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本編
さまざまな真実①
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***
ニコラが倒れ、俺はクラウスに送られてニコラと共に自宅へ戻った。ニコラが倒れたのは俺と同じく寝不足が原因かと思われたけど、回復魔法を送っても半分で跳ね返されてしまう。
どうしてだろう。他に原因が? 俺とクラウスのことで心因性の疲労が強いのか……それとも、深層心理で俺を拒否してる?
「ニコラ……」
俺と同じ顔が青白くなっている。ともかく魔法を送り続けよう。
ニコラの額に手をかざして、呪文を唱え続ける。しばらくすると、コンコンコンとドアがノックされた。
「エルフィー、ニコラの具合はどう?」
「母様。ずいぶんと疲労が溜まってたみたいでね。しばらくはかかりそう」
「そう……ニコラは頑張り過ぎちゃうところがあるから」
久しぶりに見る母様も、酷く疲れた顔をしている。俺は母様の細い背に手を当てた。
「母様もニコラが根を詰めてた間、付き合ってたんじゃない?」
「……あなたには隠せないわね。なにもできないけど、お部屋の電気が付いている限りは一緒に起きていて、お夜食やお茶を運んだり、背を撫でるくらいは、と思って。父様も付き合おうとしてくれたけど、ラボに集中してほしかったから、お断りしたわ。だけどエルフィー、あなたもよ? どうして国の要請のお薬が大変なときに、つがい解消のお薬にも精を出していたの?」
小さな優しい手が俺の頬を撫でる。
俺も倒れたばかりだから、心配をかけてしまったな……。
「ニコラの体調が戻りしだい、話すよ。父様と母様に聞いて欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しいこと?」
「うん。それで、助けて欲しい」
母様が小首を傾げ、不安そうに眉を寄せる。
「助けてって……そんなこと言われたら、なにがあったかと気がかりだけど、今じゃ駄目なのね?」
「うん、ニコラも一緒に。俺より、ニコラに支えが必要だから」
「……エルフィー。父様と母様は、どちらにも同じくらいの支えになりたいわ。あなたたち、どちらも私たちの宝物なのよ?」
「うん……! ありがとう!」
母様の手から癒し魔法が流れてきている。父様はおじい様と同じくらいの魔力があるけど、母様は力が弱い。だからラボの仕事にも参加していないし、使えるのは少しだけ神経を穏やかにする魔法くらいだ。
でもこうして俺に使ってくれて、きっとニコラにも、背を撫でながら癒しの魔法を送っていたんだろう。
ありがとう、母様。
「ニコラのことは俺が見てるから、母様も休んでよ」
「でも、起きた時にそばにいてあげたくて」
「目が覚めたらすぐに声をかけに行くから。ね?」
なあ、ニコラ。わかってるだろ? 母様もニコラを大事に思っているよ? 父様だって、何度も部屋に入って来ていた。父様母様に心配をかけないようにいつも頑張っているお前だけど、弱いところも見せていいんだよ。
「わかったわ、エルフィー。いつもニコラのこと、見ていてくれてありがとう。でもあなた、明日はクラウス様の出発の日だったのに、お見送りができなかったわね。ごめんなさいね」
「母様が謝ることじゃないよ。クラウスがニコラについててやれって言ってくれたんだから」
クラウス……。俺の帰りが遅いから迎えに来たんだと言っていたけど、あのタイミングでニコラを助けてくれた。いつからラボにいたんだろう。俺とニコラの話は聞こえていたんだろうか。
「クラウスを好きにはならない。つがいも解消する」なんて、何度も本人を目の前にして言ってきた。だから聞こえていたとしても、クラウスは「またか」って思ったかもしれない。
「それでも俺はエルフィーが好きだよ」って、何度も言ってくれたみたいにまた思ってくれたかもしれない。
でも……俺が嫌だった。聞かれたくなかった。今回の騎士団の遠征は一四日間の長い期間となり、しばらく会えない。なのにそんな言葉が出発前日の言葉になるなんて。
クラウスも俺もニコラのことに必死で「行ってくる」も「行ってらっしゃい」の言葉も交わせなかった。
フェリックスのことは心配しないでってちゃんと伝えて、待ってるよ、って。
俺はお前の帰りを離宮で待っててやるから無事に帰って来いよ、って、笑顔で送り出すつもりだったのに……!
クラウスがつつがなく任務を終えて、無事に帰還しますように。
俺は無意識にニコラにかざしていた右手を胸元に移し、首からかけたヒバリのペンダントトップを握りしめた。
「う……ん、ぅう」
「ニコラ! ごめん、大丈夫か?」
ニコラが苦しがっている。今はニコラだけに集中しないと、俺が不安定だと魔法に影響してしまう。
俺はペンダントから手を離し、再びニコラに手をかざした。ニコラは身の置き所がなさそうに、身体をもぞりと動かす。その途端に、うなじからフェロモンが匂い立った。
「……ん? フェロモン……そうだ、俺たち、発情期の時期か」
だから回復魔法が効かない? それであんなに情緒不安定だった?
