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闘い編
勇者様、再び勇者様に
しおりを挟むルナトゥスが魔の森でうずくまっている頃、ココット村では再び各村の長達が慌てふためいていた。
姿を消した魔王はどこに行ったのか、今後どのような災いを起こすのか。
目に見えない予測の恐怖は人間を混乱に陥れる。
「──いや、ルナトゥスは勇者ジェイミーが育てた子供。人間としての情は形成されているはずだ。あの子はこの村ではなんの問題も起こさなかった。それだけでなく非常に優秀で……」
「それこそが魔王の目論見と言うもの。人間に溶け込んだところで恐怖に陥れようとしたのだ!」
「そうだ、そうやって民を、勇者までを欺いていたに違いない!」
混乱が続いた中、ココット村の長が意を決した発言もかき消されていく。しかし、突然に集会所の扉が開き、ココット村の民達が一度に押し寄せた。
先頭にいるのは、ジェイミーとハンナだ。
「違います! 俺達は欺かれてなんかいない! ルナトゥスはそんな子じゃありません!」
「そうです! 先日のフェスタでの件も、姉の私を守るためにやったこと。ルナトゥスは自ら人を騙したり傷つけようとしたことはありません!」
二人の声に、サリバ村の長はあからさまに眉をしかめる。
「なんと愚かな……。それこそが手口。それに、自らはないと言うが、気に添わなければ手出しすると言うことだろう。お前たちは魔王の残虐さを知らないのだ」
わかっていたことだが、過去ルナトゥスによる被害を受け、心身ともに傷ついた民を多くかかえるサリバ村の長は、ジェイミー達の訴えを正面から否定する。
けれどジェイミーには、今日は仲間がいる。ジェイミーとハンナの後ろには、ココット村の皆がいるのだ。
まずはマダム・メイが一歩前に出た。
「ジェイミーとハンナ、そしてルナトゥスを信じてやってください! 私達はこの約一年半、三人を見守ってきました。確かにルナトゥスは忌み色の子供で、急激な成長を見せて驚いたこともあったけれど、中身は他の子となんら変わりはないわ!」
マダム・メイの孫のアリッサも、スカートの生地をぎゅっと握って訴える。
「そうよ。ルナトゥスはとても優しいわ。困っている人がいたら助けていたもの。それに、誰だって意地悪されたら嫌な気持ちになるでしょう!?」
それから、農園のリーダーのおじさんや、狩り担当の太っちょや岩まで。
村の住人が皆、ルナトゥスのために声を上げていた。
(ルナに見せてやりたい。ルナのお父上、お母上にも。ルナはこんなにも、皆に愛されているんだって)
ジェイミーはまた一歩、他村の長達に近づいた。
ハンナも村民達もそのあとに続く。肌を刺すような熱意に、サリバ村の長も他の長達も脂汗をかいて押し黙った。
「……どうだろう。ここは再び勇者ジェイミーに任せては」
すると、ココット村の長の言葉が集会所の緊張を割いた。
皆、一様に村長を注視する。
「前魔王を倒したのも、その帰りにルナトゥスを拾ったのも、育てたのもジェイミー。もしルナトゥスが本当に新しい魔王だとして、我々を害する力を有していたとしても……ジェイミーならそれを完全に抑制することができるやもしれない。ここまでルナトゥスを導いてきたように……できるか? ジェイミー」
「……はい!」
ジェイミーは力強く頷く。
「待て! それでは魔王を生かすということではないか。それではいつまでも不安は……」
「サリバの長よ。ココット村に伝わる文言をお忘れか」
ココット村の長が制すると、ハンナをはじめとする村の民が、頷いて声を揃えた。
『汝、悪を滅せんとするならば、悪たる元を知り、悪たる元を愛せよ』
「そう、悪しきを倒すは刃や憎しみではない……愛じゃ。さぁ、ジェイミー、行ってまいれ!」
***
家に戻り、大事に保管しておいた勇者の装束を身につける。一年半の間、肉体労働に従事したジェイミーだから、装束の着心地が以前よりもしっくりくる。剣もマントも、もう重くはない。
比例して、初めて魔王を討伐に出た時の気の重さもない。
今からジェイミーは、魔王を倒しに行くのではなく、迎えに行くのだから。
「姉さん。行く前に言っておくことが」
ジェイミーは、今までずっと胸にしまっておいた秘密を打ち明ける────ルナトゥスは新魔王ではなく魔王そのもので、自分が持っていた薬で幼児化してしまったのだと。知っていて連れてきてしまったのだと。
「ええ。知っているわよ?」
ハンナは荷物の準備を手伝いながら、あっさりと言った。
「えええ? 姉さん、どう言うこと!?」
「ルナがうちに来た日、あの子をお風呂に入れた時に気づいたの……あの子、内股に魔王の紋様があるのよ。小さくだけど……」
「紋様? 内股? ……そういえば、楔の形の赤い痣が……あれ、そうなの!?」
ハンナは頷き、家に伝わる魔王討伐の書……ひぃひいひぃひいひぃひい……おじいちゃんの日記だが……に、魔王の証明についての記載があったのだと話した。
村の重鎮達も紋様については知っているが、紋様が体のどこに出るかは記されておらず、ルナトゥスの場合は特に内股だったため、見つかることはないだろうと胸にしまっておいたのだ。
「勉強しないアンタが知らないのはわかってたし、ルナの生い立ちを隠したい様子も伝わってきたから、黙っててやろうと思って……」
「姉さん……よくそれでルナを……」
癇癪を起こして魔力を暴走させたり、嵐の夜にはハンナを傷つけたこともあるルナトゥスに愛情をかけ、家族として見守ってきたハンナ。酒場でルナトゥスが暴走した夜も、ルナトゥスではなく自分を責め、「弟だから」と皆の前で抱きしめた。
「だってあの子、始めて会った日、抱き上げた私の首に手を回したの。甘えて顔を擦り付けて……離さないで、って言ってるみたいだった。それから、私の出した食事を夢中で食べて……。愛や優しさに飢えていたのよ。だから私、紋様を見つけた時、思ったの。ご先祖様の言葉を信じてみようって……愛情を伝えれば、本当に悪を断てるんじゃないかってね」
ハンナがウィンクする。
脱帽だ、とジェイミーは思った。自分は仕事をするようになり、子育ても取り組んでいて、少しは成長できたと思っていたけれど、ハンナにはいつまでも頭が上がりそうにない。
「……さすが姉さん! やっぱり俺とルナの姉さんだ! そうだよね。俺もご先祖様の言葉を信じる。俺、必ずルナを取り戻すから!」
────「魔王」ではなく「ルナトゥス」を。
「行ってらっしゃい。ジェイミー。さぁ、これを持って、ね!」
そうして夕刻、ジェイミーはココット村から旅立った。精悍な顔付きで、ハンナに手渡された布包みを大事に抱えて。
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