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本編
これは叶わない恋だ③
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「そうだよね。今は国の一大事。なのに僕、自分のことばっかりで……」
「あ……ううん、ううん! ごめん、俺、偉そうなこと言ったな。ニコラのことをそんなふうに思ったわけじゃないんだ。ニコラの不安な気持ちもわかってるし!」
ニコラの反対の瞳からもすーっと涙が零れる。静かな悲しみを表すそれに、胸がズクズクと痛んだ。
いっそ泣き喚いてくれたほうがいい。
「二人が番になって、一番変わったのは僕かもしれない。凄く自己中心的になってるよね。でも怖くて。僕、クラウスも……エルフィーも失っちゃうんじゃないか、って、凄く怖いんだ」
「ニコラ、そんな、どうして……俺は、俺はニコラの双子の兄だよ? 半身のようなニコラのこと、いつも心から思ってる」
「ほんと……? じゃあ、予防薬の錬成が落ち着いたら、すぐに解消薬の錬成に入ってくれる? 少しでも早く安心したいんだ。こんな自分は嫌だから」
涙を拭うと、ニコラは両手で俺の片手を包んだ。首をほんの少し傾け、上目遣いに俺を見る。
濡れた視線も、涙の水分が残る手もいやに湿っぽくて、手に緊張が走った。
「あ、あの……そうだ、俺、ラボの既定の時間が終わったら、残ってつがい解消薬の方もやってみようかな? そうすれば少しは安心できるだろ?」
……馬鹿、俺。そんなことしたら疲れで魔力のコントロールが不安定になって、どっちも中途半端にならないか?
「え……でも、そんなことしたら、エルフィーに負担が……」
言いながら、ニコラはさらに目を覗いてくる。言われてもいないのに、元はといえばエルフィーが悪いからでしょう? と言われているような気がして、目を反らしたくなる。さっき「兄さんの責任」という言葉をニコラが使ったからかもしれない。
「だ、大丈夫。可愛い弟のためなら頑張れるよ!」
「……嬉しい! やっぱりエルフィーは頼りになる僕の兄さんだ! ありがとう!」
ニコラが満面の笑みで抱きついてきた。子どもの頃から見てきた、天使のような可憐な笑みだ。
なのにどうしてだろう。いつもならすぐに抱き返して同じぬくもりを共有するのに、身体に変に力が入って、すぐに手を回すことができない。
クラウスに愛を告白されたのを隠しているから? クラウスを好きになってしまったことを隠しているから? 挿入はないまでも、クラウスと性的な行為をして幸せを感じてしまったから? ……ニコラをたくさん裏切り、嘘を重ねている俺がこうなるのは当然か?
俺はニコラに、常に罪悪感を感じて気を張っているから。
でもそれだけじゃない気がした。なにかがこれまでと違う。
その「なにか」の正体の糸口さえ掴めず、俺は心の隅にこびりつくような気持ち悪さを感じながら、午後からの錬成に入った。
「セルドランラボの総力を挙げた働きにより、薬の準備は順調だ。次のカロルーナ地区への派遣遠征は、予定通り四日先と決議されるだろう」
「他の物資の準備も良好のようですね。国民も今回の疫病に対しての関心を強く示しており、国全体で疫病を封じようとする動きが出ています」
薬の錬成が始まって七日が過ぎた朝、朝食の席で閣下とクラウスが話していた。夫人も、王侯貴族の夫人たちによる慈善団体の活動も活発化していることを報告する。
「リュミエール国が一丸となっていると感じる。素晴らしいことだ。これもセルドランラボの動きが契機となったのだろう。陛下も今後、オメガ性の治癒魔力を無形財産として保護し、オメガ性の人材育成にさらに力を入れるお考えのようだよ……エルフィーちゃん?」
「……」
「エルフィー。大丈夫か?」
「……え……?」
話の途中から皆の声が遠くなり、俺はいつの間にか目を閉じて、椅子の上で身体を揺らしていた。
「ちょっと……気になってはいたけど、エルフィーちゃん、頑張り過ぎじゃないかしら。日に日に顔色が悪くなっているわ」
夫人がカトラリーを置き、俺の顔を怪訝な表情で見つめる。
「いえ……! 大丈夫です。俺だけじゃないです。皆、頑張りは一緒ですから」
