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本編
ダンスの相手は俺じゃない②
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「あの、あのね、フェリックスは役員代表だし、公爵家の子息だし……そうだ、事業のお付き合いもあるから、だから彼女と最初に踊ったんだと思うよ。ね? 気にしちゃ駄目」
「ん……そうだよね」
そうだ。ここで伯爵令嬢そっちのけで踊るのは、フェリックスの立場上好ましくないもの。次はきっと俺と踊ってくれる。
「心配かけてごめんな、ニコラ。俺のことはいいから、ニコラもクラウスと踊りなよ。まったく、クラウスは誘いにもこないでどうしてるんだ?」
言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。クラウスも公爵家の、それも後嗣だ。別の令嬢と先に踊っているのかも。
サロンの左右に目を走らせる。でもクラウスの姿はどこにもなかった。
「乾杯のときにはいたはずなのに、そのあとすぐにいなくなっちゃったんだ。役員のお仕事でもあるのかな? 体調が悪いとかじゃないといいんだけど……」
ニコラもきょろきょろと頭を動かしたけど、やっぱりクラウスは見当たらない。役員でもプロム中は役目なんてないだろうし、あれだけ背の高いがっしりした体躯の男、いなくなるときはわかりそうなものなのに、俺はフェリックスばかり見ていたから……あ、一曲目が終わる。
また胸がドキドキと騒ぎ出す。今回はさっきみたいな期待の拍動だけじゃない。次も俺じゃなかったらどうしようという不安も混じっている。
フェリックスを見ると、伯爵令嬢とお辞儀をし終えた彼が俺を見た。
……今度こそ来てくれる?
どきんどきん、どきんどきん。
胸が張り裂けそうになる痛みに耐えながら、彼に視線を送り続ける。するとフェリックスは微笑みながらこっちへ向かってきて……。
「踊っていただけますか?」
と、手を差し出した。
「……っ!」
俺じゃなく、俺の近くにいた別の伯爵令嬢に。そして、また腕を組んでサロン中央へ。
うつむいて唇を噛む。
そのとき「くすくす」と、羽のように軽やかなのに、俺の肌をちくちくと刺す笑い声が聞こえた。
顔は動かさずに視線だけをずらすと、アルファの生徒たちが俺を見て笑っているようだった。
「オメガのくせに、フェリックスのファースト、セカンドをもらえると思っていたのかしら」
「もしかして最後までないんじゃない?」
くすくす、くすくす。ひそひそ。
笑い声が胸にも突き刺さってくる。
「オメガのくせに」……世の中に三種ある第二性。
神に与えられた優秀な遺伝子を持ち、ヒエラルキーの頂点に君臨するアルファ。
凡庸でも、努力により能力が向上する可能性のあるベータ。
そして発情期があるために卑しい者とされ、責任ある仕事に就くこともできずに社会から蔑まれてきたオメガ。
オメガに治癒魔法力があることがわかって以降、オメガの社会的地位は改善目覚ましいものの、人の心の中のオメガの地位は未だ底辺だ。
欲情を薬と性交で抑えるバース。
フェロモンでアルファを誘惑するバース。
人間としての本来の能力ではなく、フェロモンに由来した魔力に頼らないと、ベータ並みの仕事もできないバース。穢らわしくて卑しいオメガ。
アルファの大多数が「アルファ至上主義」のこの世の中でも、性別やバース、身分に関係なく切磋琢磨する校風のアカデミー内ではあからさまな差別を受けたことはなく、楽しく安心して過ごしてきた。
それなのにこの卒業という日に、一部のアルファ生徒の心の内を知ることになるなんて。
フェリックスはどのバースにも平等で、自分がアルファであることも決してひけらかさなった。オメガの俺にもいつも優しくしてくれていたけど、心の中ではずっとそう思ってた?
