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本編
顔合わせ①
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翌日の午後。
モンテカルスト公爵家の紋章が付いた豪奢な馬車が二台迎えに来て、それぞれに俺とクラウス、父様母様とニコラを乗せて、公爵家へと向かった。
じきに騎士団の新人遠征に合流するクラウスには時間がないからと、昨日の今日でもう両家の顔合わせを……つまりは婚約の儀の場を設定されてしまったのだ。
俺は了承しない、との言い分は即却下だった。縁談は当人同士だけではなく、家同士の関わりだ。我が家は事業に成功している家とはいってもしょせんは平民。公爵家から断られることはあっても、公爵家からの申し入れを断るなんて不敬に当たる。
ただ、断れないという表現は今回は適さない。父様も母様も「オメガ一族のセルドラン家が、純潔のアルファ一族の公爵家とご縁を持てるなんて! それもモンテカルスト家!」と大喜びで今日の顔合わせに挑んでいるわけだけれど……。
「なあ、クラウス。閣下と夫人は、本当に了承したのか? おまえがひとりで突っ走っているだけなんじゃないのか?」
「何度同じことを訊く。こうして迎えに来ているのが答えだ。どうか安心してほしい」
にっこり、とはいかないまでも、柔らかな表情を俺に向けてくる。子どものとき以来俺を避け、会えば難しい顔を向けてきた男と同じ人物とは思えない。
これは、つがい契約が結ばれたために遺伝子を操作されて人格まで変わったんだ、と俺は推察している。
なぜなら俺もなんとなくクラウスといると落ちつくというか、そばにいるとしっくりくるというか……。
俺はハッとして首を振った。
しっかりしろ、エルフィー。落ち着くな、しっくりくるな。
俺とクラウスは「事故つがい」。本能のまま体だけで繋がった関係で、そこに心はない。遺伝子の組み換え操作に惑わされるな!
ニコラだって、最終的にはそれを納得材料にしてくれたんだ。
「エルフィー、心までは僕を裏切っていないんだよね? エルフィーはヒートトラップを起こすほどフェリックスを思っていて、クラウスのことは微塵も愛していない。だからつがい解消に向けてつがい解消薬の錬成を成功させ、婚約破棄に向けてクラウスに嫌われるよう努力する。これに間違いはないんだよね?! 」
自発的にヒートトラップを起こしたわけじゃないけれど、立て続けに発せられるニコラの言葉を、途中で遮って釈明するのは難しかった。
また、誤作用でも結果的にヒート誘発剤で突発的なヒートを起こしたことに変わりはない。どう釈明しても起こった事実に変わりはなく、ニコラを裏切った俺には頷くことしかできなかった。
俺は昨夜のニコラとのやり取りを思い返しながら腕に触れる。
ニコラにひと晩中掴まれ、揺さぶられていたそこが痛い。着替えるときに見てみると、青痣がニコラの手の形にできていた。
もちろん魔法で痛みと痣を消すことはできるけれど、俺はこの痛みを持っているべきだ。
ニコラの痛みは、どんな魔法を使おうと消えないのだから────
直感的・楽観的でその時々の状況に合わせて目標達成への手段を変える俺とは違い、ニコラは体裁に重きを置き、粛々と目標を達成していく性格だ。
父様と母様の前では子どものときのように癇癪を起こす姿を見せず、セルドラン家とセルドランラボラトリーの名誉のために、また、父様や母様に気苦労をかけないために、俺がヒート誘発剤でヒートを起こしたことは決して口にしなかった。
だからこそその抑圧は、俺の部屋に戻ってから猛炎のように俺に向かってきたのだけれど。
「俺がクラウスを愛することはない。つがいも婚約も必ず解消する」
クッションで頬を殴られるたび、俺は同じ言葉を何度も重ねた。
「エルフィーが解消するんじゃなくて、クラウスから解消したいと思わせるんだからね? 本当は顔合わせだって断ってほしいんだ! でもそんなこと、セルドラン家から申し出ることはできない。だからクラウスに気持ちを変えてもらうんだ。モンテカルスト家からも、エルフィーじゃ駄目って思ってもらうんだ!」
「わかってる」
「だからって不躾な振る舞いはしないで! セルドラン家に泥を塗るのは許さない。クラウスがつがいと婚約から開放されたとき、エルフィーの弟の僕じゃ駄目だと言われないように気をつけて!」
「それもわかってる。ニコラに不利益なことがないよう、気を付ける」
両手と両膝を床に付けたまま顔を上げると、ニコラは青白い顔を涙でぐしょぐしょにしていた。
目が合うと、瞼を痙攣させながら俺を睨み付け、奥歯を噛みしめる。その容貌は普段の天使の笑みからは想像できるものではなかった。
俺が、ニコラにこんな顔をさせているんだ。
「……っごめん、ニコラ。謝っても謝り」
「謝っても事態は改善しないよ! エルフィーにできるのはつがい解消薬を一刻も早く作ることだ!」
このとき、両腕を掴まれた。
「絶対に、僕の大好きなクラウスを奪わないで」
朝まで一睡もせず、まるで呪文でもつぶやくようにそう言い続けながら。
「エルフィー、まだ顔色が悪いな」
「えっ、わ、なに」
対面の座席に座っていたクラウスが急に立ち上がり、俺の隣に腰掛ける。
がっしりとした体躯が女性的な体型の俺にぴたりとくっついた。
