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スローライフ編
狼、真実を語る
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ジェイミーはルナトゥスを抱きしめたまま二匹の狼を見つめ、二匹もジェイミーを見つめている
すると、かすかな光の輪が狼を包み、驚くことにその輪の中から、人間の男と女の姿が浮かび上がった。
浮かび上がった、というのは体が透けていて、実体で存在しているのではないからだ。
「あ、あなた達は……」
本で見る霊体のようにも思ったが、ジェイミーは少しも怖くなかった。光の輪も、男と女も、とても優しく暖かい波動を持っている。
『私達はルナトゥスの両親です』
脳内に直接呼びかけてくる男の声。とても優しく心地いい声だ。
「ご両親!?」
『はい。私達はルナハラ地区カヤギ村に住んでいた普通の家族でした。しかしある日、先代の魔王が訪れ、村を殺戮の場と化してしまったのです。魔王は余興の一環として、戦いを好まないカヤギの人間達をコントロールして殺し合いをさせました……意思は奪わないまま、体だけを操る卑劣な手段で』
「そんな……」
ルナハラ地区は魔の森の付近のピッカラ地区のさらに先、遠い遠い北の国で、ジェイミーは地図でしかその存在を知らない。
幼い頃から悪の限りを尽くす大魔王は実在するのだと聞いてはいたが、ピッカラより南の地区では魔王の実害はなく、それもジェイミーの祖先である勇者の功績だと伝えられていたり、または、魔王など人間の恐怖の気持ちが作り出した偶像で、流れてくるのはただの作り話だと言われてもいた。
だから、まさか名前しか知らない国で魔王による被害が出ていたなんて、まるで知らなかった。
『そうして村人同士の殺し合いが続いた中、最後に残ったのが私達家族でした……魔王は、私と妻を戦わせようとしたのです……』
男……ルナトゥスの父親は、身に付けているファー付きマントの胸元を握りながら言葉を詰まらせた。髪色はシルバーグレイではあるが、魔王の頃のルナトゥスと同じ切れ長の目を持っている。それが苦悶に歪んだ。
『私達は血の涙を流しながら刃を向け合いました』
父親に変わって話しだしたのは母親だ。薄いブルーの髪に、黒曜石のような瞳を持っている。ジェイミーが初めて魔王ルナトゥスと対峙した時、吸い込まれそうになった美しさと同じだ。
『でも、その時、生まれて間もないルナトゥスが大声で泣いたのです。ルナトゥスは髪を逆立て、黒い瞳から赤い光を発し、全身から禍々しい黒い気をみなぎらせました。途端に村全体が大きく揺れ、巨体の魔王も揺れたかと思うと、ルナトゥスが出した黒い気が魔王にまとわりつき、そのまま魔王を絞め殺したのです』
聞くだけで背筋が凍りそうだった。頭の中に浮かぶカヤギ村の惨状と、ルナトゥスの両親の絶望に。
『魔王は死の直前、身体から毒を発しました……私達は魔王の術からは開放されましたが、その毒に当てられ瀕死の状態に陥りました。けれどルナトゥスは毒に当たっても生きていたのです。それどころか、宙に残った魔王のわずかな霊力を己の体内に取り込んだのです……!』
ジェイミーにはその先がもう理解できていた。
村は壊滅。両親は瀕死の状態。残されるだろう赤子は魔王を倒したとはいえ、魔王を上回る魔力を持ち、体から発しているどす黒いオーラのコントロールさえできない。
誰かがルナトゥスを見つけたら、全てがルナトゥスの悪行だと思うだろう。そして容赦なく命を奪おうとする……けれどルナトゥスがその誰かの命を奪おうとする。いや、奪ってしまう。
それが新たな殺戮の始まりとなり、新たな大魔王の誕生となってしまう。
両親達は残った力を振り絞り、ルナトゥスをピッカラ地区の魔の森に封じ込めようとした。それがどんなに苦しい旅だったか。魔王の毒に蝕まれた身体で、子を守りたい一新で体に鞭を打ち、遠い魔の森を目指したのだ。
『そして、私達は魔の森に入りました。ルナトゥスが大きな魔の力を持っていても、魔の森から出さなければ普通の人間達に会うことはなく、来るのはおそらく勇者……ルナトゥスを……殺してくれると……そう願ったのです』
母親は顔を両手で覆い、嗚咽を漏らした。父親も目頭を押さえ、肩を揺らしている。
『しかし、魔の森の狼達が新たな魔王の存在を喜び、ルナトゥスを守り始めたのです。私達は再び絶望しました』
父親は泣いて喉を詰まらせながらも、母親の代わりに再び語り始める。
『魔の森に来てから五日目、私達の命の灯は消えようとしていました。私達夫婦は藁にもすがる思いで祈りました。祈った相手が神だったのか悪魔だったのか……わかりません。ただ一心に、死してなお、ルナトゥスのそばにいて、ルナトゥスを導かせてほしいと』
ジェイミーはなにひとつ言葉を返せなかったが、無意識にルナトゥスをきつく抱きしめていた。
『祈って祈って……気づいたら私達の魂はある番の狼の中にいたのです。骸は他の狼達に貪られてしまったのですが……』
その後二人はルナトゥスのそばから離れることなく、森の木の実を集めて食事を用意し、森に入る人間達を入り口付近で威嚇した。ルナトゥスが人間に会わずに、いっそ自分を狼の仲間だと思い、このまま魔力を使わずに過ごしてくれればと祈って。
しかし、魔王の資質があるルナトゥスは成長するにつれ己の能力を自覚した。森にやって来る人間達を見て外の世界を知り、親に捨てられたと思い込み、世を憎んだ。
