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本編
君は俺の世界
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「あ……」
木の上からも見えた、馬に乗った騎士の像が中央に配置された噴水が見えて、足を止める。
あの噴水も好きだったな。夏は水が冷たくて気持ちよくて、冬は氷が張る日もあって、よく遊んだ。
「あそこで裸になって泳いで、ニコラに"叱られるよ!"って泣きそうな顔をされたなあ。クラウスは瞼をひん剥いたみたいに目を大きくして……」
重い雰囲気になっていたことを忘れ、思わず口に出してしまう。俺の前を歩いていたクラウスも立ち止まり、噴水を見た。
「憶えていたか」
「うん……あのあとクラウス、顔を真っ赤にして怒ってお屋敷の中に戻って行っちゃったよな。それからどんなに誘っても俺と遊んでくれなくなって……あ、あのときからか! クラウスが俺を避け出したのって」
忘れていた記憶が頭の中に入り込んでくる。
あれは確か、十二歳になる前だった。
それまで楽しく遊んできたのに、クラウスは俺たちが公爵家に行っても俺の目を見ず、ニコラとだけ話すようになり、やがては剣術の稽古や勉強が忙しいという理由で、姿さえ見せなくなった。
ただ、ものごころがついていた時期だったから、気の合わない友人がいても当たり前だったし、そもそも公爵令息のアルファと平民子息の俺たちオメガがいつまでも一緒にはいられないよな、なんて、少しの寂しさを覚えながらも納得して。
「そうだな」
「やっぱりそうなんじゃん。俺のこと好」
好きとか言っておいて矛盾してる、と言いそうになって慌てて言葉を呑み込んだ。これは俺が言ったら駄目なやつだ。
「……好きな子の、一糸纏わぬ姿を見せつけられて、平常でいられると思うか」
「ふがっ!?」
両手で口を塞いでいたのに意味がない。変な声が漏れてしまった。
「他人の裸体など、家族のものでも見たことがなかったんだ。あまつさえエルフィーはオメガだから、俺の身体とはまったく違う艶めかしさを持っていた。それがどれだけ俺の感情を揺さぶり、理性を崩したことか」
「……え? え?」
それはもしかしなくても、遠回しに俺に欲情したんだと言っているのでは。
しかも真面目なクラウスの口から「艶めかしい」なんて聞くと、数倍いやらしく感じてしまうじゃないか!
「でもあのとき、俺たちまだ十一歳だぞ?」
「俺はアルファだ。アルファは二次性徴も早い。俺に至ってはエルフィーがその扉を開いたも同然だ」
扉を開く? まさかクラウス、俺で精通を……? うわわわわ。想像しちゃ駄目だ!
「……す、すけべ」
「は? 以前俺の着替えを見て兆したエルフィーに言われたくないな」
「はぁ? ……あっ、お前、そうか。だから前に"昔と反対だ"って笑ったのか! 余計すけべだ! すけべ、むっつり!」
丸めた手でぽか、と叩くと、いい弾力で跳ね返ってくる胸板を続けて叩く。
ぽかぽかぽかぽか。
「むっつり! むっつりすけべ!」
すると、むっ、としかめっ面になったクラウスが俺の手を取り、腰に手を回して抱きしめてきた。
二人の身体がぴったりとくっつく。
「わっ、お前またっ……!」
「もうなんとでも言え。あの日の君の姿は鮮烈に記憶に残り、アカデミーに上がってからも君を見かけるたびに胸が千々に乱れた。そんな邪な己を戒めるために、話しかけたいのも我慢して距離を取り、剣に打ち込んだ五年間だったんだ。その辛さを思えば、こうして顔を合わせて話せ、抱きしめられることは喜び以外のなにものでもない」
「うっ……」
避けられていたのが、まさかそんな理由だったとは……。
背中とお尻がこそばゆくなって、抵抗する気持ちが削がれてしまう。
「でも、でも同じ顔のニコラとは穏やかに接してたじゃん。同じ顔なんだぞ? ニコラを見ると俺を思い出しちゃう、とかはなかったのかよ」
厚くてあったかい胸板に顔をくっつけているのがなんとも居たたまれなくて、ぐい、と顔を上げてクラウスを見る。
クラウスはまだしかめっ面をしていた。
「……君に近づけない分、ニコラの奥に君を求めていたことは否定しない。懺悔に値すると思っている……でも、違ったんだ。ときどきニコラが君のような装いで俺の前に現れることがあったが、そのたびに認識させられた」
表情が刻々と変わっていく。しかめっ面から、憂い顔へ。
そして、若き黒豹と称えられている剛健な男が、今にも泣き出しそうな顔をした。
「エルフィーとニコラはまったく違う。さっきも言っただろう、エルフィーは俺にとってすべてだと。姿かたちは似ていても、ニコラを見ても胸は騒がない。幼馴染や友人としての親愛の情は感じても、胸を焦がす愛しさは感じない。何度でも言う。俺はエルフィーだけを愛している。君が、俺の世界だ」
