18 / 104
本編
ニコラが待っていた①
しおりを挟む
それからどれくらいシャワーに当たっていたかはわからない。ふと我にかえり、ともかく体を綺麗に洗った。
不思議だった。我にかえってしまうと体に活力が満ちているのを感じた。初めての行為の後なのに、気怠さが少しもない。
これがつがいを得たとういうことなのだろうか。だとしたらアルファであるクラウスも今、なにかしら体の変化を感じているのだろうか。
けれど願わくば、ヒートに陥った俺に過ちの記憶がないように、ラットになったはずのクラウスの記憶もなければいい。過ちも、つがいになった記憶も、すべて憶えていませんように。
これから俺は、もう誰ともつがうことも結婚することもできないけれど、クラウスはアルファだからニコラとつがいになれる。ニコラにはクラウスと幸せになってもらいたいんだ。クラウスが思い出さなければ、すべて丸くおさまる。
俺は自分が招いたことだもの。これから先は抑制剤を使って耐えていく。今より強力な抑制剤を作って……いや、つがい解消薬を成功できれば、俺もやりなおしができるのでは。
頭の中で今後の不安を打ち消しながら、うなじの生傷と首や下半身に散らばったうっ血痕に治癒魔法をかける。
つがいの刻印は怪我でも病気でもなく「契約」だから咬み痕自体は消えない。それでも咬まれた直後の傷の生々しさと、うっ血痕は消すことができた。
「うなじの刻印はこれで隠していこう」
本当は日付が変わる前に寄宿舎を出ていないといけなかったから、荷物をまとめてある。そこから大判のスカーフを出して首にしっかりと巻きつけ、部屋を出る。
忍び足で敷地から出て、夜明けが近い仄暗い道を早足で歩いた。アカデミーから俺の家まではさほど距離はない。
「おや、エルフィーぼっちゃん、今お帰りですか?」
「お帰りなさいませ、ご卒業おめでとうございます。お荷物をお運びしましょう」
家の門扉に着くと、いつでも早起きで仕事熱心な執事さんとメイド長さんに出くわして、声をかけられてしまった。
俺はろくに挨拶もせず、逃げるように家に飛び込む。そのまま一心不乱に廊下を進み、父様と母様の寝室、ニコラの寝室の前を通り過ぎて自室に入った。
ふぅ、家族に見つからなくてよか……。
「ニ、ニコラ?」
安堵のため息をついたところで、ベッドにニコラが寝ていることを知った。
動揺して、荷物を入れた大きなバッグをどすん、と落としてしまう。
「ん~」
音で目が覚めてしまったようで、ニコラがベッドで伸びをした。
「 よく寝たぁ……あれ? エルフィー!」
見えない矢で心臓を射られる。体中の血が忙しく巡り巡っているのに、その器である体は硬直して指一本動かせない。
代わりにニコラが満面の笑みでベッドから降りて近づいてくる。
「おかえり、朝帰りだね。ってことは、フェリックスとうまくいったんだね?」
喉も舌も硬直して返事ができない。冷たい汗だけが背中を伝う。
「……どうしたの? 珍しく顔色が悪いね。今頃緊張が出てきた? ひとまずベッドにおいでよ」
「あ、や……」
「わ、冷たい手。温めないと」
ニコラは俺の肩を抱き、もう一方の手で手をさすってくれながらベッドに連れて行く。
「どうしたの? もしかして、断られた、とか……ううん、だけどエルフィーのものじゃない香りがするもの」
俺をベッドに座らせると、ニコラはそう言って俺の体の匂いを嗅いできた。
「これって、フェリックスのフェロモン? エルフィー、フェリックスと経験したんだね?」
「えっ、まだフェロモンが匂ってるのか!?」
あんなに洗い流したのにと驚いて、思わず口にしてしまう。馬鹿っ、黙れ俺!
不思議だった。我にかえってしまうと体に活力が満ちているのを感じた。初めての行為の後なのに、気怠さが少しもない。
これがつがいを得たとういうことなのだろうか。だとしたらアルファであるクラウスも今、なにかしら体の変化を感じているのだろうか。
けれど願わくば、ヒートに陥った俺に過ちの記憶がないように、ラットになったはずのクラウスの記憶もなければいい。過ちも、つがいになった記憶も、すべて憶えていませんように。
これから俺は、もう誰ともつがうことも結婚することもできないけれど、クラウスはアルファだからニコラとつがいになれる。ニコラにはクラウスと幸せになってもらいたいんだ。クラウスが思い出さなければ、すべて丸くおさまる。
俺は自分が招いたことだもの。これから先は抑制剤を使って耐えていく。今より強力な抑制剤を作って……いや、つがい解消薬を成功できれば、俺もやりなおしができるのでは。
頭の中で今後の不安を打ち消しながら、うなじの生傷と首や下半身に散らばったうっ血痕に治癒魔法をかける。
つがいの刻印は怪我でも病気でもなく「契約」だから咬み痕自体は消えない。それでも咬まれた直後の傷の生々しさと、うっ血痕は消すことができた。
「うなじの刻印はこれで隠していこう」
本当は日付が変わる前に寄宿舎を出ていないといけなかったから、荷物をまとめてある。そこから大判のスカーフを出して首にしっかりと巻きつけ、部屋を出る。
忍び足で敷地から出て、夜明けが近い仄暗い道を早足で歩いた。アカデミーから俺の家まではさほど距離はない。
「おや、エルフィーぼっちゃん、今お帰りですか?」
「お帰りなさいませ、ご卒業おめでとうございます。お荷物をお運びしましょう」
家の門扉に着くと、いつでも早起きで仕事熱心な執事さんとメイド長さんに出くわして、声をかけられてしまった。
俺はろくに挨拶もせず、逃げるように家に飛び込む。そのまま一心不乱に廊下を進み、父様と母様の寝室、ニコラの寝室の前を通り過ぎて自室に入った。
ふぅ、家族に見つからなくてよか……。
「ニ、ニコラ?」
安堵のため息をついたところで、ベッドにニコラが寝ていることを知った。
動揺して、荷物を入れた大きなバッグをどすん、と落としてしまう。
「ん~」
音で目が覚めてしまったようで、ニコラがベッドで伸びをした。
「 よく寝たぁ……あれ? エルフィー!」
見えない矢で心臓を射られる。体中の血が忙しく巡り巡っているのに、その器である体は硬直して指一本動かせない。
代わりにニコラが満面の笑みでベッドから降りて近づいてくる。
「おかえり、朝帰りだね。ってことは、フェリックスとうまくいったんだね?」
喉も舌も硬直して返事ができない。冷たい汗だけが背中を伝う。
「……どうしたの? 珍しく顔色が悪いね。今頃緊張が出てきた? ひとまずベッドにおいでよ」
「あ、や……」
「わ、冷たい手。温めないと」
ニコラは俺の肩を抱き、もう一方の手で手をさすってくれながらベッドに連れて行く。
「どうしたの? もしかして、断られた、とか……ううん、だけどエルフィーのものじゃない香りがするもの」
俺をベッドに座らせると、ニコラはそう言って俺の体の匂いを嗅いできた。
「これって、フェリックスのフェロモン? エルフィー、フェリックスと経験したんだね?」
「えっ、まだフェロモンが匂ってるのか!?」
あんなに洗い流したのにと驚いて、思わず口にしてしまう。馬鹿っ、黙れ俺!
71
お気に入りに追加
2,078
あなたにおすすめの小説
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる