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本編
つがい呼びの笛②
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すぐに顔をしかめた俺とは違い、クラウスは前のめりになっている。
即答しちゃったよ……わ、わ。その手に持った幽霊みたいな大きい人形、絶対に呪い系だって。やめてやめて。
「クラウス、騙されるな。インチキだよ」
「いや、だが俺がいない間にエルフィーに言い寄る男がいたら、この気味の悪いものを見せれば退散するような気がする」
クラウスは三歳の子どもくらいの大きさの幽霊人形を抱き上げて、まじまじと見ている。
「いやいやいや、持ち歩かないから!」
「じゃあこれは? 怪しい男が近づいたら顔に貼ってやれば……」
うわ。これまた気持ち悪い。どこの国の言葉なのか、黄色い紙に血文字のような赤い字で呪文が書いてある。
「……さてはクラウス、センスが悪いな?」
「っつ……」
図星を突かれたような顔をするクラウス。
「なら他で探そう。エルフィーに危険が迫ったとき、俺が一瞬で駆け付けることができるような凄いお守りを」
手に取っていた品物を置き、店に背を向けた。お守りは他の店でも別にいらないし、凄いお守りってなんだよ、と思いつつ、ホッとして俺もあとに続く。すると、店主が俺たちを引き留めた。
「お客さん、待って待って! お目が高いね。そう、ここに並んでいるのは実はおもちゃだ」
「やっぱインチキじゃん。おじさん、人を騙したら駄目だよ」
「う……コホン。違うって。本物を見極められる人にだけ本物を見せてるんだ。希少なものだからな」
いよいよインチキくさい。俺はクラウスに帰ろう、と促した。でも店主が急いで鞄から宝石箱を取り出し、蓋を開いた。
「ほら。見なよこれ。東方の国のつがい呼びの笛だ」
「つがい呼びの笛?」
呼び名に興味を惹かれ、俺たちは宝石箱を覗き込んだ。店主の手の大きさの宝石箱にあったのは、笛のペンダント。小鳥を象った淡い桃色で、乳白色の、大理石のような模様も混じり、そこが鳥の羽根のようにも見える。
瞳の部分には緑色の小さな石がはめ込まれていた。
「綺麗だろ? 海の奥深くから採取した珊瑚に、綺麗な川で採取した翡翠を付けてるんだぜ?」
「これは……美しいな。まるでエルフィーのようだ」
クラウスってばなに言ってるんだ! と思いつつ、色味が確かに自分の持つ色に似ていて、俺でさえ運命的な品物に思えた。ちょうどこの間、オウムの話をしていたし……これはオウムではなさそうだけど。
「そうだろう! あんたと歩くこちらの彼を見た瞬間、ビビッと来たんだ」
「ホントかなぁ……これ、なんの鳥? つがいの呼び笛ってどういうこと?」
「ああ、これはヒバリだ。ヒバリは繁殖期が始まると雄が高く上がって囀るだろう? その姿が東方の可憐なオメガに例えられるそうだ。ヒートが始まるときにつがいを呼ぶ声のようだ、ってな。それに、東方では「運命のつがい」という言い伝えがあってな」
「運命のつがい?」
俺とクラウスの声が揃った。店主は得意げに話を続ける。
「そうさ。この世には魂で繋がっているアルファとオメガがいて、ひと目見れば自分の運命だとわかるそうだ。ただ特別なだけになかなか出逢えないらしいから、オメガがこの笛を拭いて呼び寄せるそうだ。どうだい、ロマンティックだろ?」
店主はにやりと笑って俺たちを見比べた。
うう。俺はこういう話に弱い。大好きだった小説にありそう。魂で繋がってるとか、凄くロマンティック……でも、確かにこれは価値ある品物だと思うけど、東方の珊瑚に翡翠っていったいいくらする……。
「いただこう」
「えっ!?」
「いくらだ。ああ、あちらで聞こう。エルフィー、少し待っていてくれ」
「え? ちょ、駄目だって。やめとけクラウス」
俺が止めるのを聞かず、クラウスは俺に背を向け店主とこそこそ話している。そしてしばらく経った後、俺の元に戻ってきたクラウスの手には宝石箱が乗っていた。
「持ち金がなかったから家に取りに来るよう伝えておいた。ほら、エルフィー。君のものだ」
「ば、ばか! いくらしたんだよ。こんなものもらえるか!」
「なぜだ。値段ではないだろう。俺が君に贈りたいんだ」
ちらりと見ると、店主はニヤけた顔で「露店じゃなく店舗が借りれるぞー! 金持ちが通って幸運だった」と大きな独り言を言っている。
これだから公爵家の金持ちご令息は……せっかく体調が戻ったのに、眩暈がしそう。
「心配するな。俺が幼い頃から小遣いを貯めた金だ。ちょうど君を思い続けた年数に相当している。だから無駄遣いではない。これに使えて嬉しい」
「!」
「ほら、つけて?」
買った本人に嬉しそうに言われて、そんな裏話を聞いたら責められない。いや、目の前の筋肉に顔を埋めて叫びたいくらいに嬉しい……。
「クラウスが、つけて。箱は俺が持っておくから。ほら」
「あ。ああ!」
クラウスは焦りながら革紐を持ち、俺の首にかけた。胸の上に、桃色のヒバリが止まる。
「……可愛い。どう?」
「うん。よく似合う」
「吹いてみるね。人がいるから静かに……」
ピロロ、ピロロ……。
螺旋を描くような音だった。上へ上へと羽ばたきながら歌う、ヒバリを想像した。
「うん。呼ばれているような気がする。なにかあったら俺を思いながらこれを吹」
