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本編
祈りと信じる心②
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ああ、俺は、無意識下でニコラを上から見下ろしていたんだ……。
俺は高慢だ。双子の弟の本心も理解できていないのに、俺がそばにいて「あげる」、俺がニコラのできなところを補って「あげる」なんて。
「エルフィー」
クラウスが震える俺の肩を抱きしめ、唇で涙を拭う。ただ名前を呼んで、静かに。
「う……俺もニコラに、こうすればよかった。好きなものを譲るとか、いつまでもそばにいるよ、とか。兄弟ではいつかできなくなってしまうことでその場を凌ぐんじゃなくて、ただ寄り添って涙を拭けばよかった」
「エルフィーはそうしていた。だからニコラはエルフィーを愛していたんだ。ニコラは俺に好意を寄せていると言ったが、それを親愛の情だと俺が受け取っていたのは、なぜだかわかるか?」
止まらない涙を唇と指で拭いながら、クラウスは聞いてくる。俺は小さく首を振った。
「ニコラは俺と話すとき、大半は君の話をしていた。俺が同意するととても嬉しそうで、やっぱりクラウスにはわかるんだね、と、君と同じようにまぶしい笑顔を見せていた。ニコラは多分、君を同じように愛する俺と共に、君を愛していきたかったんだ」
──エルフィー、大好き! 頼れる僕の兄さん!
「ニコラ……」
天使のような笑顔で、俺に抱きついてくる柔らかい手と頬。俺と瓜ふたつの、俺の半身だったニコラ……!
「エルフィーちゃん。これが大人になっていくということよ。双子でもいつまでも一緒ではいられない。あなたはクラウスと番になったことでそれに気づいたけど、ニコラちゃんの心は、魔力判定を受けで絶望した幼い日のままなのよ……ニコラちゃんも気づかなきゃね。自分たちは別の人間で、別の人生を歩いて行くんだと」
夫人も俺のそばに来て、頭を撫でて抱きしめてくれる。ニコラは、ニコラには今、誰がそうしてくれているんだろう。
父様、母様はいてくれてる? 俺が行くのは嫌がるだろうけど、行って強く抱きしめたい……!
「エルフィーちゃん、ニコラちゃんは今、治癒魔法じゃ解毒できない部分を医術師が治療を始めたわ。セルドラン夫妻が付きっきりでいるから安心して。それに、私がニコラちゃんを強く育てると約束するから、安心して」
「夫人が……?」
夫人は教えてくれた。ニコラにはニコラ本人も気づいていない魅力がたくさんあると。勉強ばかりに打ち込んで、用意されたもののどちらかを選ぶしかしてこなかったニコラが、自発的に好きなものを見つければきっと強いと。
ニコラは夫人に見張られていたと言ったけど、それだけじゃない。夫人はニコラのことを細やかに見て、心から考えていてくれたんだ。
「心が回復したら、色んな場所に連れ出すわ。世界は美しいと教えて、ニコラちゃんが好きなものを一緒に探すの。それに……孤児院で勉強を教えていたじゃない? そのとき、とても熱心で丁寧だった。一人、どうしても時計が読めなかった子がいるんだけど、ニコラちゃんは根気よく教えてくれてね。その子はニコラちゃんを天使のようなお兄さん、って言って、時計の針を眺めながら、次はいつ来てくれるかな、って心待ちにしているの」
俺はもう、溢れる涙と込み上げる嗚咽でなにも言えなかった。
ニコラ、お前の根っこは変わってない。俺やクラウス以外にも、お前の優しさを知っている人がいる。待ってくれている人がいる。
大丈夫、大丈夫だよ。ニコラ。
俺もクラウスも、父様母様も婦人も。きっとお前が立ち直って、心からの笑顔を見せてくれる日が来るって信じて待っているから……!
俺は高慢だ。双子の弟の本心も理解できていないのに、俺がそばにいて「あげる」、俺がニコラのできなところを補って「あげる」なんて。
「エルフィー」
クラウスが震える俺の肩を抱きしめ、唇で涙を拭う。ただ名前を呼んで、静かに。
「う……俺もニコラに、こうすればよかった。好きなものを譲るとか、いつまでもそばにいるよ、とか。兄弟ではいつかできなくなってしまうことでその場を凌ぐんじゃなくて、ただ寄り添って涙を拭けばよかった」
「エルフィーはそうしていた。だからニコラはエルフィーを愛していたんだ。ニコラは俺に好意を寄せていると言ったが、それを親愛の情だと俺が受け取っていたのは、なぜだかわかるか?」
止まらない涙を唇と指で拭いながら、クラウスは聞いてくる。俺は小さく首を振った。
「ニコラは俺と話すとき、大半は君の話をしていた。俺が同意するととても嬉しそうで、やっぱりクラウスにはわかるんだね、と、君と同じようにまぶしい笑顔を見せていた。ニコラは多分、君を同じように愛する俺と共に、君を愛していきたかったんだ」
──エルフィー、大好き! 頼れる僕の兄さん!
「ニコラ……」
天使のような笑顔で、俺に抱きついてくる柔らかい手と頬。俺と瓜ふたつの、俺の半身だったニコラ……!
「エルフィーちゃん。これが大人になっていくということよ。双子でもいつまでも一緒ではいられない。あなたはクラウスと番になったことでそれに気づいたけど、ニコラちゃんの心は、魔力判定を受けで絶望した幼い日のままなのよ……ニコラちゃんも気づかなきゃね。自分たちは別の人間で、別の人生を歩いて行くんだと」
夫人も俺のそばに来て、頭を撫でて抱きしめてくれる。ニコラは、ニコラには今、誰がそうしてくれているんだろう。
父様、母様はいてくれてる? 俺が行くのは嫌がるだろうけど、行って強く抱きしめたい……!
「エルフィーちゃん、ニコラちゃんは今、治癒魔法じゃ解毒できない部分を医術師が治療を始めたわ。セルドラン夫妻が付きっきりでいるから安心して。それに、私がニコラちゃんを強く育てると約束するから、安心して」
「夫人が……?」
夫人は教えてくれた。ニコラにはニコラ本人も気づいていない魅力がたくさんあると。勉強ばかりに打ち込んで、用意されたもののどちらかを選ぶしかしてこなかったニコラが、自発的に好きなものを見つければきっと強いと。
ニコラは夫人に見張られていたと言ったけど、それだけじゃない。夫人はニコラのことを細やかに見て、心から考えていてくれたんだ。
「心が回復したら、色んな場所に連れ出すわ。世界は美しいと教えて、ニコラちゃんが好きなものを一緒に探すの。それに……孤児院で勉強を教えていたじゃない? そのとき、とても熱心で丁寧だった。一人、どうしても時計が読めなかった子がいるんだけど、ニコラちゃんは根気よく教えてくれてね。その子はニコラちゃんを天使のようなお兄さん、って言って、時計の針を眺めながら、次はいつ来てくれるかな、って心待ちにしているの」
俺はもう、溢れる涙と込み上げる嗚咽でなにも言えなかった。
ニコラ、お前の根っこは変わってない。俺やクラウス以外にも、お前の優しさを知っている人がいる。待ってくれている人がいる。
大丈夫、大丈夫だよ。ニコラ。
俺もクラウスも、父様母様も婦人も。きっとお前が立ち直って、心からの笑顔を見せてくれる日が来るって信じて待っているから……!
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