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本編
ヒートが進んでいく
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「は、はぁ、はぁ、はぁ……なんだ、これは。体が熱い……っ」
クラウスが膝を崩した。両手を床に突っ張らせて、なんとか倒れ込むのを耐えている。
そうか、クラウスはオメガのヒートに遭遇するのは初めてだから。
十三歳から五年間、アカデミーの寄宿舎で過ごす生徒たちは、バース性による不利益を受けない管理体制下で過ごす。交際さえ禁じられているのだ。
管理をかいくぐっていかがわしい交遊をする生徒は無きにしも非ずだけれど、堅物唐変木のクラウスがそんなことをするわけがない。
けれどだからこそ、ヒートフェロモンに耐性がなさすぎて、お酒と同じで回るのが早くなってしまう。
「立って、クラウス。俺はヒートを起こしてる。巻き込みたくない。早く出ていけ」
クラウスを引きずってでも出て行かせたくても、俺にはその力も時間の猶予もない。
とにかく口で訴えながら、ピルケースから取り出した薬の包みを剥く。けれど指先が小刻みに震えて全然うまくできない。
まごついているその間にも体は燃えるように熱くなり、やっと取り出せた薬を指で挟んだ途端、強い眩暈に襲われた。体がぐらんと揺れ、膝立ちの体が後ろ向きに倒れていく。
「エル、フィ……!」
床に後頭部を打ち付けそうになる寸前だった。クラウスの腕が伸びてきて、がっしりと支えられた。
あろうことかその反動でピルケースも握っていた薬も床に落ち、薬はころころと転がって、猫脚の飾り棚の奥に入ってしまう。
「あ、あ……うぁっ!」
手を伸ばして薬を追いたいのに、捕らえられたかのように腕を回されている体は動かない。そして、クラウスと触れているところがジンジンと痺れた。
痺れは全身に広がり、指先まで到達する。痛みはない。ないけれど、昂揚感を与えるような、もっと欲しくなるような、この腕から離れたくないような……これは、なんだ。
そして、クラウスから匂い立つこの香り。今日初めて飲んだカクテルみたいに粘膜を熱くして、体を火照らせる。お腹が熱い。下が……疼いてる?
もしかしてこの香りは、クラウスのアルファフェロモンなのか。
クラウスがヒートに耐性がないように、俺もアルファのフェロモンに耐性がない。ヒートのときにアルファがそばにいるなんて、初めてのことだった。
こんなに体が疼いて、アルファを欲しいと思うなんて。
――欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。アルファの精が、欲しい……!
「クラウス、離れろ!」
ヒートがどんどん強くなっている。
ヒートを起こしたオメガは、性欲を満たすことだけに心身を支配されてしまうのに。アルファだってそんな状態のオメガといれば、「ラット」と呼ばれる発情状態に陥ってしまうのに。
「俺を突き飛ばしていいからっ、早く出て行けっ」
俺がつがいにと望む相手はクラウスじゃない。おまえもそうだろう? おまえが望んでいるのはニコラだろう? 頼むから早く行ってくれ。
そう言いたくて、くらくらするのを我慢して、閉じていた瞼を必死で開けてクラウスを見た。
「あ……」
「エル、フィー……」
熱を孕んだ視線が絡む。ダンスのときよりもずっと近い位置に瞳があり、互いの息づかいを頬で感じた。
心臓が破裂しそうな勢いで騒ぎ出す。俺だけじゃない。俺が掴んでいるクラウスの左胸も大きく拍動し、同じ律動を刻んでいる。
――どくどくどくどく。ばくばくばくばく。
もうふたりの心臓の音しか聞こえなかった。瞳に映るのも互いの姿だけ。頭の後ろらへんでは、「違う!」「やめるんだ!」と必死に警告してくる俺がいるのに、体は目の前のアルファを強く求めている。
これは誘発剤の影響なのか、それとも発情期に初めてアルファといる影響なのか、いつもの発情期の何倍も疼いて苦しくて、枯渇しない泉から水がこんこんと湧き出るかのように、欲情が湧いてくる。
おそらくクラウスも同じだ。玉の汗をかきながら俺の頬に触れ、顔を寄せてくる。室内の灯りが反射する黄金色の瞳は、獲物を見つけた黒豹のように獰猛だ。
