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本編
そして現在
しおりを挟む「俺、レストルームに行ってくる……」
一度顔を洗ってこよう。少しでも落ち着きたい。それと父様の書斎の前を通って、様子を窺いたい。
「僕も行くよ!」
するとニコラも椅子から立ち上がった。瞳を輝かせている。
「ねえ、母様。父様とクラウスのお話が終わったら、ここでのお茶にお誘いしてもいい? 僕、クラウスに話したいことがあるんだ」
「いいわね。私もクラウス様にお会いするのはとても久しぶりだし、クラウス様はじきに騎士団の遠征に出発されるのでしょう? ますます縁遠くなりそうだから、少しでもお顔を拝見できたら嬉しいわ」
ニコラの案に気が紛れたようで、母様に笑顔が戻った。
「そうだよね。じゃあ、書斎の前で待ってようかな。クラウスは真面目だから、用件が済んだらすぐに帰ってしまいそうだもの。エルフィー、行こう!」
返事もできなかった。ニコラはクラウスと会える嬉しさでいっぱいで、俺が眩暈で白目がちになっていることに気が付かない。体が向かい合った体勢で腕を絡めてきて、後ろ向きのままになっている俺をずるずると引きずっていく。
「あ、ちょうどよかった。ドアが開くよ!」
「えっ」
とうとう俺の断罪が始まるのか。少しだけ待ってくれ、それなら先に、せめて俺からニコラに謝らせてくれ。他の人の口から知らせたくない。
「出てきた! クラウ……え……?」
ニコラの動きがぴたりと止まった。
どうしたんだろう。怒りのあまりに剣を振りかざしたクラウスが俺を斬りに向かっているとでもいうのか。
覚悟を決めて、茶話室がある方向を向いていた体をゆっくりと書斎側へ向ける。
「……えっ⁉」
驚愕、ではなく呆然として動けなくなった。
クラウスは剣を持っていない。いないけれど、手には結婚の申し込みを意味する白薔薇のラウンドブーケを持ち、正装は正装でも、騎士が慶事のときだけに着る純白の軍服を身にまとって向かって来ている。
「な……」
なんだ? プロポーズ? 俺を断罪でも、父様に賠償を求めに来たのでもなく、ニコラにプロポーズを?
クラウスは目覚めたときの状況から俺と行為に至ったことはわかっていても、つがいになったことまではわかっていない? それで、行為を過ちだと認めたうえで父様に話を付けて、ニコラにプロポーズに来た?
……やった! ひとまずの危機は脱した! 後は俺がつがい解消薬の錬成に集中するだけだ。
すっと眩暈が去り、世界が色付く。外から差し込む陽の光の温かさが存在していたことに気付いた。
そうか、今日は晴天だったのか。ニコラとクラウスの門出にふさわしい日だ。おめでとう、ニコラとクラウス。
俺はふたりの幸せな瞬間の目撃者となるべく、ニコラの少し後ろに移動した。
いつもとさして変わらないといえば変わらない、神妙な表情のクラウスがもうそこまで来ている。
よかった。よかったなぁ、ニコラ。
ああ、俺まで幸せで涙が出てくる。瞼を開けていられない。言うなれば感無量だ。
「結婚しよう!」
来た! いいぞクラウス。第一声からストレートなその言葉、男らしいぞ! よく言った! 義兄になる身として、俺は嬉しい!
……でも、なんだか声と気配が近いような……。
安堵と喜びの涙で潤んだ目を、ぱしぱしとまばたきしながら開ける。
「………………へっ?」
なぜだろう。クラウスは俺の真ん前にいた。
俺を真正面から、じっと見つめている。
目の端にニコラの腕が映るものの、クラウスの体が大きいから顔までは見えなくて。
なによりもこの現状を把握できないから、俺もクラウスを凝視することしかできなくて。
……えっ? えっ?
「エルフィー・セルドラン、結婚しよう」
クラウスが跪き、騎士服と同じ、真っ白なブーケを俺に差し出す。
えっ? えっ?
「君のうなじを咬み、つがいとなった一切の責任は俺が取る。だから、結婚、しよう」
黄金色の目が、俺を射抜いた────
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