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本編
大きな木の上で ③
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クラウスが笑顔の花を咲かせる。俺のことも、綺麗な花でも見るように見つめてくる。
「俺は驚いて固まってしまった。景色を見る前に目に飛び込んできた君の姿が……君が、あまりに可愛らしくてまぶしくて」
「ふぇ……?」
「景色もなにも、君しか見えなかった」
そんなこと、そんなぴっかぴかな笑顔で言われたら、俺の方が固まってしまう。
「それで君たちが帰宅したあと、また木に登った。そこでやっと今まで見えていなかったことに気づき、見える喜びを実感したよ」
「そ、そうなんだ……。俺、その頃からもう魔力が出てたのかな」
「だろうな。エルフィーの治癒魔力は高いから」
そうか……じゃあ無自覚だったけど、俺が初めて治癒魔法を使ったのはクラウスってこと……?
「エルフィーの初めてを、俺がもらったんだな」
「ふぎゃっ!」
言い方! そそそそ、そうだぞ! お前は俺の初めてをことごとくかっさらってるんだ!
指を絡めて手を繋ぐのも、キスも、えっちだって……!
「もう降りる!」
居たたまれなくなって、主幹に手を回してお尻をずらした。途端に腰に両腕を回され、張った胸筋が背中にぴたりと貼り付く。
「まだ話は終わっていない」
「は、離せよ、危ないだろ」
俺の格好、めちゃめちゃ情けない。大木を両足で挟んで抱きついて、コアラみたいになってるのに、こんな姿で話をしろって?
でも、顔が見えないだけまし? 俺、今真っ赤になってそうだもん……いや、よくない!
クラウスが俺を背中から抱きしめながら、うなじに唇を付けてきた。ぞくぞくっとして、力が抜けてしまう。
「ク、クラウス、ほんとに危ないって……」
「これから俺が言うことに「イエス」と言ってくれたら木から降ろそう」
「なに言って……」
「俺は、エルフィーが好きだ。初めて会った日から、今でもずっと。……わかった?」
う……どうしよう。こんなこと、想像もしていなかった。俺、どうしたらいいの?
「わからないか? じゃぁ、わかるように言おう」
言い終わりにちゅ、とうなじを吸われる。
「あっ……や……」
「好きだ、エルフィー。君が俺の世界のすべてだ……わかった?」
「わかんな……ん、んんっ、やあぁ……」
ぺろ、とうなじを舐められて、幹を掴む手が緩んだ。その分クラウスの抱きしめる力が強くなる。
衣服越しでもクラウスのたくましい体躯を肌で感じて、背筋がぞくぞくした。
「俺に世界の美しさを教えてくれた君が、俺には誰よりも美しい。俺が唯一特別だと思うのはエルフィーだけだ。わかった?」
「あ……ん……ぅん……」
深く穏やかな声が、うなじから入って頭とお腹へと響いていく。なにも考えられなくなってどんどん力が抜けてくる俺は、重力に負けたようにこくんと頷いた。
「エルフィーがフェリックスを好きだということも勿論知っていた。それでも俺が君を好きな気持ちに終止符を打てなかったように、君の気持ちがまだあいつにあることもわかっている……でも、俺たちは番になった。これからは俺だけが君の渇きを癒せ、守ることができるんだ。だから俺のことを見て? これからは俺を好きになってほしい」
「ぁ……クラウス……」
ぎゅう、と抱きしめられてうなじを軽く咬まれる。番の刻印に歯を当てているんだとわかって、肌が粟立った。同時に、泣きたくなるような切なさに襲われる。
あのね、クラウス。クラウスは俺の気持ちがわかってるって言うけど、俺は自分の気持ちがわからなくなってきている。
フェリックスのこと、どんなふうに好きだったのか思い出せないんだ。
俺を「可愛いね」と言ってくれて、俺の魔力を褒めてくれた人。物語に出てくる王子様のように華麗で、夢見心地にさせてくれた人。ずっとずっと、大好きだった人……番にまでなりたいと思った人。
でも、でも、おかしいでしょう?
それなのに俺、うなじに刻印があると気づいたときに、真っ先に思い浮かべたのはニコラの顔だった。
つがい解消薬に本格的に取りかかろうと思ったのも、ニコラとクラウスの……ニコラの幸せを願ったから。
そして、クラウスと事故つがいになってしまった事実へのショックはあったけど、フェリックスを思って絶望することは一度もなかった。クラウスと暮らし始めてからは、フェリックスを思い出したのは数えるほどで。
慌ただしかったから? ……違う。おかしいよね。
ねえ、どうしてなの? 自分のことなのに、わからないんだ。
それに……お前とのことも。
番になったからでもなく、ニコラと混同しているわけでもなく、昔から俺を好きだと言ってくれたことにとても驚いていて、どう応えていいのかわからない。簡単に「イエス」だなんて、言えないよ。
「イエス」と言ってしまったら、「クラウスを好きになるよう努力するよ」って言ってしまったら、コラはどうなるの?
