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スローライフ編

魔王様、ごめんなさいを伝える

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 口元を手で抑えていても、心臓が口から飛び出しそうだった。

 ジェイミーが視線を向けた先、そこに横たわっていたのは、腰までの長さの艷やかな黒髪を持ち、華奢でいて、長くしなやかな白い手足をあらわにしている少年。

「んん……」

 閉じていても形の良さがわかる切れ長の目と、野いちごのような瑞々しい赤さの唇がぴくり、と動く。

「ルナトゥス……おまえ、また……!」

(成長してる!)

 身長は百六五センチメートル近くはあるだろうか。ネグリジェタイプの寝間着はシャツくらいの丈になり、あらわになった太ももが朝日に照らされて光っている。
 なんとなく罪悪感を感じたジェイミーは毛布でその下半身を隠し、ルナトゥスであろう少年の肩を揺らした。

「ルナ、起きるんだ」
「……ん……?」
「ルナ、俺がわかるか?」
「……ジェイミー……ジェイミーっ!」

 微睡みから一転、ジェイミーの存在を認識したルナトゥスは体を起こしてすがりついた。

「わっ……!」

 成長したルナトゥスに飛びつかれ、ジェイミーはルナトゥスごとベッドマットに沈み込む。

「ジェイミー、昨日ずっと待ってたんだよ! 凄く凄く怖くて、ずっと待ってたんだから! ……あれ? なんだか声がおかしい」
 
 ハスキーになった声質に違和感を感じたのか、ルナトゥスはジェイミーから体を離して喉元を押さえた。同時に、自然と目線が体の下に落ちる。

「えっ、ジェイミー、なにこれ」

 見下ろした首から下。髪が長く垂れ、下半身は寝間着からはみ出ている。
 寝間着をめくって見てみれば、太ももの間にはそれなりに成長したも。

「こら、人前でそんなとこ出すんじゃない」

 様子を凝視していたジェイミーは再び毛布をかぶせてやる。
 ルナトゥスは、顔を赤くして焦るジェイミーを目で追いつつ、荒れた部屋を視野に入れ、呆然と呟いた。

「僕、また大きくなった……? それにこの部屋……ジェイミー、昨日なにがあったの……?」


***

 目の前のまばゆいばかりの美少年に、自分が十六、七歳の頃に着ていた服を着せ、髪を梳いてやったジェイミーは深呼吸をして気持ちを整えた。

「昨日は久しぶりの嵐の夜で雷も落ちて……俺はルナが眠る時間に帰りが間に合わなくて、お前は癇癪を起こしたんだ。それは覚えてるか?」
「うん……僕、最初は凄く腹が立って……約束したのにジェイミーが帰って来なくて。それでお姉ちゃんにも当たって……そしたら雷が遠くで聞こえて、僕、凄く怖くなったんだ。でもそこから覚えてない……」

 再び荒れた部屋を見回し、ルナトゥスは続けた。

「もしかして、これ、僕が……?」
「ああ。でも、お前が直接投げたり壊したんじゃない」
「どういうこと?」
「ルナ。ひとまず姉さんに謝りに行こう。話はそれからだ」

 二人が居間に出ると、食卓にはスペアリブととうもろこしの煮込みスープ、焼きたてのナンが用意されていた。スープは干し椎茸と鶏ガラで出汁を取り、時間をかけて煮込んだハンナの得意料理で、ルナトゥスの大好物だ。
 けれど今日のルナトゥスは食事が進まない。またルナトゥスだけではなく、ジェイミーも滅多にない真剣な面持ちでテーブルにつき、スプーンを取らない。

「二人ともそんなにうつむいてないで、早く食べなさい」

 体が大きくなったルナトゥスを前にしても、もう驚きもしなくなったハンナは優しく言った。しかし、額には大きなガーゼが貼られている。

「お姉ちゃんごめんなさい……」

 ルナトゥスが顔を上げると、赤黒い打撲痕が残ったハンナの腕が見えた。ルナトゥスの胸に痛みが走る。
 ハンナはルナトゥスの目線に気づいて腕をさすった。

「大丈夫よ。しばらくすれば綺麗に戻るわよ。頭の傷も、受けた直後は腫れるけどすぐに良くなるわ。きちんと謝れたらそれでいいのよ」

 ハンナがルナトゥスの頭を撫でると、ルナトゥスはぽろぽろと涙をこぼした。

「本当にごめんなさい~~」

 ルナトゥスの様子にジェイミーも胸を詰まらせ、目を潤ませた。

(ルナトゥスは痛みのわかる子だ。人のあたたかさもちゃんと知ってる。ルナトゥスは本当に生まれ変わったんだ。もう「魔王」じゃない)

 だから、どうかルナトゥスに幸せをあげてください、と強く思う。民の心には魔王の悪行が色濃く残っていても、神様、どうかルナトゥスをお許しください、と。

「もう。二人とも。叱ってないのにそんなに泣いて。ほら、ルナ。伸びた髪が涙で濡れてしまうわ。結んであげる」

 ハンナがルナトゥスの席の後ろに回り、いつものように緩い三つ編みにしてやる。それでようやくルナトゥスは涙を拭いて、食事に手を付けた。
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