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本編
真実の、さらに真実①
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ラボに到着すると、エントランスの扉には鍵がかかっていた。持ってきていたスペアのキーで開錠し、フェリックスと一緒に走る。
ニコラがいるとしたら、俺の研究室かニコラの研究室だ。最近は番解消薬を作るために俺の研究室にこもっていたから、そこにいる可能性が高い。
「フェリックス、二階の一番奥だ!」
「わかった」
俺は階段を二段飛ばしで登って先に部屋の前についた。ドアノブを回すと、ニコラが家を飛び出してここに来ていた日とは違い、外鍵も内鍵もかかっていなかった。
もしかしてここにはいないのか?
ガチャ、と音を立てて性急に開ける。
「……ニコラ……!」
ニコラはいた。試験台に座り、足を組んで頬杖をついて、こっちを向いている。
クラウスの姿はどこにもない。
「いらっしゃい、エルフィー。思ったより遅かったね。お話が長かったんじゃないの? ……ねぇ、フェリックス?」
えっ……?
「悪いね。あんまりエルフィーが純粋に信じるから、面白くてつい芝居が乗っちゃって」
えっ……?
「あんまり遅いと、クラウスが警戒して部屋を出ちゃうじゃない」
「ごめんごめん。じゃあそろそろ始めようよ。世紀の大実験!」
なにかのショーの司会者のように、フェリックスが両腕を広げ、ニコラがくすくす笑う。
二人がいったいなにを話しているのか理解できなくて、それでも背筋が冷えるのを感じながら、俺は前後にいる二人を見比べた。
「エールフィー。これなーんだ」
フェリックスの方を向いているとニコラに呼ばれて、顔の向きを戻す。ニコラはブリーチズの右ポケットから、真鍮のピルケースを取り出した。
俺のピルケースは天使の彫りが施された四角形のもので、ニコラのものは双子の女神が彫られた円形だ。これも母様が二つ並べてくれたときに、ニコラが先に選んだ。
「僕たちと同じ双子! 僕こっちがいい!」と。
そのときのニコラの嬉しそうな笑顔は、俺が手にしたピルケースの天使みたいで、とても嬉しくなったのを憶えている。
ニコラはピルケースの蓋を開けると、グリーンのソフトカプセルを取り出した。
「ヒート、誘発剤……?」
セルドランラボの気化型ヒート誘発剤は、プロムの夜に俺が使ったものしかまだ存在せず、この色じゃない。でも、それしか考えられない。
「はずれ! これねえ……」
ニコラはそれを指でいじりながらもったいぶる。そしてもう一度、親指と人差し指で挟んで俺に見せた。
「つがい解消薬だよ!」
「つがい解消薬!?」
「そ。僕が作ったんだよ。この魔力の低い僕が! 凄いでしょう?」
まさか。ニコラの魔力で前例のない薬を作れるわけがない。はったりだ。俺を動揺させようとしているんだ。
「信じてないみたいだね。じゃあ使ってみようか。……フェリックス!」
「はいはい。俺はクラウスの方だね。行ってくるよ」
フェリックスは、ジャケットのポケットから透明の袋を出し、ひらひらと揺らしながら出て行く。中には同じくグリーンのソフトカプセル。
「フェリックス、待って! ……ん……!」
閉まったドアに手を伸ばし、フェリックスを追おうとすると、オメガフェロモンの香りがして心臓がどくん!と弾んだ。ニコラがカプセルを潰したんだ。
やっぱり、これはヒート誘発剤?
