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ビッグラブ編

魔王様、お天気を変える

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 ココット村に朝が来た。
 南の地方に位置するココット村は日の出が早く、昼間の時間が長い。

 一番始めに村の入り口の勇者像に太陽が当たり、顔が光ったら、次は白い土壁のドーム型の集会所、それから入り組んだ小径が明るくなり、最後に各家々のとんがり屋根に太陽の光が降り注ぐ。
 そして、村人達の一日がまた始まるのだ。

「ジェイミー、おいしいか」
「うん、おいしい。凄いね、ルナ。いつの間にチキンクリームパイなんて焼けるようになったんだ? 羊ちゃんシリーズにはなかっただろう?」

 ルナトゥスは今朝も一番に起きて、ジェイミーやハンナのために朝食を作った。
 二年近くジェイミーと朝食当番をやって料理上手になったのはもちろんだが、ジェイミーとハンナに今まで受けた恩を返したかった。
 それにジェイミーの喜ぶ顔は、胸がぽかぽかほわほわして心地がいい。

「ついこの間、農園でマダム・メイに教わったんだ。……ジェイミー、ついてる」

 ジェイミーの口の端にチキンクリームがついてるのを、ルナトゥスが親指で拭い、そのまま自分の口へ持っていく。

 途端にジェイミーはまっ赤になる。対面のハンナはため息だ。ルナトゥスは表情ひとつ変えず、自分も食事を摂る。

 これが最近のこの家の朝の定番だが、ルナトゥスのジェイミーへの甲斐甲斐しさといったら半端ない。

 ジェイミーが西を向けばルナトゥスも西を向き、ジェイミーが東に足を向ければルナトゥスも足を向ける。それくらいいつも近くにいて、いつなん時、なにがあっても「ジェイミーを守るぞオーラ」が燃えている。
 魔王のオーラ、どこ行った? だ。

 ちなみに、ルナトゥスの魔力は身体の成長と共に戻ったのだが、生来の身体能力も存外に高いため、特に魔力を発揮する場面はない。それに成長した今の体であれば魔力のコントロールは完全だから、今後ルナトゥスが魔力を発揮するのは、ジェイミーやハンナの一大事の時くらいだろうか。

 ────ただし、ルナトゥスならジェイミーやハンナに一大事を起こさせはしないだろうけれど。

「あなた達、仲がいいのはよくわかったから、早く食べ終えて仕事に出なさい。今日は狩りに出るのね?」
「うん。ルナトゥスの狩猟ステータスは驚くほどに高いからね。俺は下手だから、ルナトゥスが獲った獲物をかごに集める係」

 ジェイミーの狩猟の腕が上がることはなく、今も農園の仕事が彼のメインなのだが、ルナトゥスがジェイミーから離れようとしないため、村の男達は仕方なくジェイミーも狩猟班に加えたのだった。

「そう。しっかり働いておいでなさい。それから、次のお休みの日は二人に用事を頼むから、必ず一日開けておいてね」

 二人は素直に頷き、ハンナに送り出されて家を出た。

***

 その日は大雨の悪天候だった。
 ハンナは「こんなお天気じゃ駄目よ」と繰り返し、イライラしている。

「姉さん、どうしたのさ。今日の用事は雨だと差支えがあるの?」

 ジェイミーが問うと、ハンナはうっ、と押し黙る。

「そ、そうなの……どうしても晴れて……いえ、くもりでもいいのだけど、雨は……ああ、でももし雨が上がっても、地面がこれじゃあ……」

 なんとも歯切れが悪い。ジェイミーもルナトゥスも雨くらいでお使い事を断ったりしないのに、と顔を見合わせる。

「……晴れたらいいのか?」

 ハンナの眉間の皺を見ながらしばし思案していたルナトゥスが言った。
 ハンナもジェイミーもきょとんとする。
 
「そうだけど、どうして?」
「できると思うからやってみる」

 ハンナが問うと、ルナトゥスは玄関から出て天を仰ぎ、胸の位置に手のひらを上げ、上に向けた。
 
「おい、ルナトゥス。濡れてしま……濡れて、ないな……」

 ルナトゥスが土砂降りの雨に晒されてしまうと思い、声をかけたジェイミーだが、雨はルナトゥスを避けるように降っていて、手のひらにだけ、ぽつ、ぽつ、ぽつりと雫を落としている。

 そして雫はルナトゥスの手の上で三つの小さな透明の玉になって、ころころ、と踊った。
 
 ルナトゥスはそれにふうっと息を吹きかけた。
 するとどうだろう。雫の玉が細かく砕け、破片が輝きながら空へと舞っていく。

 やがて、降り注ぐ雨も同じように輝く破片になり、あたり一面をきらきらと輝かせた。

 そして、それは起こった。

「わあ……! 虹だ。凄く大きい!」

 ジェイミーもハンナも、天気の変化に気づいた村人達も外に出てきて、皆で天上を見上げる。

 美しい七色の虹の先には澄んだ青が見えて、だんだんに雲が流れて晴れていく。
 それからものの十分もしないうちに、空に一面の青空が広がり、眩しい太陽が顔を見せた。

 ココット村に光が差して、濡れた地面も急速に乾いていく。
 小道に咲いた小さな花や、自然の植物についていた雫たちは全て丸く輝く結晶になり、地面も空もクリスタルが輝くように、きらきらと輝いていた。

「凄い……ルナトゥス、凄く綺麗だよ」

 ジェイミーが言うと、ルナトゥスはジェイミーのこめかみにキスをした。

「空を見上げるジェイミーの方が綺麗だ」
「いやいやいやいや! 綺麗なのはお前だろう!」

 結晶に変わった雨粒が、ルナトゥスの黒い髪の上で宝石みたいにきらめいている。これが似合うのはルナトゥスだからだ。

 ジェイミーは顔を真っ赤にしながら、ルナトゥスの髪を輝かせる結晶をつまんだ。

 ルナトゥスは照れた顔のジェイミーを愛おしく見つめる。それでジェイミーはさらに頬を赤らめなくてはならなくなる。

「はーい。仲良しは結構なんだけど!」

 お熱い二人の間に入るのはハンナだ。

「ルナ、ありがとう。これで準備ができるわ。さあ、あなた達もこれから用事を済ませてきて。時間をかけてしっかりやってくるのよ?」
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