たくましい腕が肩に回され、俺はクラウスに寄りかかる体勢になる。
モンテカルスト公爵家の紋章が付いた豪奢な馬車が二台迎えに来て、それぞれに俺とクラウス、父様母様とニコラを乗せて、公爵家へと向かった。
じきに騎士団の新人遠征に合流するクラウスには時間がないからと、昨日の今日でもう両家の顔合わせを……つまりは婚約の儀の場を設定されてしまったのだ。
俺は了承しない、との言い分は即却下だった。縁談は当人同士だけではなく、家同士の関わりだ。我が家は事業に成功している家とはいってもしょせんは平民。公爵家から断られることはあっても、公爵家からの申し入れを断るなんて不敬に当たる。
ただ、断れないという表現は今回は適さない。父様も母様も「オメガ一族のセルドラン家が、純潔のアルファ一族の公爵家とご縁を持てるなんて! それもモンテカルスト家!」と大喜びで今日の顔合わせに挑んでいるわけだけれど……。
「なあ、クラウス。閣下と夫人は、本当に了承したのか? おまえがひとりで突っ走っているだけなんじゃないのか?」
「何度同じことを訊く。こうして迎えに来ているのが答えだ。どうか安心してほしい」
にっこり、とはいかないまでも、柔らかな表情を俺に向けてくる。子どものとき以来俺を避け、会えば難しい顔を向けてきた男と同じ人物とは思えない。
これは、つがい契約が結ばれたために遺伝子を操作されて人格まで変わったんだ、と俺は推察している。
なぜなら俺もなんとなくクラウスといると落ちつくというか、そばにいるとしっくりくるというか……。
俺はハッとして首を振った。
しっかりしろ、エルフィー。落ち着くな、しっくりくるな。
俺とクラウスは「事故つがい」。本能のまま体だけで繋がった関係で、そこに心はない。遺伝子の組み換え操作に惑わされるな!
ニコラだって、最終的にはそれを納得材料にしてくれたんだ。
「エルフィー、心までは僕を裏切っていないんだよね? エルフィーはヒートトラップを起こすほどフェリックスを思っていて、クラウスのことは微塵も愛していない。だからつがい解消に向けてつがい解消薬の錬成を成功させ、婚約破棄に向けてクラウスに嫌われるよう努力する。これに間違いはないんだよね?! 」
自発的にヒートトラップを起こしたわけじゃないけれど、立て続けに発せられるニコラの言葉を、途中で遮って釈明するのは難しかった。
また、誤作用でも結果的にヒート誘発剤で突発的なヒートを起こしたことに変わりはない。どう釈明しても起こった事実に変わりはなく、ニコラを裏切った俺には頷くことしかできなかった。
俺は昨夜のニコラとのやり取りを思い返しながら腕に触れる。
ニコラにひと晩中掴まれ、揺さぶられていたそこが痛い。着替えるときに見てみると、青痣がニコラの手の形にできていた。
もちろん魔法で痛みと痣を消すことはできるけれど、俺はこの痛みを持っているべきだ。
ニコラの痛みは、どんな魔法を使おうと消えないのだから────
直感的・楽観的でその時々の状況に合わせて目標達成への手段を変える俺とは違い、ニコラは体裁に重きを置き、粛々と目標を達成していく性格だ。
父様と母様の前では子どものときのように癇癪を起こす姿を見せず、セルドラン家とセルドランラボラトリーの名誉のために、また、父様や母様に気苦労をかけないために、俺がヒート誘発剤でヒートを起こしたことは決して口にしなかった。
だからこそその抑圧は、俺の部屋に戻ってから猛炎のように俺に向かってきたのだけれど。
「俺がクラウスを愛することはない。つがいも婚約も必ず解消する」
クッションで頬を殴られるたび、俺は同じ言葉を何度も重ねた。
「エルフィーが解消するんじゃなくて、クラウスから解消したいと思わせるんだからね? 本当は顔合わせだって断ってほしいんだ! でもそんなこと、セルドラン家から申し出ることはできない。だからクラウスに気持ちを変えてもらうんだ。モンテカルスト家からも、エルフィーじゃ駄目って思ってもらうんだ!」
「わかってる」
「だからって不躾な振る舞いはしないで! セルドラン家に泥を塗るのは許さない。クラウスがつがいと婚約から開放されたとき、エルフィーの弟の僕じゃ駄目だと言われないように気をつけて!」
「それもわかってる。ニコラに不利益なことがないよう、気を付ける」
両手と両膝を床に付けたまま顔を上げると、ニコラは青白い顔を涙でぐしょぐしょにしていた。
目が合うと、瞼を痙攣させながら俺を睨み付け、奥歯を噛みしめる。その容貌は普段の天使の笑みからは想像できるものではなかった。
俺が、ニコラにこんな顔をさせているんだ。
「……っごめん、ニコラ。謝っても謝り」
「謝っても事態は改善しないよ! エルフィーにできるのはつがい解消薬を一刻も早く作ることだ!」
このとき、両腕を掴まれた。
「絶対に、僕の大好きなクラウスを奪わないで」
朝まで一睡もせず、まるで呪文でもつぶやくようにそう言い続けながら。
「エルフィー、まだ顔色が悪いな」
「えっ、わ、なに」
対面の座席に座っていたクラウスが急に立ち上がり、俺の隣に腰掛ける。
がっしりとした体躯が女性的な体型の俺にぴたりとくっついた。
たくましい腕が肩に回され、俺はクラウスに寄りかかる体勢になる。
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