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誘惑編

勇者様、魔王様、尾行する①

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 翌朝、ルナトゥスとのことも気まずかったのだが、ハンナの様子も気になり、足して二で割ったような気持ちのジェイミーは比較的落ち着いていた。

「ルナトゥス、そろそろ鍋の火を止めて。中身をグリル皿に移したら次はオーブンで焼くんだ」
「うん。わかった」

 背が高くなったルナトゥスは釜戸場の手伝いもスムーズだ。今朝はキジの塊肉と三種類の豆をじっくり煮込んだ「カスレ」を作っている。
 カスレはキジ肉の他、豚肉やソーセージも一緒に入れ、玉ねぎ、人参、ニンニクを入れてトマソースで煮込んだ、旨味も栄養価も高い料理だ。また、煮込みとはいえ仕上げはオーブンで焼くから、表面はこんがりと焼けて香ばしいのにスプーンを刺せば中からスープが染み出して、肉の甘い香りが湯気と共にふんわりと広がる。

 成長期のルナトゥスにも、二日酔いのハンナにも、そして悩める童貞ジェイミーにも、体と心に滋味を与える打ってつけの料理だ。
 
「よし、もうすぐ出来上がるな。ルナトゥス、姉さんを呼んでくれるか?」
「うん!」

 うなじの位置でひとつ結びにした黒髪を揺らしながら、ルナトゥスがにっこりと笑う。
 こうしていれば十歳の頃のルナトゥスと変わらないのに、昨夜のルナトゥスの妖しさといったら。

(うぉう。考えるな。今は先に姉さんのことだ)

 ジェイミーはそばの壁に額をガンガンとぶつけた。

「痛い」

 やめておこう。これは痛い。
 額をさすりながら、心頭滅却、心頭滅却と呟く。すると、ハンナが起きてきた。

「なにやってるの、ジェィミー」
「いや、ちょっと邪念を払おうと……それより姉さん、体調はどう?」

 ジェイミーが窺うように見ると、ハンナは青白いかおをしかめて、きまり悪そうに頷いた。

「大丈夫よ。昨日はごめんなさいね……」
「ううん、姉さんが無事ならいいんだ」

 ジェイミーはハンナを食卓に着かせると、ルナトゥスに言ってカスレを盛った皿を並べてもらい、自分はパンの皿を持って食卓に運んだ。

「いい年した女が酔いつぶれるなんて、恥ずかしいわね。本当にごめんなさい」
「いや、俺はいいけど……酒場の人にお礼をしないとね」
「酒場の人……うっすらとしか覚えていないけど、また明日にでも行ってみるわ」
「いや、俺が行くよ。姉さんはもう行かないで。……酒場の人が言っていたけど、男達のグループに誘われたって? ……そんなの、危ないから」

 言いにくかったが心配が上回っていた。しかしハンナは図星を突かれたように顔を赤くして、声を荒げた。

「ジェイミーには関係ないわ! 私のことだから放っておいて!」
「姉さん、でも、店の人が"男達には良くない噂がある"って。だから」
「黙って! あの人はそんな人じゃないわ!」

 ハンナはカスレをひと口も食べず、スプーンを放り投げて部屋に戻ってしまう。
 ハンナがマナーを破って食事を中座し、取り乱すのは初めてだ。

 ハンナは両親達が亡くなった時でさえ落ち着き、弟達を気遣っていたのに。

「姉さん……!」

("あの人"? あの人って誰だ? 姉さんがあんなになるなんて)

 ハンナがこもってしまった部屋のドアと、考え込むジェイミーを、心配そうにルナトゥスが見る。

「ジェイミー? 大丈夫? 姉さんもどうしちゃったの?」
「うん……。ルナ、悪いけど今夜は一人で寝ててくれ。俺は姉さんのことを調べるから」

 ジェイミーは意思を固めてルナトゥスにそう告げた。


***


「だからな、子供が行くところじゃないんだってば。家にいなさい」
「やだよ。僕だって姉さんが心配なんだ。それに、ジェイミーだって心配だよ」
「なんで俺が心配なんだよ。喧嘩しに行くわけでもないんだ。酒場で情報収集してくるだけだから大丈夫だって」
「駄目なの! 僕も行くったら行く!」

 ルナトゥスは知っているのだ。ジェイミーがとても流されやすい性質だということを。

 ここ一年のジェイミーはルナトゥスの影の牽制の効果もあってか、女達からちょっかいを受けることは格段に減った。だが、元々は女の子が大好きなジェイミーだ。酒場という特殊な場所で、グラマラスな女に言い寄られでもしたら、昨夜みたいに流されて関係を持つかもしれない。

 そんなこと、なにがなんでも阻止だ。ダメ、絶対。だ。

 そんなわけで、やっぱり押しに弱いジェイミーはしぶしぶルナトゥスを連れて、市場フェスタに来ていた。

 ただ、まだ成人に満たないルナトゥスを酒場内に入れることはできない。ジェイミーは酒場の裏口で、まずは昨日の店員が出てくるのを待った。店が開く前に待っていれば一度は会えるだろう。

「あっ!」

 空が暗くなる頃、裏口から酒の空き瓶が入ったケースを持った昨夜の男が現れた。
 男もすぐにジェイミーに気づき、頭を下げる。

「昨日は姉がお世話になりました。あの、これ、お礼です」

 ジェイミーが言うと、ルナトゥスが持っていた袋を男に差し出した。中には農園で取れた野菜が入っている。

「わざわざいいのに……ありがとう。お姉さんは大丈夫ですか?」
「はい。ただ、様子がおかしいんです」

 ジェイミーは今朝のハンナの様子について話し、一緒にいた男達について知りたい。危険ならもう会わせたくないと相談した。

「そうですね。心配でしょう……ただ、お姉さんも大人の女性ですから弟さんと……ええとこちらも弟さんですか?」

 男……ネイサンと名乗った……はルナトゥスに顔を向けた。

「いいえ、僕は将来の夫です!」
「夫?!」
「違います! この子は俺の息子です!」
「え? 息子!?」
「違います、ジェイミーは将来の夫で、今は恋人です!」
「え、え?」
「だから違います!」

 カオスである。
 ルナトゥスは満面の笑みで「恋人」「夫」を言い続け、ネイサンはジェイミーとルナトゥスを交互に見て「え?」を繰り返し、ジェイミーはムキになって否定をした。

「……まあ、とにかくお二人は仲良しさんてことで……とりあえずお姉さんの件に戻りましょう」
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