クラウスは今、欲を貪る野獣と化している。
クラウスが膝を崩した。両手を床に突っ張らせて、なんとか倒れ込むのを耐えている。
そうか、クラウスはオメガのヒートに遭遇するのは初めてだから。
十三歳から五年間、アカデミーの寄宿舎で過ごす生徒たちは、バース性による不利益を受けない管理体制下で過ごす。交際さえ禁じられているのだ。
管理をかいくぐっていかがわしい交遊をする生徒は無きにしも非ずだけれど、堅物唐変木のクラウスがそんなことをするわけがない。
けれどだからこそ、ヒートフェロモンに耐性がなさすぎて、お酒と同じで回るのが早くなってしまう。
「立って、クラウス。俺はヒートを起こしてる。巻き込みたくない。早く出ていけ」
クラウスを引きずってでも出て行かせたくても、俺にはその力も時間の猶予もない。
とにかく口で訴えながら、ピルケースから取り出した薬の包みを剥く。けれど指先が小刻みに震えて全然うまくできない。
まごついているその間にも体は燃えるように熱くなり、やっと取り出せた薬を指で挟んだ途端、強い眩暈に襲われた。体がぐらんと揺れ、膝立ちの体が後ろ向きに倒れていく。
「エル、フィ……!」
床に後頭部を打ち付けそうになる寸前だった。クラウスの腕が伸びてきて、がっしりと支えられた。
あろうことかその反動でピルケースも握っていた薬も床に落ち、薬はころころと転がって、猫脚の飾り棚の奥に入ってしまう。
「あ、あ……うぁっ!」
手を伸ばして薬を追いたいのに、捕らえられたかのように腕を回されている体は動かない。そして、クラウスと触れているところがジンジンと痺れた。
痺れは全身に広がり、指先まで到達する。痛みはない。ないけれど、昂揚感を与えるような、もっと欲しくなるような、この腕から離れたくないような……これは、なんだ。
そして、クラウスから匂い立つこの香り。今日初めて飲んだカクテルみたいに粘膜を熱くして、体を火照らせる。お腹が熱い。下が……疼いてる?
もしかしてこの香りは、クラウスのアルファフェロモンなのか。
クラウスがヒートに耐性がないように、俺もアルファのフェロモンに耐性がない。ヒートのときにアルファがそばにいるなんて、初めてのことだった。
こんなに体が疼いて、アルファを欲しいと思うなんて。
――欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。アルファの精が、欲しい……!
「クラウス、離れろ!」
ヒートがどんどん強くなっている。
ヒートを起こしたオメガは、性欲を満たすことだけに心身を支配されてしまうのに。アルファだってそんな状態のオメガといれば、「ラット」と呼ばれる発情状態に陥ってしまうのに。
「俺を突き飛ばしていいからっ、早く出て行けっ」
俺がつがいにと望む相手はクラウスじゃない。おまえもそうだろう? おまえが望んでいるのはニコラだろう? 頼むから早く行ってくれ。
そう言いたくて、くらくらするのを我慢して、閉じていた瞼を必死で開けてクラウスを見た。
「あ……」
「エル、フィー……」
熱を孕んだ視線が絡む。ダンスのときよりもずっと近い位置に瞳があり、互いの息づかいを頬で感じた。
心臓が破裂しそうな勢いで騒ぎ出す。俺だけじゃない。俺が掴んでいるクラウスの左胸も大きく拍動し、同じ律動を刻んでいる。
――どくどくどくどく。ばくばくばくばく。
もうふたりの心臓の音しか聞こえなかった。瞳に映るのも互いの姿だけ。頭の後ろらへんでは、「違う!」「やめるんだ!」と必死に警告してくる俺がいるのに、体は目の前のアルファを強く求めている。
これは誘発剤の影響なのか、それとも発情期に初めてアルファといる影響なのか、いつもの発情期の何倍も疼いて苦しくて、枯渇しない泉から水がこんこんと湧き出るかのように、欲情が湧いてくる。
おそらくクラウスも同じだ。玉の汗をかきながら俺の頬に触れ、顔を寄せてくる。室内の灯りが反射する黄金色の瞳は、獲物を見つけた黒豹のように獰猛だ。
クラウスは今、欲を貪る野獣と化している。
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