「でもあなた、帰って来る時間がクラウスと変わらないじゃないの。ラボの規定時間は太陽が落ちるまでのはずでしょう? 迎えの従者も心配しているのよ? ……もう! こんな大変なときなのに、クラウスが王太子殿下の護衛で早朝から晩まで忙しくてエルフィーちゃんの送迎ができなかったから!」
疫病対策が推進されていても、国の日々の営みは変わらない。クラウスは隣国との交流に当たっている王太子殿下の護衛騎士の一人として招集され、ラボに付いてきた翌日から今日まで、長時間の拘束がある任務に就いている。
「こんな人員配置をしたあなたのせいよ!」
夫人の目が三角になり、閣下を責める。夫人に睨まれては、リュミエール国の国防長官殿も形無しだ。
「殿下じきじきのご所望で、名誉なことなんだよ……?」
「殿下がなによ! クラウスはエルフィーちゃんを守るために存在しているのよ!?」
「母上、不敬罪に問われますよ」
クラウスが冷ややかに諌めるけど、毎日送迎したいと言ってくれていたクラウスだ。俺の前ではとても残念そうにうな垂れて、夫人と同じことを言ってた。「俺が一番に守りたいのはエルフィーなのに」って。
ほんと、夫人もクラウスも大げさなんだから。
でもね、クラウス。クラウスのそのひとつひとつの思いが、とっても嬉しいんだ。胸がきゅうぅってなる。恋すると、嬉しくても胸が苦しくなるんだね。
俺、それを知ることができただけでも良かったと思うんだ。
「俺なら大丈夫です。今の予防薬をもっと即効性のあるものにしたくて、ラボが終わった時間に少し研究しているだけですから」
俺を気遣ってくれる人たちに嘘をつくのは忍びない。でも俺は、すでに大きな嘘を三つ重ねている。
突発的なヒートはヒート誘発剤でおきたこと、ニコラへの裏切り、クラウスへの心の誤魔化し。
それがなかった状態にするには、あの夜と同じ状態まで戻るのが一番いいんだろう。
すべての始まりのあの日へ。クラウスとつがいになる前の、あの直前まで。
「あ……ううん、ううん! ごめん、俺、偉そうなこと言ったな。ニコラのことをそんなふうに思ったわけじゃないんだ。ニコラの不安な気持ちもわかってるし!」
ニコラの反対の瞳からもすーっと涙が零れる。静かな悲しみを表すそれに、胸がズクズクと痛んだ。
いっそ泣き喚いてくれたほうがいい。
「二人が番になって、一番変わったのは僕かもしれない。凄く自己中心的になってるよね。でも怖くて。僕、クラウスも……エルフィーも失っちゃうんじゃないか、って、凄く怖いんだ」
「ニコラ、そんな、どうして……俺は、俺はニコラの双子の兄だよ? 半身のようなニコラのこと、いつも心から思ってる」
「ほんと……? じゃあ、予防薬の錬成が落ち着いたら、すぐに解消薬の錬成に入ってくれる? 少しでも早く安心したいんだ。こんな自分は嫌だから」
涙を拭うと、ニコラは両手で俺の片手を包んだ。首をほんの少し傾け、上目遣いに俺を見る。
濡れた視線も、涙の水分が残る手もいやに湿っぽくて、手に緊張が走った。
「あ、あの……そうだ、俺、ラボの既定の時間が終わったら、残ってつがい解消薬の方もやってみようかな? そうすれば少しは安心できるだろ?」
……馬鹿、俺。そんなことしたら疲れで魔力のコントロールが不安定になって、どっちも中途半端にならないか?
「え……でも、そんなことしたら、エルフィーに負担が……」
言いながら、ニコラはさらに目を覗いてくる。言われてもいないのに、元はといえばエルフィーが悪いからでしょう? と言われているような気がして、目を反らしたくなる。さっき「兄さんの責任」という言葉をニコラが使ったからかもしれない。
「だ、大丈夫。可愛い弟のためなら頑張れるよ!」
「……嬉しい! やっぱりエルフィーは頼りになる僕の兄さんだ! ありがとう!」
ニコラが満面の笑みで抱きついてきた。子どもの頃から見てきた、天使のような可憐な笑みだ。
なのにどうしてだろう。いつもならすぐに抱き返して同じぬくもりを共有するのに、身体に変に力が入って、すぐに手を回すことができない。
クラウスに愛を告白されたのを隠しているから? クラウスを好きになってしまったことを隠しているから? 挿入はないまでも、クラウスと性的な行為をして幸せを感じてしまったから? ……ニコラをたくさん裏切り、嘘を重ねている俺がこうなるのは当然か?
