけのものだって、世界中にしらしめてやりたい」
「なに言ってんのさ! この露出狂。月華は昔から独占欲丸出しで……あ、ああーー!」
十六夜の反論におかまいなしに、月華は僕をぎゅっと抱き寄せ、唇を重ねた。
ごめんね、十六夜。僕も今はこの幸せを噛みしめたいから、月華を叱れないよ。
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