「待ってて、すぐに抑制剤を出すから。えっと……」
ニコラはアカデミーの寄宿舎では、いつも勉強用の机の左の引き出しに抑制剤を入れていた。家での発情期はアカデミー以来だけど、入れておくなら同じような場所だろう。
「ニコラ、勝手に開けてごめんな……えっ? これは……!」
俺はニコラの引き出しに、思いも寄らないものを見た。
ニコラが倒れ、俺はクラウスに送られてニコラと共に自宅へ戻った。ニコラが倒れたのは俺と同じく寝不足が原因かと思われたけど、回復魔法を送っても半分で跳ね返されてしまう。
どうしてだろう。他に原因が? 俺とクラウスのことで心因性の疲労が強いのか……それとも、深層心理で俺を拒否してる?
「ニコラ……」
俺と同じ顔が青白くなっている。ともかく魔法を送り続けよう。
ニコラの額に手をかざして、呪文を唱え続ける。しばらくすると、コンコンコンとドアがノックされた。
「エルフィー、ニコラの具合はどう?」
「母様。ずいぶんと疲労が溜まってたみたいでね。しばらくはかかりそう」
「そう……ニコラは頑張り過ぎちゃうところがあるから」
久しぶりに見る母様も、酷く疲れた顔をしている。俺は母様の細い背に手を当てた。
「母様もニコラが根を詰めてた間、付き合ってたんじゃない?」
「……あなたには隠せないわね。なにもできないけど、お部屋の電気が付いている限りは一緒に起きていて、お夜食やお茶を運んだり、背を撫でるくらいは、と思って。父様も付き合おうとしてくれたけど、ラボに集中してほしかったから、お断りしたわ。だけどエルフィー、あなたもよ? どうして国の要請のお薬が大変なときに、つがい解消のお薬にも精を出していたの?」
小さな優しい手が俺の頬を撫でる。
俺も倒れたばかりだから、心配をかけてしまったな……。
「ニコラの体調が戻りしだい、話すよ。父様と母様に聞いて欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しいこと?」
「うん。それで、助けて欲しい」
母様が小首を傾げ、不安そうに眉を寄せる。
「助けてって……そんなこと言われたら、なにがあったかと気がかりだけど、今じゃ駄目なのね?」
「うん、ニコラも一緒に。俺より、ニコラに支えが必要だから」
「……エルフィー。父様と母様は、どちらにも同じくらいの支えになりたいわ。あなたたち、どちらも私たちの宝物なのよ?」
「うん……! ありがとう!」
母様の手から癒し魔法が流れてきている。父様はおじい様と同じくらいの魔力があるけど、母様は力が弱い。だからラボの仕事にも参加していないし、使えるのは少しだけ神経を穏やかにする魔法くらいだ。
でもこうして俺に使ってくれて、きっとニコラにも、背を撫でながら癒しの魔法を送っていたんだろう。
ありがとう、母様。
「ニコラのことは俺が見てるから、母様も休んでよ」
「でも、起きた時にそばにいてあげたくて」
「目が覚めたらすぐに声をかけに行くから。ね?」
なあ、ニコラ。わかってるだろ? 母様もニコラを大事に思っているよ? 父様だって、何度も部屋に入って来ていた。父様母様に心配をかけないようにいつも頑張っているお前だけど、弱いところも見せていいんだよ。
「わかったわ、エルフィー。いつもニコラのこと、見ていてくれてありがとう。でもあなた、明日はクラウス様の出発の日だったのに、お見送りができなかったわね。ごめんなさいね」
「母様が謝ることじゃないよ。クラウスがニコラについててやれって言ってくれたんだから」
クラウス……。俺の帰りが遅いから迎えに来たんだと言っていたけど、あのタイミングでニコラを助けてくれた。いつからラボにいたんだろう。俺とニコラの話は聞こえていたんだろうか。
「クラウスを好きにはならない。つがいも解消する」なんて、何度も本人を目の前にして言ってきた。だから聞こえていたとしても、クラウスは「またか」って思ったかもしれない。
「それでも俺はエルフィーが好きだよ」って、何度も言ってくれたみたいにまた思ってくれたかもしれない。
でも……俺が嫌だった。聞かれたくなかった。今回の騎士団の遠征は一四日間の長い期間となり、しばらく会えない。なのにそんな言葉が出発前日の言葉になるなんて。
クラウスも俺もニコラのことに必死で「行ってくる」も「行ってらっしゃい」の言葉も交わせなかった。
フェリックスのことは心配しないでってちゃんと伝えて、待ってるよ、って。
俺はお前の帰りを離宮で待っててやるから無事に帰って来いよ、って、笑顔で送り出すつもりだったのに……!
クラウスがつつがなく任務を終えて、無事に帰還しますように。
俺は無意識にニコラにかざしていた右手を胸元に移し、首からかけたヒバリのペンダントトップを握りしめた。
「う……ん、ぅう」
「ニコラ! ごめん、大丈夫か?」
ニコラが苦しがっている。今はニコラだけに集中しないと、俺が不安定だと魔法に影響してしまう。
俺はペンダントから手を離し、再びニコラに手をかざした。ニコラは身の置き所がなさそうに、身体をもぞりと動かす。その途端に、うなじからフェロモンが匂い立った。
「……ん? フェロモン……そうだ、俺たち、発情期の時期か」
だから回復魔法が効かない? それであんなに情緒不安定だった?
「待ってて、すぐに抑制剤を出すから。えっと……」
ニコラはアカデミーの寄宿舎では、いつも勉強用の机の左の引き出しに抑制剤を入れていた。家での発情期はアカデミー以来だけど、入れておくなら同じような場所だろう。
「ニコラ、勝手に開けてごめんな……えっ? これは……!」
俺はニコラの引き出しに、思いも寄らないものを見た。
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