俺はニコラに、常に罪悪感を感じて気を張っているから。
でもそれだけじゃない気がした。なにかがこれまでと違う。
その「なにか」の正体の糸口さえ掴めず、俺は心の隅にこびりつくような気持ち悪さを感じながら、午後からの錬成に入った。
「セルドランラボの総力を挙げた働きにより、薬の準備は順調だ。次のカロルーナ地区への派遣遠征は、予定通り四日先と決議されるだろう」
「他の物資の準備も良好のようですね。国民も今回の疫病に対しての関心を強く示しており、国全体で疫病を封じようとする動きが出ています」
薬の錬成が始まって七日が過ぎた朝、朝食の席で閣下とクラウスが話していた。夫人も、王侯貴族の夫人たちによる慈善団体の活動も活発化していることを報告する。
「リュミエール国が一丸となっていると感じる。素晴らしいことだ。これもセルドランラボの動きが契機となったのだろう。陛下も今後、オメガ性の治癒魔力を無形財産として保護し、オメガ性の人材育成にさらに力を入れるお考えのようだよ……エルフィーちゃん?」
「……」
「エルフィー。大丈夫か?」
「……え……?」
話の途中から皆の声が遠くなり、俺はいつの間にか目を閉じて、椅子の上で身体を揺らしていた。
「ちょっと……気になってはいたけど、エルフィーちゃん、頑張り過ぎじゃないかしら。日に日に顔色が悪くなっているわ」
夫人がカトラリーを置き、俺の顔を怪訝な表情で見つめる。
「いえ……! 大丈夫です。俺だけじゃないです。皆、頑張りは一緒ですから」
「でもあなた、帰って来る時間がクラウスと変わらないじゃないの。ラボの規定時間は太陽が落ちるまでのはずでしょう? 迎えの従者も心配しているのよ? ……もう! こんな大変なときなのに、クラウスが王太子殿下の護衛で早朝から晩まで忙しくてエルフィーちゃんの送迎ができなかったから!」
疫病対策が推進されていても、国の日々の営みは変わらない。クラウスは隣国との交流に当たっている王太子殿下の護衛騎士の一人として招集され、ラボに付いてきた翌日から今日まで、長時間の拘束がある任務に就いている。
「こんな人員配置をしたあなたのせいよ!」
夫人の目が三角になり、閣下を責める。夫人に睨まれては、リュミエール国の国防長官殿も形無しだ。
「殿下じきじきのご所望で、名誉なことなんだよ……?」
「殿下がなによ! クラウスはエルフィーちゃんを守るために存在しているのよ!?」
「母上、不敬罪に問われますよ」
クラウスが冷ややかに諌めるけど、毎日送迎したいと言ってくれていたクラウスだ。俺の前ではとても残念そうにうな垂れて、夫人と同じことを言ってた。「俺が一番に守りたいのはエルフィーなのに」って。
ほんと、夫人もクラウスも大げさなんだから。
でもね、クラウス。クラウスのそのひとつひとつの思いが、とっても嬉しいんだ。胸がきゅうぅってなる。恋すると、嬉しくても胸が苦しくなるんだね。
俺、それを知ることができただけでも良かったと思うんだ。
「俺なら大丈夫です。今の予防薬をもっと即効性のあるものにしたくて、ラボが終わった時間に少し研究しているだけですから」
俺を気遣ってくれる人たちに嘘をつくのは忍びない。でも俺は、すでに大きな嘘を三つ重ねている。
突発的なヒートはヒート誘発剤でおきたこと、ニコラへの裏切り、クラウスへの心の誤魔化し。
それがなかった状態にするには、あの夜と同じ状態まで戻るのが一番いいんだろう。
すべての始まりのあの日へ。クラウスとつがいになる前の、あの直前まで。
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