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闘い編
立ち込める暗雲①
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男達は最初、夢から覚めたようにうっすらと目を開けて二、三度瞬きをしても、状況は掴めない様子を見せた。だがネイサンを見て、次にジェイミーを、最後にルナトゥスを見て顔を歪めた。
「わ、ぅわあぁぁぁぁあ……!」
二人は喉からへしゃげた声を出し、這うように逃げ出す。
亜麻色の髪の男の足元まで来ると、下肢に捕まり「助けてくれ」と泣きながら懇願した。
「あの、待ってください、謝罪を……」
「寄るな! 近づくな! 悪魔め。覚えていろ、決して許さない。追及してやるからな!」
ジェイミーの声にかぶせて亜麻色の髪の男が言って、二人の男を引きずるように連れながら背を向けた。
「待ってください……!」
去っていく背にジェイミーの声はもう届かない。ネイサンはジェイミーの肩に手を置き、緩く首を振った。
「……仕方ないわ。とにかく家に戻りましょう」
ルナトゥスの手をしっかりと繋いだハンナもそばまで来て言った。
その語ネイサンに礼を伝え、三人は通路に残っていた数人の民衆からの冷ややかな視線を受けながら、ココット村へと戻ったのだった。
***
翌昼、ココット村に近隣の村々の長が集った。
昨日の騒ぎがあっと言う間に広まり伝わった上、尾ひれが付き、やってもいないこと、言ってもいないことまでが加えられ、ルナトゥスは「凶悪な魔王」に仕立て上げられていた。
「よもや前魔王を制した勇者ジェイミーが魔王を育てていようとは……!」
怒気を含んだ声を震わせたのは、サリバ村の長。前魔王……ルナトゥスだが……に負わされた右腕の傷をさすっている。
サリバ村以外は魔王の被害を受けてはおらず、永きに渡り魔王など眉唾だと呑気に構えていたほどだが、尾ひれのついた騒ぎを聞けば、恐怖が湧いても仕方がない。
「忌み子を早く始末しましょう」
「勇者ジェイミーは情に絆されているのだ。早く忌み子と引き離さねば」
次々出る制圧意見。ココット村の長もいつものように楽天的な見方はできず、しかしルナトゥスを完全悪とも取れず、返事に窮していた。
一方その頃、ジェイミーの家では……。
「ルナ。昨日はご飯も食べずに寝てしまったから、しっかり食べなさい」
テーブルに用意されたのは、ハンナが朝から作ったクリームシチュー。ふわふわとした蒸気が立ち昇って、口に含めば体も心も温めてくれるだろう。
けれど、大好物なのにルナトゥスはスプーンを取らない。
「ルナ、食べるんだ」
ジェイミーも丸パンを置いてやる。
それでもルナトゥスはうつむいたままで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕……姉さんとジェイミーには悪いことをしたと思ってる。でも、あいつらには謝りたくない……死ねばいいんだ、あんなやつら……!」
居間が一瞬しぃんとする。
ハンナはふぅ、と息を吐いて、いつもの向かいの席ではなく、ルナトゥスの隣のジェイミーの席に腰掛けた。
「ルナは私が侮辱されたのを怒ってくれたのよね。ありがとう」
ルナトゥスはぶんぶんと頭を振った。
「僕、あいつらが言ったこと、姉さんに伝えたくなかった。姉さんにあんなこと……」
ハンナもまた、頭を振る。
「ルナは優しい子ね。大好きよ。こんなに私を思ってくれて……私、少しだけ道を外れてみたかったの。ずっと同じ毎日だったから、羽目を外して、男の人とお酒を楽しんで、恋もして……けれどあんなやつらに付け入られて、ジェイミーとルナという大事な家族を苦しめて……私こそ心配をかけてごめんね」
"大事な家族"
昨日もハンナはそう言った。ルナトゥスのことを"弟"とも。
「姉さんが謝ることなんかなにもないっ……」
ルナトゥスの黒い瞳が濡れて、雫がこぼれる。胸は痛くて苦しいのに、ハンナに撫でられている頬や体はぽかぽかほわほわした。
ルナトゥスはこの暖かさを知っている。
(初めてのぽかぽかほわほわはジェイミーがくれたものだった)
あの時、ジェイミーは自身がこうむるかもしれない不利益よりも、ルナトゥスのことを考えてくれていた。
物事を深く考えていない能天気と言えばそれまでだが、かけ引きや偽りがない、素直な優しが心に染み込んできたからだと、今ならわかる。
ハンナも、得体の知れない黒いの子供を家に入れ、ジェイミーに任せながらも目を離さずにルナトゥスを見守り続けてくれた。
癇癪を起こしたり、コントロールできない魔力で怪我をさせても決して怒らず、ルナトゥスの味方になってくれた。
今ももちろん。
ルナトゥスの頭の中に、ここ一年と半年ほどの幸せな日々がぐるぐると巡る。
「……姉さん、ジェイミー。僕……」
ドンドンドン……!!