「エルフィー!」
クラウスが言い終わる前に、良く知る声が俺を呼んだ。
即答しちゃったよ……わ、わ。その手に持った幽霊みたいな大きい人形、絶対に呪い系だって。やめてやめて。
「クラウス、騙されるな。インチキだよ」
「いや、だが俺がいない間にエルフィーに言い寄る男がいたら、この気味の悪いものを見せれば退散するような気がする」
クラウスは三歳の子どもくらいの大きさの幽霊人形を抱き上げて、まじまじと見ている。
「いやいやいや、持ち歩かないから!」
「じゃあこれは? 怪しい男が近づいたら顔に貼ってやれば……」
うわ。これまた気持ち悪い。どこの国の言葉なのか、黄色い紙に血文字のような赤い字で呪文が書いてある。
「……さてはクラウス、センスが悪いな?」
「っつ……」
図星を突かれたような顔をするクラウス。
「なら他で探そう。エルフィーに危険が迫ったとき、俺が一瞬で駆け付けることができるような凄いお守りを」
手に取っていた品物を置き、店に背を向けた。お守りは他の店でも別にいらないし、凄いお守りってなんだよ、と思いつつ、ホッとして俺もあとに続く。すると、店主が俺たちを引き留めた。
「お客さん、待って待って! お目が高いね。そう、ここに並んでいるのは実はおもちゃだ」
「やっぱインチキじゃん。おじさん、人を騙したら駄目だよ」
「う……コホン。違うって。本物を見極められる人にだけ本物を見せてるんだ。希少なものだからな」
いよいよインチキくさい。俺はクラウスに帰ろう、と促した。でも店主が急いで鞄から宝石箱を取り出し、蓋を開いた。
「ほら。見なよこれ。東方の国のつがい呼びの笛だ」
「つがい呼びの笛?」
呼び名に興味を惹かれ、俺たちは宝石箱を覗き込んだ。店主の手の大きさの宝石箱にあったのは、笛のペンダント。小鳥を象った淡い桃色で、乳白色の、大理石のような模様も混じり、そこが鳥の羽根のようにも見える。
瞳の部分には緑色の小さな石がはめ込まれていた。
「綺麗だろ? 海の奥深くから採取した珊瑚に、綺麗な川で採取した翡翠を付けてるんだぜ?」
「これは……美しいな。まるでエルフィーのようだ」
クラウスってばなに言ってるんだ! と思いつつ、色味が確かに自分の持つ色に似ていて、俺でさえ運命的な品物に思えた。ちょうどこの間、オウムの話をしていたし……これはオウムではなさそうだけど。
「そうだろう! あんたと歩くこちらの彼を見た瞬間、ビビッと来たんだ」
「ホントかなぁ……これ、なんの鳥? つがいの呼び笛ってどういうこと?」
「ああ、これはヒバリだ。ヒバリは繁殖期が始まると雄が高く上がって囀るだろう? その姿が東方の可憐なオメガに例えられるそうだ。ヒートが始まるときにつがいを呼ぶ声のようだ、ってな。それに、東方では「運命のつがい」という言い伝えがあってな」
「運命のつがい?」
俺とクラウスの声が揃った。店主は得意げに話を続ける。
「そうさ。この世には魂で繋がっているアルファとオメガがいて、ひと目見れば自分の運命だとわかるそうだ。ただ特別なだけになかなか出逢えないらしいから、オメガがこの笛を拭いて呼び寄せるそうだ。どうだい、ロマンティックだろ?」
店主はにやりと笑って俺たちを見比べた。
うう。俺はこういう話に弱い。大好きだった小説にありそう。魂で繋がってるとか、凄くロマンティック……でも、確かにこれは価値ある品物だと思うけど、東方の珊瑚に翡翠っていったいいくらする……。
「いただこう」
「えっ!?」
「いくらだ。ああ、あちらで聞こう。エルフィー、少し待っていてくれ」
「え? ちょ、駄目だって。やめとけクラウス」
俺が止めるのを聞かず、クラウスは俺に背を向け店主とこそこそ話している。そしてしばらく経った後、俺の元に戻ってきたクラウスの手には宝石箱が乗っていた。
「持ち金がなかったから家に取りに来るよう伝えておいた。ほら、エルフィー。君のものだ」
「ば、ばか! いくらしたんだよ。こんなものもらえるか!」
「なぜだ。値段ではないだろう。俺が君に贈りたいんだ」
ちらりと見ると、店主はニヤけた顔で「露店じゃなく店舗が借りれるぞー! 金持ちが通って幸運だった」と大きな独り言を言っている。
これだから公爵家の金持ちご令息は……せっかく体調が戻ったのに、眩暈がしそう。
「心配するな。俺が幼い頃から小遣いを貯めた金だ。ちょうど君を思い続けた年数に相当している。だから無駄遣いではない。これに使えて嬉しい」
「!」
「ほら、つけて?」
買った本人に嬉しそうに言われて、そんな裏話を聞いたら責められない。いや、目の前の筋肉に顔を埋めて叫びたいくらいに嬉しい……。
「クラウスが、つけて。箱は俺が持っておくから。ほら」
「あ。ああ!」
クラウスは焦りながら革紐を持ち、俺の首にかけた。胸の上に、桃色のヒバリが止まる。
「……可愛い。どう?」
「うん。よく似合う」
「吹いてみるね。人がいるから静かに……」
ピロロ、ピロロ……。
螺旋を描くような音だった。上へ上へと羽ばたきながら歌う、ヒバリを想像した。
「うん。呼ばれているような気がする。なにかあったら俺を思いながらこれを吹」
「エルフィー!」
クラウスが言い終わる前に、良く知る声が俺を呼んだ。
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