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本編
追想①
しおりを挟むクラウスと夫人に抱きしめられながらひとしきり泣いて、昨日の交接の影響もあってか、疲れが頂点に達していた俺は、ソファの上でクラウスにもたれて、ウトウトし始めていた。
「そろそろ離宮のお部屋に戻りなさい。クラウスの荷物も離宮に戻してあるから」
「……あ! そう言えば」
大事なことをもうひとつ聞いていない!
「どうして記憶がなくなったなんて言ったんだ! 俺、凄く凄く心配したんだからな! 俺にも教えておいてよ。部屋も別になっちゃうし、クラウスは俺を避けるし……俺がどんなに不安だったか」
もたれかかっていた逞しい腕を掴み、訴える。クラウスは困ったような顔をして口ごもり、答えたのは、くすくすと愉しそうに笑う夫人だ。
「発端はクラウスの遠征出発の前日、あなたとニコラちゃんが、ラボで話していたことからだったわ」
夫人は臨場感たっぷりに、今日までの日々が映像で見えるかのように語ってくれた。
***
「母上、ニコラの様子が気がかりなのです。原因はわかりませんが、エルフィーに対してなにか狂気めいた思いが感じられました。俺がいない間、セルドラン家に戻るエルフィーの身が心配です」
クラウスは、ニコラが「クラウスのことはどう思っているの」と俺に聞いたあたりで研究室の前に到着したそうだ。俺の返答に胸を痛くしながらも、どうも様子がおかしいと感じ、ニコラを刺激しない頃合いを見計らって声をかけようと思っていたらしい。
「今日は母上とじっくり相談をするために、エルフィーをあちらに戻しましたが、明日早いうちに二人の様子を見てきていただけませんか」
「それなら、二人まとめてここで見ておくわ。セルドラン家では目が届きにくいでしょうけど、ここなら人数もいるし、この子たちがいるから」
この子たち、とは侍女さんたちのことだ。
そして夫人は俺たちを迎えにきて、ラボでのニコラの様子を見て確信したそうだ。ニコラが闇を抱え、俺に対して危害を加える恐れがあると。
夫人は俺たちと遊びたかったから来た、と言っていたけど、実はそうだったんだ……。クラウスが、凄く心配してくれていたんだ……。
その後、夫人はニコラの動向を探りながら、ニコラの狂気の原因と昇華の方法も考えてくれていた。
また、クラウスと書簡でやり取りを続け、俺たちの様子を伝えていたそうだ。
ある日の書簡では────
「ちょっと知ってる? エルフィーちゃんたら、他に好きな殿方がいるんですって! それで、ヒートトラップを起こしてその人と番になろうとしていたらしいわよ。クラウスどうする~? あなた、略奪愛じゃない!」
文面から、夫人が面白がる様子が見えたそうだ。
っていうか夫人。クラウスが帰ってきたら自分で伝えて、なんて言ったくせに、速攻でバラしてるし!
「どうも致しません。俺はなにがあってもエルフィーを離しません。それより、ニコラの考えが読めませんね。なにか切り札を持っているのではないでしょうか」
「あなたのお手紙とっても面白くないわ。癪だから、私が入手したエルフィーちゃんの気・持・ち。教えてあげない。せいぜい悩むがいいわ。おほほほほ」
いや、「おほほほ」は書いていないだろう……。
「それはさておき。確かにニコラちゃんには得体の知れない余裕があるわ。ただ、気がかりなのは鬱傾向もあることよ。楽しそうに微笑んでいるかと思えば、目に光なく黙り込んだり、エルフィーちゃんをなんとも言えない表情でじっと見ているの。覚醒系のお薬の離脱ができていないのかも。外に連れ出して疲れさせてみるわね。外の空気に当たれば、ニコラちゃんの魅力も引き出せるかもしれないし一石二鳥ね」
「お願いします。俺の方は精一杯任務に当たっております。騎士には感染して記憶障害が出る者もいますが、俺は息災にしております」
え? ってことは感染したのも嘘? 心配させやがって……後で怒ってやる!
「あなたの手紙は本当に面白くないわね。エルフィーちゃんへの募る思いでも書けばいいのに。ところであなたの帰還まで今少しなのに、まだニコラちゃんの思惑はわからないわ」
「母上、帰還したら俺がニコラに接触します。ただ、ニコラに不信感を持たせず心の奥に踏み込むには、彼のそばにいて彼の信頼を得る必要があるかと」
そして、クラウスは記憶障害を演じることにした────
***
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