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スローライフ編
勇者様、ピッカラ地区に行く②
しおりを挟む(……重い……。またルナが上に乗ってるな? せっかくベッドを大きくしたのにくっついて)
「ほら、ルナ、どいて……」
ルナトゥスをどかそうといつものように腰を両手で掴んで、けれどいつもとは違うふくよかな感触に薄く目を開ける。
あたりが薄暗くて見えにくい。部屋にはルナトゥスが夜中に目覚めてトイレに行くときのために足元にランプを置いているのに、その仄かな明るさがなく、ルナトゥスが嫌いだからと炊かない香の燻った煙も感じる。
「……?」
「ジェイミーさま、お目覚めですか?」
「!」
目をしっかり開けて、ジェイミーは声にならない声を出した。
自分の体の上にいるのはルナトゥスではなく、豊かな胸の美女なのだ。
「あ、あの……?」
なんという柔らかさだろう。スペシャルバージョンスライムに胸を押されているみたいで、ドキマギしてしまう。
「私、今夜はジェイミー様の介抱を言い使っておりますの」
「いや、あの、介抱なら、もう酔いも覚めましたし大丈夫です。あ、あのすいません、体を離していただいても……?」
女の柔らかい腰を掴んでいた手をどうしようかと考えあぐねた結果、ジェイミーはとりあえず自分の肩の横に持ってきて、手のひらを開いた。触る意思がないという格好だ。
これ以上体が密着していては、ジェイミーの男の部分が反応してしまいそうなのだ。
しかし女は、一段と胸と腰をジェイミーの体に押し付ける。
「ジェイミーさま、そんなことおっしゃらないで……私、ジェイミー様のお体をお慰めするためにここにいるのです」
(工エエェェェェエエ工! お体を慰める? なに、それってもしかして。よ、夜伽のことっ!?)
女の指がいやらしく動き、ジェイミーの胸をつつっと撫でた。
「お噂には聞いておりましたが、なんて素敵な方なんでしょう。私、ひと目で恋に落ちました。ジェイミー様は今、拾った幼子をお世話していらっしゃるともお聞きしています。毎日お疲れでしょう? 今宵は全てを忘れて、私とめくるめく一夜をお過ごしくださいませ」
(やっぱりイイィ! ラ、ラッキーなのか? こんなナイスバディの美女に俺の初・体・験を奪ってもらえるとか。どうしよどうしよ。据膳食わぬは男の恥……? どうしよう、姉さーん! ルナトゥス!)
「はっ! ルナトゥス!」
寝起きボケと童貞パニックの二重螺旋でこんがらがっていた頭が急にはっきりして、がばりと体を起こす。
「きゃっ……」
女がジェイミーの体からずり落ち、床に尻もちをついたが、かまっていられなかった。
どれくらい眠っていたのだろう。今は何時くらいなのだろう。酒盛りの音も聞こえない。
(静かだ……いや……窓が震えてる? これ、なんの音だ)
ジェイミーは長椅子から立ち上がり、窓に駆け寄って外を見た。
「ジェイミー様? いかがなさいました? 外は先程より嵐です。今夜はお帰りにはなれませんわ。ココット村の皆様もそれぞれの棟でお休みになっていますから、ジェイミー様もどうかお休みになって」
女がジェイミーにすり寄り、腕に手を絡ませ、再び体を押し付ける。
「……俺、帰らないと!」
「え?」
「すみません。介抱ありがとうございました。ココット村の皆に、ジェイミーは先に出たとお伝えください。では!」
「ちょっと、ジェイミーさまっ……!?」
女はジェイミーを引き留めようとしたが、ジェイミーが勢い良く開けたドアから強風が吹き込み、目を閉じてしまった。そして次に目を開けた時にはもう、ジェイミーの姿はなかった。
(早く帰らなきゃ。眠るまでには帰るって約束したんだ。こんな嵐じゃきっとルナが怖がってる。雷が鳴る前に帰ってやらないと……!)
おかしな天気だった。こんなに雨風が強いのに、なぜか満月がこうこうと光っている。
(あの日と同じだ。嫌な予感がする)
ルナトゥスと初めて対峙した日。魔の森は酷い嵐なのに、煌々とした月がルナトゥスの後ろにあった。月の光に照らされながら妖艶に微笑んだルナトゥスはジェイミーめがけて飛んできて……雷の音は一切なかったのに天が二つに別れ、あっ、と思った時には雷がルナトゥスの体を貫いていた。
あの時は混乱して気づきもしなかったが、どう考えてもおかしい。
強風の中を走っているせいか、心臓がどくどくと音を立てる。ジェイミーは嫌な汗を背中に感じながら、必死に走った。
(ルナ! 今帰るから待ってろよ……!)
***
嵐はどんどん酷くなってくる。遠雷の音が響き、ココット村のある南南西の空には稲光も見えた。
そんな中ジェイミーは、走っても二時間はかかる距離を夢中で進み、体中を濡らして帰り着いた。
夜中近いのに、家の窓からは灯りが漏れている。
玄関には鍵がかかっていて、ジェイミーは近隣への迷惑も考えられずにドアを叩いた。
「姉さん! 姉さん! 開けて!」
室内からバタバタと音が伝わり、ドアが開く。
「ジェイミー……!!」
「ごめん、姉さん遅くなって……姉さん、どうしたの!?」
迎え入れてくれたハンナの顔は青ざめている。そして額には、赤い打ち傷。
「ジェイミー、大変なのよ……! 早く部屋へ」
ハンナは傷を隠すように手で抑えると、踵を返してジェイミーの部屋へ走った。ジェイミーもそれに着いていく。
「………!!」
部屋に足を踏み入れたジェイミーは驚きで声を失い、口元を手で塞いだ。
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