────そして、魔王としての片鱗を見せ始めたのである。
すると、かすかな光の輪が狼を包み、驚くことにその輪の中から、人間の男と女の姿が浮かび上がった。
浮かび上がった、というのは体が透けていて、実体で存在しているのではないからだ。
「あ、あなた達は……」
本で見る霊体のようにも思ったが、ジェイミーは少しも怖くなかった。光の輪も、男と女も、とても優しく暖かい波動を持っている。
『私達はルナトゥスの両親です』
脳内に直接呼びかけてくる男の声。とても優しく心地いい声だ。
「ご両親!?」
『はい。私達はルナハラ地区カヤギ村に住んでいた普通の家族でした。しかしある日、先代の魔王が訪れ、村を殺戮の場と化してしまったのです。魔王は余興の一環として、戦いを好まないカヤギの人間達をコントロールして殺し合いをさせました……意思は奪わないまま、体だけを操る卑劣な手段で』
「そんな……」
ルナハラ地区は魔の森の付近のピッカラ地区のさらに先、遠い遠い北の国で、ジェイミーは地図でしかその存在を知らない。
幼い頃から悪の限りを尽くす大魔王は実在するのだと聞いてはいたが、ピッカラより南の地区では魔王の実害はなく、それもジェイミーの祖先である勇者の功績だと伝えられていたり、または、魔王など人間の恐怖の気持ちが作り出した偶像で、流れてくるのはただの作り話だと言われてもいた。
だから、まさか名前しか知らない国で魔王による被害が出ていたなんて、まるで知らなかった。
『そうして村人同士の殺し合いが続いた中、最後に残ったのが私達家族でした……魔王は、私と妻を戦わせようとしたのです……』
男……ルナトゥスの父親は、身に付けているファー付きマントの胸元を握りながら言葉を詰まらせた。髪色はシルバーグレイではあるが、魔王の頃のルナトゥスと同じ切れ長の目を持っている。それが苦悶に歪んだ。
『私達は血の涙を流しながら刃を向け合いました』
父親に変わって話しだしたのは母親だ。薄いブルーの髪に、黒曜石のような瞳を持っている。ジェイミーが初めて魔王ルナトゥスと対峙した時、吸い込まれそうになった美しさと同じだ。
『でも、その時、生まれて間もないルナトゥスが大声で泣いたのです。ルナトゥスは髪を逆立て、黒い瞳から赤い光を発し、全身から禍々しい黒い気をみなぎらせました。途端に村全体が大きく揺れ、巨体の魔王も揺れたかと思うと、ルナトゥスが出した黒い気が魔王にまとわりつき、そのまま魔王を絞め殺したのです』
聞くだけで背筋が凍りそうだった。頭の中に浮かぶカヤギ村の惨状と、ルナトゥスの両親の絶望に。
『魔王は死の直前、身体から毒を発しました……私達は魔王の術からは開放されましたが、その毒に当てられ瀕死の状態に陥りました。けれどルナトゥスは毒に当たっても生きていたのです。それどころか、宙に残った魔王のわずかな霊力を己の体内に取り込んだのです……!』
ジェイミーにはその先がもう理解できていた。
村は壊滅。両親は瀕死の状態。残されるだろう赤子は魔王を倒したとはいえ、魔王を上回る魔力を持ち、体から発しているどす黒いオーラのコントロールさえできない。
誰かがルナトゥスを見つけたら、全てがルナトゥスの悪行だと思うだろう。そして容赦なく命を奪おうとする……けれどルナトゥスがその誰かの命を奪おうとする。いや、奪ってしまう。
それが新たな殺戮の始まりとなり、新たな大魔王の誕生となってしまう。
両親達は残った力を振り絞り、ルナトゥスをピッカラ地区の魔の森に封じ込めようとした。それがどんなに苦しい旅だったか。魔王の毒に蝕まれた身体で、子を守りたい一新で体に鞭を打ち、遠い魔の森を目指したのだ。
『そして、私達は魔の森に入りました。ルナトゥスが大きな魔の力を持っていても、魔の森から出さなければ普通の人間達に会うことはなく、来るのはおそらく勇者……ルナトゥスを……殺してくれると……そう願ったのです』
母親は顔を両手で覆い、嗚咽を漏らした。父親も目頭を押さえ、肩を揺らしている。
『しかし、魔の森の狼達が新たな魔王の存在を喜び、ルナトゥスを守り始めたのです。私達は再び絶望しました』
父親は泣いて喉を詰まらせながらも、母親の代わりに再び語り始める。
『魔の森に来てから五日目、私達の命の灯は消えようとしていました。私達夫婦は藁にもすがる思いで祈りました。祈った相手が神だったのか悪魔だったのか……わかりません。ただ一心に、死してなお、ルナトゥスのそばにいて、ルナトゥスを導かせてほしいと』
ジェイミーはなにひとつ言葉を返せなかったが、無意識にルナトゥスをきつく抱きしめていた。
『祈って祈って……気づいたら私達の魂はある番の狼の中にいたのです。骸は他の狼達に貪られてしまったのですが……』
その後二人はルナトゥスのそばから離れることなく、森の木の実を集めて食事を用意し、森に入る人間達を入り口付近で威嚇した。ルナトゥスが人間に会わずに、いっそ自分を狼の仲間だと思い、このまま魔力を使わずに過ごしてくれればと祈って。
しかし、魔王の資質があるルナトゥスは成長するにつれ己の能力を自覚した。森にやって来る人間達を見て外の世界を知り、親に捨てられたと思い込み、世を憎んだ。
────そして、魔王としての片鱗を見せ始めたのである。
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