「ニコラ、なぜ俺に誘発剤を」
鼻と口を手で覆う。ニコラは抑制剤でも使っているのか、影響を受けていない。
「だから、誘発剤じゃなくてつがい解消薬だってば。あー、でも半分は誘発剤か。あのね、実験してみたら、解消される寸前のオメガの細胞の振動……つまりは苦しみが半端なかったの。だから誘発剤を混ぜて緩和作用にしたんだ。エルフィー、番解消が上手くいったら、フェリックスをここに呼び戻すから、抱いてもらえばいいよ」
「なに言って……ぅ……」
まずい。薬の気化が進んでいる。指の隙間をくぐって鼻や口から入るだけでなく、皮膚にも染み込んでいく。
「なんでこんな……それに、つがい解消薬って……本当なのか?」
「だから本当だってば」
ニコラはうずくまった俺の前にしゃがんだ。
「僕ね、覚醒系の薬草を使っていたでしょう? 眠らないためもあったけど、ヒートのときに、フェロモンの力を強くするために飲んでたんだ」
「フェロモンの、力……?」
「うん。覚醒系の薬草って、フェロモンを活性化させるじゃない? それでひいおじい様の手記を漁ってたらね、ヒートの一週間前から覚醒系の薬草を飲むと、いつもよりフェロモンの作用が強く出て、魔力も一時的に上がるって書いてあってね。試してみたら本当にそうなったの!」
ニコラは楽しい遊びを見つけた無邪気な子どものように言う。天使のような笑顔は健在なのに、言っていることは恐ろしい。
でもそうか……! ヒート中に家を抜け出してラボに行ったのは、高まった魔力で番解消薬を仕上げて、さらにはその痕跡を消すためだったんだ。
そして薬が出来上がっていたことで気持ちに余裕が生まれて、俺がクラウスとつがいを解消したくないと言っても、あっさりと引き下がったんだろう。油断させるつもりもあったのかもしれない。
もういつでもつがいを解消させられるから。後は機会をうかがうだけだから。
「だからつてニコラ……そんなに大量に劇薬を使ったらどうなるか……ぅ……は、ぁ」
誘発剤の血中濃度が上がってきている。抑えられない性への衝動が、身体じゅうを巡り始めた。
「だって、なりふりかまっていられなかったから。おかげで、ヒート初日の一晩で番解消薬ができちゃった。……エルフィー、フェロモンが出てきたね。今から解消薬の反応も出てきて少し辛いだろうけど、僕がそばにいてあげるからね」
ニコラが床に倒れ込んだ俺の手を握る。
「触るなっ……やめろ、ニコラ、頼むから……クラウスは今、普通の状態じゃないんだ。こんなことしたら」
「クラウス? 大丈夫だよ。実験では、アルファは解消後の喪失感が少し出るくらいで、身体への負担は少ない。まあ、それを実証するための今だけど。それよりエルフィーは自分のことを心配して? そろそろクラウスにも使われただろうから、反応が始まるよ」
「……っつ。……あ、ああああっ!」
ニコラがいるとしたら、俺の研究室かニコラの研究室だ。最近は番解消薬を作るために俺の研究室にこもっていたから、そこにいる可能性が高い。
「フェリックス、二階の一番奥だ!」
「わかった」
俺は階段を二段飛ばしで登って先に部屋の前についた。ドアノブを回すと、ニコラが家を飛び出してここに来ていた日とは違い、外鍵も内鍵もかかっていなかった。
もしかしてここにはいないのか?
ガチャ、と音を立てて性急に開ける。
「……ニコラ……!」
ニコラはいた。試験台に座り、足を組んで頬杖をついて、こっちを向いている。
クラウスの姿はどこにもない。
「いらっしゃい、エルフィー。思ったより遅かったね。お話が長かったんじゃないの? ……ねぇ、フェリックス?」
えっ……?
「悪いね。あんまりエルフィーが純粋に信じるから、面白くてつい芝居が乗っちゃって」
えっ……?