「エルフィー……」
ニコラが俺のジャケットの袖をぎゅっと握る。双子だから、俺への嘲笑に一緒に傷ついているんだろう。
平気だよ、って言わなきゃ……でも、喉がからからで口が開かないんだ。
俺は通りかかった給仕のトレイからカクテルグラスを奪い、中身をぐいっと喉へ流し込んだ。
コーヒーとミルクの混ざった味がするそれは、甘いカフェオレのようでも、喉と胃を熱くし涙を誘う。
「ん……そうだよね」
そうだ。ここで伯爵令嬢そっちのけで踊るのは、フェリックスの立場上好ましくないもの。次はきっと俺と踊ってくれる。
「心配かけてごめんな、ニコラ。俺のことはいいから、ニコラもクラウスと踊りなよ。まったく、クラウスは誘いにもこないでどうしてるんだ?」
言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。クラウスも公爵家の、それも後嗣だ。別の令嬢と先に踊っているのかも。
サロンの左右に目を走らせる。でもクラウスの姿はどこにもなかった。
「乾杯のときにはいたはずなのに、そのあとすぐにいなくなっちゃったんだ。役員のお仕事でもあるのかな? 体調が悪いとかじゃないといいんだけど……」
ニコラもきょろきょろと頭を動かしたけど、やっぱりクラウスは見当たらない。役員でもプロム中は役目なんてないだろうし、あれだけ背の高いがっしりした体躯の男、いなくなるときはわかりそうなものなのに、俺はフェリックスばかり見ていたから……あ、一曲目が終わる。
また胸がドキドキと騒ぎ出す。今回はさっきみたいな期待の拍動だけじゃない。次も俺じゃなかったらどうしようという不安も混じっている。
フェリックスを見ると、伯爵令嬢とお辞儀をし終えた彼が俺を見た。
……今度こそ来てくれる?
どきんどきん、どきんどきん。
胸が張り裂けそうになる痛みに耐えながら、彼に視線を送り続ける。するとフェリックスは微笑みながらこっちへ向かってきて……。
「踊っていただけますか?」
と、手を差し出した。
「……っ!」
俺じゃなく、俺の近くにいた別の伯爵令嬢に。そして、また腕を組んでサロン中央へ。
うつむいて唇を噛む。
そのとき「くすくす」と、羽のように軽やかなのに、俺の肌をちくちくと刺す笑い声が聞こえた。
顔は動かさずに視線だけをずらすと、アルファの生徒たちが俺を見て笑っているようだった。
「オメガのくせに、フェリックスのファースト、セカンドをもらえると思っていたのかしら」
「もしかして最後までないんじゃない?」
くすくす、くすくす。ひそひそ。
笑い声が胸にも突き刺さってくる。
「オメガのくせに」……世の中に三種ある第二性。
神に与えられた優秀な遺伝子を持ち、ヒエラルキーの頂点に君臨するアルファ。
凡庸でも、努力により能力が向上する可能性のあるベータ。
そして発情期があるために卑しい者とされ、責任ある仕事に就くこともできずに社会から蔑まれてきたオメガ。
オメガに治癒魔法力があることがわかって以降、オメガの社会的地位は改善目覚ましいものの、人の心の中のオメガの地位は未だ底辺だ。
欲情を薬と性交で抑えるバース。
フェロモンでアルファを誘惑するバース。
人間としての本来の能力ではなく、フェロモンに由来した魔力に頼らないと、ベータ並みの仕事もできないバース。穢らわしくて卑しいオメガ。
アルファの大多数が「アルファ至上主義」のこの世の中でも、性別やバース、身分に関係なく切磋琢磨する校風のアカデミー内ではあからさまな差別を受けたことはなく、楽しく安心して過ごしてきた。
それなのにこの卒業という日に、一部のアルファ生徒の心の内を知ることになるなんて。
フェリックスはどのバースにも平等で、自分がアルファであることも決してひけらかさなった。オメガの俺にもいつも優しくしてくれていたけど、心の中ではずっとそう思ってた?
「エルフィー……」
ニコラが俺のジャケットの袖をぎゅっと握る。双子だから、俺への嘲笑に一緒に傷ついているんだろう。
平気だよ、って言わなきゃ……でも、喉がからからで口が開かないんだ。
俺は通りかかった給仕のトレイからカクテルグラスを奪い、中身をぐいっと喉へ流し込んだ。
コーヒーとミルクの混ざった味がするそれは、甘いカフェオレのようでも、喉と胃を熱くし涙を誘う。
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