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本編

子どもの頃のこと②

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「ああ、それはね」
「母上、余計なことを言わないでください」
 
 夫人が答えかけたのを、またもやクラウスが制しようとする。
 
 わ、また激しく強面になってる。いったいなんの話だ?

「あら、いいじゃない。二人は番になって、心も身体も通わせているんでしょう?」
「ぶっ!」

 お茶をひと口含もうとして勢いよく息を吹き出し、カップの中を波立たせてしまう。
 こ、心は通っていません。身体だけで繋がってしまった番なんです。俺たち。

 言えるわけもないけど、カップを持つ手が震えてしまうのでお茶を飲むのは諦め、手は太ももの上で丸めた。
 夫人はそれを「照れている」と取ったようだ。

「うふふ。エルフィーちゃんたら。……あのね、クラウスはね、全然話さない子どもだったのよ?」
「母上」

 往生際悪くも、なおもクラウスは話を制しようとしたけど、夫人は気に留めない。

「クラウスはね、七歳になっても発語がなかったのよ」
「えっ、初耳です。そうだったんですか」

 夫人はこく、と頷いた。

「そのうち話すでしょうと思って心配はしなかったのだけどね。周りの子たちとも馴染もうとしなくて、剣だけが友達って感じだったわ。でも八歳になる頃に、セルドランご夫妻が初めてあなたたち双子を連れて、ご挨拶に来てくださったの」

 その日のことは俺も憶えてる。事業が成功している我が家は平民でも割合いい暮らしをしていて、家も大きい。でも公爵家は規模が違って、どこを見ても雄大で豪華で、きらきらしていた。
 美しいもの好きの俺は、おとなしく母様と手を繋いでいたニコラと違って、はしゃぎまくってしまったんだ。

「エルフィーちゃんはあちこち走り回って、全部のお部屋のドアを開けて中を見ていたわねぇ」
「すすすすすすみませんっでした!」
「私やクラウスの衣装も綺麗だって言って、生地を引っ張ったりめくってみたり……」
「もももも申しわけありませんっ」
「あら、いいのよ。王侯貴族の子たちとは違っていて新鮮だったわ。それに……木登り!」

 夫人がふふっ、と楽しそうに笑う。クラウスに目配せしているけど、クラウスはティーポットに視線を置いて、答えない。

 木登りがどうした? そんなに聞かれたくない恥ずかしい情報なの?

「エルフィーちゃん、お庭の木に登ってクラウスも誘ってくれたわね。従者たちは危ないからと止めようとしたけど、クラウスがお友達の誘いに応じたのは初めてで、夫と私は嬉しくて様子を見守ることにしたわ。ただそのときもクラウスは相変わらず無反応だったけど……でも、あなたたちが帰ったあと、また一人で木に登るじゃない。そして……"高い。最高に綺麗だ!"って、笑って言ったのよ!」
「そうなんですか? あ……もしかして、それが初めてのお喋りってことですか?」
「そう、そうなの。弾けるような笑顔を見せたのも初めてだった。夫と私は手を握り合って、涙して喜んだわ」

 ……そうだったんだ。木登りってワクワクして面白いから、初めてやってみてなんらかの刺激になったのかな。
 なぁんだ。感動的ないい話じゃん。クラウスが恥ずかしがるような話じゃないと思うけど。

「でも、それと俺の前では人間、ていうのはどう繋がるんですか?」

 木登りに誘うと人間になるとか? ……いや、なるなら猿だろう。

「憶えていないかしら。それはあなたの言ったこと、そのままだったのよ」
「えっ? 俺? ……そうだっけ!?」
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