「あんまり遅いと、クラウスが警戒して部屋を出ちゃうじゃない」
「ごめんごめん。じゃあそろそろ始めようよ。世紀の大実験!」
なにかのショーの司会者のように、フェリックスが両腕を広げ、ニコラがくすくす笑う。
二人がいったいなにを話しているのか理解できなくて、それでも背筋が冷えるのを感じながら、俺は前後にいる二人を見比べた。
「エールフィー。これなーんだ」
フェリックスの方を向いているとニコラに呼ばれて、顔の向きを戻す。ニコラはブリーチズの右ポケットから、真鍮のピルケースを取り出した。
俺のピルケースは天使の彫りが施された四角形のもので、ニコラのものは双子の女神が彫られた円形だ。これも母様が二つ並べてくれたときに、ニコラが先に選んだ。
「僕たちと同じ双子! 僕こっちがいい!」と。
そのときのニコラの嬉しそうな笑顔は、俺が手にしたピルケースの天使みたいで、とても嬉しくなったのを憶えている。
ニコラはピルケースの蓋を開けると、グリーンのソフトカプセルを取り出した。
「ヒート、誘発剤……?」
セルドランラボの気化型ヒート誘発剤は、プロムの夜に俺が使ったものしかまだ存在せず、この色じゃない。でも、それしか考えられない。
「はずれ! これねえ……」
ニコラはそれを指でいじりながらもったいぶる。そしてもう一度、親指と人差し指で挟んで俺に見せた。
「つがい解消薬だよ!」
「つがい解消薬!?」
「そ。僕が作ったんだよ。この魔力の低い僕が! 凄いでしょう?」
まさか。ニコラの魔力で前例のない薬を作れるわけがない。はったりだ。俺を動揺させようとしているんだ。
「信じてないみたいだね。じゃあ使ってみようか。……フェリックス!」
「はいはい。俺はクラウスの方だね。行ってくるよ」
フェリックスは、ジャケットのポケットから透明の袋を出し、ひらひらと揺らしながら出て行く。中には同じくグリーンのソフトカプセル。
「フェリックス、待って! ……ん……!」
閉まったドアに手を伸ばし、フェリックスを追おうとすると、オメガフェロモンの香りがして心臓がどくん!と弾んだ。ニコラがカプセルを潰したんだ。
やっぱり、これはヒート誘発剤?
「ニコラ、なぜ俺に誘発剤を」
鼻と口を手で覆う。ニコラは抑制剤でも使っているのか、影響を受けていない。
「だから、誘発剤じゃなくてつがい解消薬だってば。あー、でも半分は誘発剤か。あのね、実験してみたら、解消される寸前のオメガの細胞の振動……つまりは苦しみが半端なかったの。だから誘発剤を混ぜて緩和作用にしたんだ。エルフィー、番解消が上手くいったら、フェリックスをここに呼び戻すから、抱いてもらえばいいよ」
「なに言って……ぅ……」
まずい。薬の気化が進んでいる。指の隙間をくぐって鼻や口から入るだけでなく、皮膚にも染み込んでいく。
「なんでこんな……それに、つがい解消薬って……本当なのか?」
「だから本当だってば」
ニコラはうずくまった俺の前にしゃがんだ。
「僕ね、覚醒系の薬草を使っていたでしょう? 眠らないためもあったけど、ヒートのときに、フェロモンの力を強くするために飲んでたんだ」
「フェロモンの、力……?」
「うん。覚醒系の薬草って、フェロモンを活性化させるじゃない? それでひいおじい様の手記を漁ってたらね、ヒートの一週間前から覚醒系の薬草を飲むと、いつもよりフェロモンの作用が強く出て、魔力も一時的に上がるって書いてあってね。試してみたら本当にそうなったの!」
ニコラは楽しい遊びを見つけた無邪気な子どものように言う。天使のような笑顔は健在なのに、言っていることは恐ろしい。
でもそうか……! ヒート中に家を抜け出してラボに行ったのは、高まった魔力で番解消薬を仕上げて、さらにはその痕跡を消すためだったんだ。
そして薬が出来上がっていたことで気持ちに余裕が生まれて、俺がクラウスとつがいを解消したくないと言っても、あっさりと引き下がったんだろう。油断させるつもりもあったのかもしれない。
もういつでもつがいを解消させられるから。後は機会をうかがうだけだから。
「だからつてニコラ……そんなに大量に劇薬を使ったらどうなるか……ぅ……は、ぁ」
誘発剤の血中濃度が上がってきている。抑えられない性への衝動が、身体じゅうを巡り始めた。
「だって、なりふりかまっていられなかったから。おかげで、ヒート初日の一晩で番解消薬ができちゃった。……エルフィー、フェロモンが出てきたね。今から解消薬の反応も出てきて少し辛いだろうけど、僕がそばにいてあげるからね」
ニコラが床に倒れ込んだ俺の手を握る。
「触るなっ……やめろ、ニコラ、頼むから……クラウスは今、普通の状態じゃないんだ。こんなことしたら」
「クラウス? 大丈夫だよ。実験では、アルファは解消後の喪失感が少し出るくらいで、身体への負担は少ない。まあ、それを実証するための今だけど。それよりエルフィーは自分のことを心配して? そろそろクラウスにも使われただろうから、反応が始まるよ」
「……っつ。……あ、ああああっ!」
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