「っ……!」
木の上からも見えた、馬に乗った騎士の像が中央に配置された噴水が見えて、足を止める。
あの噴水も好きだったな。夏は水が冷たくて気持ちよくて、冬は氷が張る日もあって、よく遊んだ。
「あそこで裸になって泳いで、ニコラに"叱られるよ!"って泣きそうな顔をされたなあ。クラウスは瞼をひん剥いたみたいに目を大きくして……」
重い雰囲気になっていたことを忘れ、思わず口に出してしまう。俺の前を歩いていたクラウスも立ち止まり、噴水を見た。
「憶えていたか」
「うん……あのあとクラウス、顔を真っ赤にして怒ってお屋敷の中に戻って行っちゃったよな。それからどんなに誘っても俺と遊んでくれなくなって……あ、あのときからか! クラウスが俺を避け出したのって」
忘れていた記憶が頭の中に入り込んでくる。
あれは確か、十二歳になる前だった。
それまで楽しく遊んできたのに、クラウスは俺たちが公爵家に行っても俺の目を見ず、ニコラとだけ話すようになり、やがては剣術の稽古や勉強が忙しいという理由で、姿さえ見せなくなった。
ただ、ものごころがついていた時期だったから、気の合わない友人がいても当たり前だったし、そもそも公爵令息のアルファと平民子息の俺たちオメガがいつまでも一緒にはいられないよな、なんて、少しの寂しさを覚えながらも納得して。
「そうだな」
「やっぱりそうなんじゃん。俺のこと好」
好きとか言っておいて矛盾してる、と言いそうになって慌てて言葉を呑み込んだ。これは俺が言ったら駄目なやつだ。
「……好きな子の、一糸纏わぬ姿を見せつけられて、平常でいられると思うか」
「ふがっ!?」
両手で口を塞いでいたのに意味がない。変な声が漏れてしまった。
「他人の裸体など、家族のものでも見たことがなかったんだ。あまつさえエルフィーはオメガだから、俺の身体とはまったく違う艶めかしさを持っていた。それがどれだけ俺の感情を揺さぶり、理性を崩したことか」
「……え? え?」
それはもしかしなくても、遠回しに俺に欲情したんだと言っているのでは。
しかも真面目なクラウスの口から「艶めかしい」なんて聞くと、数倍いやらしく感じてしまうじゃないか!
「でもあのとき、俺たちまだ十一歳だぞ?」
「俺はアルファだ。アルファは二次性徴も早い。俺に至ってはエルフィーがその扉を開いたも同然だ」
扉を開く? まさかクラウス、俺で精通を……? うわわわわ。想像しちゃ駄目だ!
「……す、すけべ」
「は? 以前俺の着替えを見て兆したエルフィーに言われたくないな」
「はぁ? ……あっ、お前、そうか。だから前に"昔と反対だ"って笑ったのか! 余計すけべだ! すけべ、むっつり!」
丸めた手でぽか、と叩くと、いい弾力で跳ね返ってくる胸板を続けて叩く。
ぽかぽかぽかぽか。
「むっつり! むっつりすけべ!」
すると、むっ、としかめっ面になったクラウスが俺の手を取り、腰に手を回して抱きしめてきた。
二人の身体がぴったりとくっつく。
「わっ、お前またっ……!」
「もうなんとでも言え。あの日の君の姿は鮮烈に記憶に残り、アカデミーに上がってからも君を見かけるたびに胸が千々に乱れた。そんな邪な己を戒めるために、話しかけたいのも我慢して距離を取り、剣に打ち込んだ五年間だったんだ。その辛さを思えば、こうして顔を合わせて話せ、抱きしめられることは喜び以外のなにものでもない」
「うっ……」
避けられていたのが、まさかそんな理由だったとは……。
背中とお尻がこそばゆくなって、抵抗する気持ちが削がれてしまう。
「でも、でも同じ顔のニコラとは穏やかに接してたじゃん。同じ顔なんだぞ? ニコラを見ると俺を思い出しちゃう、とかはなかったのかよ」
厚くてあったかい胸板に顔をくっつけているのがなんとも居たたまれなくて、ぐい、と顔を上げてクラウスを見る。
クラウスはまだしかめっ面をしていた。
「……君に近づけない分、ニコラの奥に君を求めていたことは否定しない。懺悔に値すると思っている……でも、違ったんだ。ときどきニコラが君のような装いで俺の前に現れることがあったが、そのたびに認識させられた」
表情が刻々と変わっていく。しかめっ面から、憂い顔へ。
そして、若き黒豹と称えられている剛健な男が、今にも泣き出しそうな顔をした。
「エルフィーとニコラはまったく違う。さっきも言っただろう、エルフィーは俺にとってすべてだと。姿かたちは似ていても、ニコラを見ても胸は騒がない。幼馴染や友人としての親愛の情は感じても、胸を焦がす愛しさは感じない。何度でも言う。俺はエルフィーだけを愛している。君が、俺の世界だ」
「っ……!」
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