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本編

ニコラが待っていた①

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 それからどれくらいシャワーに当たっていたかはわからない。ふと我にかえり、ともかく体を綺麗に洗った。

 不思議だった。我にかえってしまうと体に活力が満ちているのを感じた。初めての行為の後なのに、気怠さが少しもない。

 これがつがいを得たとういうことなのだろうか。だとしたらアルファであるクラウスも今、なにかしら体の変化を感じているのだろうか。

 けれど願わくば、ヒートに陥った俺に過ちの記憶がないように、ラットになったはずのクラウスの記憶もなければいい。過ちも、つがいになった記憶も、すべて憶えていませんように。

 これから俺は、もう誰ともつがうことも結婚することもできないけれど、クラウスはアルファだからニコラとつがいになれる。ニコラにはクラウスと幸せになってもらいたいんだ。クラウスが思い出さなければ、すべて丸くおさまる。

 俺は自分が招いたことだもの。これから先は抑制剤を使って耐えていく。今より強力な抑制剤を作って……いや、つがい解消薬を成功できれば、俺もやりなおしができるのでは。

 頭の中で今後の不安を打ち消しながら、うなじの生傷と首や下半身に散らばったうっ血痕に治癒魔法をかける。
 つがいの刻印は怪我でも病気でもなく「契約」だから咬み痕自体は消えない。それでも咬まれた直後の傷の生々しさと、うっ血痕は消すことができた。

「うなじの刻印はこれで隠していこう」

 本当は日付が変わる前に寄宿舎を出ていないといけなかったから、荷物をまとめてある。そこから大判のスカーフを出して首にしっかりと巻きつけ、部屋を出る。
 忍び足で敷地から出て、夜明けが近い仄暗い道を早足で歩いた。アカデミーから俺の家まではさほど距離はない。

「おや、エルフィーぼっちゃん、今お帰りですか?」
「お帰りなさいませ、ご卒業おめでとうございます。お荷物をお運びしましょう」

 家の門扉に着くと、いつでも早起きで仕事熱心な執事さんとメイド長さんに出くわして、声をかけられてしまった。

 俺はろくに挨拶もせず、逃げるように家に飛び込む。そのまま一心不乱に廊下を進み、父様と母様の寝室、ニコラの寝室の前を通り過ぎて自室に入った。

 ふぅ、家族に見つからなくてよか……。

「ニ、ニコラ?」

 安堵のため息をついたところで、ベッドにニコラが寝ていることを知った。
 動揺して、荷物を入れた大きなバッグをどすん、と落としてしまう。

「ん~」

 音で目が覚めてしまったようで、ニコラがベッドで伸びをした。

「 よく寝たぁ……あれ? エルフィー!」

 見えない矢で心臓を射られる。体中の血が忙しく巡り巡っているのに、その器である体は硬直して指一本動かせない。
 代わりにニコラが満面の笑みでベッドから降りて近づいてくる。

「おかえり、朝帰りだね。ってことは、フェリックスとうまくいったんだね?」

 喉も舌も硬直して返事ができない。冷たい汗だけが背中を伝う。

「……どうしたの? 珍しく顔色が悪いね。今頃緊張が出てきた? ひとまずベッドにおいでよ」
「あ、や……」
「わ、冷たい手。温めないと」

 ニコラは俺の肩を抱き、もう一方の手で手をさすってくれながらベッドに連れて行く。

「どうしたの? もしかして、断られた、とか……ううん、だけどエルフィーのものじゃない香りがするもの」

 俺をベッドに座らせると、ニコラはそう言って俺の体の匂いを嗅いできた。

「これって、フェリックスのフェロモン? エルフィー、フェリックスと経験したんだね?」
「えっ、まだフェロモンが匂ってるのか!?」

 あんなに洗い流したのにと驚いて、思わず口にしてしまう。馬鹿っ、黙れ俺!
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