上 下
42 / 50
闘い編

そして、魔王様、勇者様は

しおりを挟む
「ルナ!」

 ジェイミーの叫びで、木々に止まっていたカラス達が一斉に飛び立った。一時、あたりはカラスの鳴き声と羽音で騒然とする。

 だが、ジェイミーには聞こえない。地面に膝をつけたルナトゥスの腕を支え、起こった状況の理解もままなならずに激しい混乱に陥った。

「ルナ、ルナ、ルナトゥス!」

 うつ伏せに寝かせ、剣が刺さった背を見る。血は止まらず、ルナトゥスの背をさらに赤く染めていく。

 剣はもう光を失っていて、ルナトゥスの背でグラグラと揺れていた。

「あ……あ……」

 ジェイミーは剣のグリップを掴み、躊躇はしたが一気に引き抜いた。そこから、血液が跳ね返り、飛び散る。

 ジェイミーは両手で傷を塞ぎ、懸命に祈った。

(助けてください。助けてください。ルナのお父上、お母上、父さん、母さん、姉さん……ご先祖様っ……!!)

 何度も祈りを繰り返す。

(助けてください。助けてください。俺の、大切な子なんだ。ご先祖様、お願いします……!)

 ジェイミーの瞳から涙が落ち、ぱた、ぱた、ぱた、とルナトゥスの背の傷へ落ちて、血に滲んだ。
 
「愛しているんです! 愛しているんです! 愛しているんです! 愛し……あっ!」

 剣が眩しい光を発し、ひとりでに宙に浮く。
 刺すように眩しくて、目だけでなく頭までくらくらして、息をしていないルナトゥスの横で、ジェイミーは気を失ってしまった。


 ***


「んん……」

 どれくらい経ったのだろう。魔の森では見ない小鳥に頬を突かれたジェイミーは、目を覚ました。
 途端に鳥は飛び去って行く。

「俺……どうしたんだっけ……。はっ! そうだ、ルナ!」

 慌てて体を起こす。
 ジェイミーがうつ伏せになっているすぐ横で、ルナトゥスもうつ伏せになっていた。
 その背中には、十字架を背負うかのように剣が縦向きに乗っている。

「ルナ!」

 急いで剣を手に取り、背の傷を確認した。

「あ……?」

 服は血で染まり、元の色の部分はほぼなくなってしまっているが、背の傷自体は閉じている。背に当てた手のひらに、体温の暖かさと規則的な呼吸が伝わった。

「生きて、る……?」

 けれど、明らかに迎えに来た時とは違うところがあった。 
 確認のため、ジェイミーはルナトゥスを仰向けにしようと肩を掴んだ。

(重い……これは……)

 重くて簡単にひっくり返せない。ジェイミーは勢いを付け、えいっ、とルナトゥスの体をひねった。

「あっ……!」

 予想が当たった。 

(やっぱり、「成長」だ!)

 ジェイミーの目に映るのは、初めて出会った日の姿のルナトゥス。
 ぐったりはしているが、肩幅が広くて上背も脚も長く、ジェイミーよりもいくつか年上に見える「男性」だ。
 
「ルナ、おい、起きろ」

 成長に驚きながらも、血が通っている証拠の赤い唇に安堵しながら肩を揺する。

「……ぅう……」
 
 形のいい唇からが小さなうめき声が漏れた。
 長く密度の高いまつ毛が揺れ、切れ長の目がゆっくりと開く。

「ルナ……! わかるか?」

 ルナトゥスの耳に、ジェイミーの声が届く。
 だが目がぼやけていて視界がはっきりしない。ルナトゥスは一度目をきつく閉じてから再び開けた。それでも逆光のため、ジェイミーの輪郭はわかるが、表情まではわからない。

(太陽がまぶしい。……太陽? 魔の森に太陽の光?)

 あり得ないことだった。魔の森は光を通さず、昼間でも真っ暗で陰の気に溢れているはずなのに。
 それに、剣に刺されたはずなのに、生きている。

 ルナトゥスは手を付き、ゆっくりと上半身を起こした。体がとても重い。

「え……?」

 徐々に明瞭になる視界に自身の体が映る。服の丈が全く合っていない。ブラウスの袖やパンツの裾から、筋が張った手足が飛び出ている。

「なんだ、この手、足……長さが違う……」

 ルナトゥスはあぐらになりながら、両手を胸の高さまで上げて気づいた。

「戻っている……?」

 そして、改めて目の前の人に気づく。

「ジェイミー……」
「ああ」

 ジェイミーが頷く。剣に倒れる寸前まで、ルナトゥスの目線はジェイミーの顎下あたりだったのに、今はジェイミーを見下ろしている。

「無事でよかった……!」

 ジェイミーがそう言って微笑んだかと思うと、エメラルドグリーンの瞳を揺らし、大粒の涙を零した。

 ジェイミーはルナトゥスに腕を回し、ぎゅっと抱きしめる……いや、今の体格差では「抱きつく」が正解だ。

「ジェイミー……!」

 ルナトゥスの喉を通る声が、今までより太く低い。ジェイミーを抱き返す手や腕、胸は、ジェイミーをすっぽりと包み込む。

 途端にジェイミーが可愛く思えて、ルナトゥスの胸が高鳴る。血液がどくどくと拍動し、まるで全身が心臓になったみたいに血が巡った。

「ジェイミー、ジェイミーッ……!」

 ルナトゥスは夢中でジェイミーを抱きしめ、自分の胸の中にある体躯の感触を確かめる。そして、ジェイミーの顎に手を添え、顔を上げさせた。

 ジェイミーがルナトゥスを見上げている。
 瞳は涙に光り、湖面のよう。泣いているせいか頬の色がいつもより桃色で、プラチナブロンドの髪は陽に照らされてきらきらと光っている。

(なんと華奢で繊細で、可愛らしいのだろう)

 ルナトゥスの心臓はさらに強く拍動した。衝動が抑えられなくなる。

「ルナ……? ──ん、ンむッ!?」

 ルナトゥスは爆発しそうな体と感情を持て余し、奪うようにジェイミーに唇を重ねた。

 痛いくらいの押しつけ。その苦しさに、ジェイミーはルナトゥスの袖をぎゅ、と握った。

「ん、ンんっ……!」

 やがて、激しさは優しさに変わった。
 生温かさが口内を滑り、ジェイミーの歯列や顎を撫でる。
 上顎をちょん、とつつかれ、舌先でなぞられると、ジェイミーは背を震わせた。
 
 ジェイミーも同じように返そうと思うのに、ルナトゥスの広い胸と暖かい腕に包まれていると、なんともいえず心地がいい。

 ルナトゥスの舌が口の中で動くと夢みたいに甘くて、頭の芯が溶けたバターみたいだ。

 そして二人は時間を忘れ、木々の隙間から降り注ぐ光に照らされながら、いつまでもいつまでも唇を重ねるのだった。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...