ルナトゥスが再び話し出そうとした時、大きな音で家の玄関扉が叩かれた。
「わ、ぅわあぁぁぁぁあ……!」
二人は喉からへしゃげた声を出し、這うように逃げ出す。
亜麻色の髪の男の足元まで来ると、下肢に捕まり「助けてくれ」と泣きながら懇願した。
「あの、待ってください、謝罪を……」
「寄るな! 近づくな! 悪魔め。覚えていろ、決して許さない。追及してやるからな!」
ジェイミーの声にかぶせて亜麻色の髪の男が言って、二人の男を引きずるように連れながら背を向けた。
「待ってください……!」
去っていく背にジェイミーの声はもう届かない。ネイサンはジェイミーの肩に手を置き、緩く首を振った。
「……仕方ないわ。とにかく家に戻りましょう」
ルナトゥスの手をしっかりと繋いだハンナもそばまで来て言った。
その語ネイサンに礼を伝え、三人は通路に残っていた数人の民衆からの冷ややかな視線を受けながら、ココット村へと戻ったのだった。
***
翌昼、ココット村に近隣の村々の長が集った。
昨日の騒ぎがあっと言う間に広まり伝わった上、尾ひれが付き、やってもいないこと、言ってもいないことまでが加えられ、ルナトゥスは「凶悪な魔王」に仕立て上げられていた。
「よもや前魔王を制した勇者ジェイミーが魔王を育てていようとは……!」
怒気を含んだ声を震わせたのは、サリバ村の長。前魔王……ルナトゥスだが……に負わされた右腕の傷をさすっている。
サリバ村以外は魔王の被害を受けてはおらず、永きに渡り魔王など眉唾だと呑気に構えていたほどだが、尾ひれのついた騒ぎを聞けば、恐怖が湧いても仕方がない。
「忌み子を早く始末しましょう」
「勇者ジェイミーは情に絆されているのだ。早く忌み子と引き離さねば」
次々出る制圧意見。ココット村の長もいつものように楽天的な見方はできず、しかしルナトゥスを完全悪とも取れず、返事に窮していた。
一方その頃、ジェイミーの家では……。
「ルナ。昨日はご飯も食べずに寝てしまったから、しっかり食べなさい」
テーブルに用意されたのは、ハンナが朝から作ったクリームシチュー。ふわふわとした蒸気が立ち昇って、口に含めば体も心も温めてくれるだろう。
けれど、大好物なのにルナトゥスはスプーンを取らない。
「ルナ、食べるんだ」
ジェイミーも丸パンを置いてやる。
それでもルナトゥスはうつむいたままで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕……姉さんとジェイミーには悪いことをしたと思ってる。でも、あいつらには謝りたくない……死ねばいいんだ、あんなやつら……!」
居間が一瞬しぃんとする。
ハンナはふぅ、と息を吐いて、いつもの向かいの席ではなく、ルナトゥスの隣のジェイミーの席に腰掛けた。
「ルナは私が侮辱されたのを怒ってくれたのよね。ありがとう」
ルナトゥスはぶんぶんと頭を振った。
「僕、あいつらが言ったこと、姉さんに伝えたくなかった。姉さんにあんなこと……」
ハンナもまた、頭を振る。
「ルナは優しい子ね。大好きよ。こんなに私を思ってくれて……私、少しだけ道を外れてみたかったの。ずっと同じ毎日だったから、羽目を外して、男の人とお酒を楽しんで、恋もして……けれどあんなやつらに付け入られて、ジェイミーとルナという大事な家族を苦しめて……私こそ心配をかけてごめんね」
"大事な家族"
昨日もハンナはそう言った。ルナトゥスのことを"弟"とも。
「姉さんが謝ることなんかなにもないっ……」
ルナトゥスの黒い瞳が濡れて、雫がこぼれる。胸は痛くて苦しいのに、ハンナに撫でられている頬や体はぽかぽかほわほわした。
ルナトゥスはこの暖かさを知っている。
(初めてのぽかぽかほわほわはジェイミーがくれたものだった)
あの時、ジェイミーは自身がこうむるかもしれない不利益よりも、ルナトゥスのことを考えてくれていた。
物事を深く考えていない能天気と言えばそれまでだが、かけ引きや偽りがない、素直な優しが心に染み込んできたからだと、今ならわかる。
ハンナも、得体の知れない黒いの子供を家に入れ、ジェイミーに任せながらも目を離さずにルナトゥスを見守り続けてくれた。
癇癪を起こしたり、コントロールできない魔力で怪我をさせても決して怒らず、ルナトゥスの味方になってくれた。
今ももちろん。
ルナトゥスの頭の中に、ここ一年と半年ほどの幸せな日々がぐるぐると巡る。
「……姉さん、ジェイミー。僕……」
ドンドンドン……!!
ルナトゥスが再び話し出そうとした時、大きな音で家の玄関扉が叩かれた。
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