俺、ニコラを裏切れない……。
クラウスはしばらく返事を待っていたけど、俺がうつむいたまま答えないのでうなじから唇を離した。変わりに額をくっつけてため息を落としてから、俺をかかえ直して木から降ろす。
その後は屋敷に向かって、なんとなく距離を開けて無言で庭を歩いた。
「俺は驚いて固まってしまった。景色を見る前に目に飛び込んできた君の姿が……君が、あまりに可愛らしくてまぶしくて」
「ふぇ……?」
「景色もなにも、君しか見えなかった」
そんなこと、そんなぴっかぴかな笑顔で言われたら、俺の方が固まってしまう。
「それで君たちが帰宅したあと、また木に登った。そこでやっと今まで見えていなかったことに気づき、見える喜びを実感したよ」
「そ、そうなんだ……。俺、その頃からもう魔力が出てたのかな」
「だろうな。エルフィーの治癒魔力は高いから」
そうか……じゃあ無自覚だったけど、俺が初めて治癒魔法を使ったのはクラウスってこと……?
「エルフィーの初めてを、俺がもらったんだな」
「ふぎゃっ!」
言い方! そそそそ、そうだぞ! お前は俺の初めてをことごとくかっさらってるんだ!
指を絡めて手を繋ぐのも、キスも、えっちだって……!
「もう降りる!」
居たたまれなくなって、主幹に手を回してお尻をずらした。途端に腰に両腕を回され、張った胸筋が背中にぴたりと貼り付く。
「まだ話は終わっていない」
「は、離せよ、危ないだろ」
俺の格好、めちゃめちゃ情けない。大木を両足で挟んで抱きついて、コアラみたいになってるのに、こんな姿で話をしろって?
でも、顔が見えないだけまし? 俺、今真っ赤になってそうだもん……いや、よくない!
クラウスが俺を背中から抱きしめながら、うなじに唇を付けてきた。ぞくぞくっとして、力が抜けてしまう。
「ク、クラウス、ほんとに危ないって……」
「これから俺が言うことに「イエス」と言ってくれたら木から降ろそう」
「なに言って……」
「俺は、エルフィーが好きだ。初めて会った日から、今でもずっと。……わかった?」
う……どうしよう。こんなこと、想像もしていなかった。俺、どうしたらいいの?
「わからないか? じゃぁ、わかるように言おう」
言い終わりにちゅ、とうなじを吸われる。
「あっ……や……」
「好きだ、エルフィー。君が俺の世界のすべてだ……わかった?」
「わかんな……ん、んんっ、やあぁ……」
ぺろ、とうなじを舐められて、幹を掴む手が緩んだ。その分クラウスの抱きしめる力が強くなる。
衣服越しでもクラウスのたくましい体躯を肌で感じて、背筋がぞくぞくした。
「俺に世界の美しさを教えてくれた君が、俺には誰よりも美しい。俺が唯一特別だと思うのはエルフィーだけだ。わかった?」
「あ……ん……ぅん……」
深く穏やかな声が、うなじから入って頭とお腹へと響いていく。なにも考えられなくなってどんどん力が抜けてくる俺は、重力に負けたようにこくんと頷いた。
「エルフィーがフェリックスを好きだということも勿論知っていた。それでも俺が君を好きな気持ちに終止符を打てなかったように、君の気持ちがまだあいつにあることもわかっている……でも、俺たちは番になった。これからは俺だけが君の渇きを癒せ、守ることができるんだ。だから俺のことを見て? これからは俺を好きになってほしい」
「ぁ……クラウス……」
ぎゅう、と抱きしめられてうなじを軽く咬まれる。番の刻印に歯を当てているんだとわかって、肌が粟立った。同時に、泣きたくなるような切なさに襲われる。
あのね、クラウス。クラウスは俺の気持ちがわかってるって言うけど、俺は自分の気持ちがわからなくなってきている。
フェリックスのこと、どんなふうに好きだったのか思い出せないんだ。
俺を「可愛いね」と言ってくれて、俺の魔力を褒めてくれた人。物語に出てくる王子様のように華麗で、夢見心地にさせてくれた人。ずっとずっと、大好きだった人……番にまでなりたいと思った人。
でも、でも、おかしいでしょう?
それなのに俺、うなじに刻印があると気づいたときに、真っ先に思い浮かべたのはニコラの顔だった。
つがい解消薬に本格的に取りかかろうと思ったのも、ニコラとクラウスの……ニコラの幸せを願ったから。
そして、クラウスと事故つがいになってしまった事実へのショックはあったけど、フェリックスを思って絶望することは一度もなかった。クラウスと暮らし始めてからは、フェリックスを思い出したのは数えるほどで。
慌ただしかったから? ……違う。おかしいよね。
ねえ、どうしてなの? 自分のことなのに、わからないんだ。
それに……お前とのことも。
番になったからでもなく、ニコラと混同しているわけでもなく、昔から俺を好きだと言ってくれたことにとても驚いていて、どう応えていいのかわからない。簡単に「イエス」だなんて、言えないよ。
「イエス」と言ってしまったら、「クラウスを好きになるよう努力するよ」って言ってしまったら、コラはどうなるの?
俺、ニコラを裏切れない……。
クラウスはしばらく返事を待っていたけど、俺がうつむいたまま答えないのでうなじから唇を離した。変わりに額をくっつけてため息を落としてから、俺をかかえ直して木から降ろす。
その後は屋敷に向かって、なんとなく距離を開けて無言で庭を歩いた。
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