上 下
6 / 104
本編

ダンスの相手は俺じゃない②

しおりを挟む
「あの、あのね、フェリックスは役員代表だし、公爵家の子息だし……そうだ、事業のお付き合いもあるから、だから彼女と最初に踊ったんだと思うよ。ね? 気にしちゃ駄目」
「ん……そうだよね」

 そうだ。ここで伯爵令嬢そっちのけで踊るのは、フェリックスの立場上好ましくないもの。次はきっと俺と踊ってくれる。

「心配かけてごめんな、ニコラ。俺のことはいいから、ニコラもクラウスと踊りなよ。まったく、クラウスは誘いにもこないでどうしてるんだ?」

 言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。クラウスも公爵家の、それも後嗣あとつぎだ。別の令嬢と先に踊っているのかも。
 
 サロンの左右に目を走らせる。でもクラウスの姿はどこにもなかった。

「乾杯のときにはいたはずなのに、そのあとすぐにいなくなっちゃったんだ。役員のお仕事でもあるのかな? 体調が悪いとかじゃないといいんだけど……」

 ニコラもきょろきょろと頭を動かしたけど、やっぱりクラウスは見当たらない。役員でもプロム中は役目なんてないだろうし、あれだけ背の高いがっしりした体躯の男、いなくなるときはわかりそうなものなのに、俺はフェリックスばかり見ていたから……あ、一曲目が終わる。

 また胸がドキドキと騒ぎ出す。今回はさっきみたいな期待の拍動だけじゃない。次も俺じゃなかったらどうしようという不安も混じっている。

 フェリックスを見ると、伯爵令嬢とお辞儀をし終えた彼が俺を見た。

 ……今度こそ来てくれる?

 どきんどきん、どきんどきん。
 胸が張り裂けそうになる痛みに耐えながら、彼に視線を送り続ける。するとフェリックスは微笑みながらこっちへ向かってきて……。

「踊っていただけますか?」

 と、手を差し出した。

「……っ!」

 俺じゃなく、俺の近くにいた別の伯爵令嬢に。そして、また腕を組んでサロン中央へ。

 うつむいて唇を噛む。
 そのとき「くすくす」と、羽のように軽やかなのに、俺の肌をちくちくと刺す笑い声が聞こえた。

 顔は動かさずに視線だけをずらすと、アルファの生徒たちが俺を見て笑っているようだった。

「オメガのくせに、フェリックスのファースト、セカンドをもらえると思っていたのかしら」
「もしかして最後までないんじゃない?」

 くすくす、くすくす。ひそひそ。
 笑い声が胸にも突き刺さってくる。

 「オメガのくせに」……世の中に三種ある第二性バース

 神に与えられた優秀な遺伝子を持ち、ヒエラルキーの頂点に君臨するアルファ。

 凡庸でも、努力により能力が向上する可能性のあるベータ。

 
 そして発情期があるために卑しい者とされ、責任ある仕事に就くこともできずに社会から蔑まれてきたオメガ。

 オメガに治癒魔法力があることがわかって以降、オメガの社会的地位は改善目覚ましいものの、人の心の中のオメガの地位は未だ底辺だ。

 欲情を薬と性交で抑えるバース。
 フェロモンでアルファを誘惑するバース。
 人間としての本来の能力ではなく、フェロモンに由来した魔力に頼らないと、ベータ並みの仕事もできないバース。穢らわしくて卑しいオメガ。

 アルファの大多数が「アルファ至上主義」のこの世の中でも、性別やバース、身分に関係なく切磋琢磨する校風のアカデミー内ではあからさまな差別を受けたことはなく、楽しく安心して過ごしてきた。

 それなのにこの卒業という日に、一部のアルファ生徒の心の内を知ることになるなんて。 

 フェリックスはどのバースにも平等で、自分がアルファであることも決してひけらかさなった。オメガの俺にもいつも優しくしてくれていたけど、心の中ではずっとそう思ってた?
 
「エルフィー……」

 ニコラが俺のジャケットの袖をぎゅっと握る。双子だから、オメガへの嘲笑に一緒に傷ついているんだろう。
 
 平気だよ、って言わなきゃ……でも、喉がからからで口が開かないんだ。

 俺は通りかかった給仕のトレイからカクテルグラスを奪い、中身をぐいっと喉へ流し込んだ。

 コーヒーとミルクの混ざった味がするそれは、甘いカフェオレのようでも、喉と胃を熱くし涙を誘う。
しおりを挟む
感想 285

あなたにおすすめの小説

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...